初級翻訳・ハス仙人 第10話

ハス仙人

「帰ろう」
と耳もとで必死にささやきました。
「なぜ? どうして?」
「ここにいたら殺されるんだ!」
「そうね、でも……」
ハムはそれ以上答えを聞かず、荒々しくパットの腕をひっつかみました。
無理やりロケットの方へ向きを変えさせると、パットはフラフラと身体を回転させ、よろよろとハムの後をついてきました。
後ろのランプが尾根を照らすと、甲高い叫び声が上がり、ふたりの歩みがどうしてものろいため、ギャーギャーという不気味な声が左右に広がっていきました。
ハムには、どういう状況なのかすぐに察しがつきました。
悪魔のような奴らがまわりを取り囲み、正面で待ち伏せしているのです。
前方のランプは壊れているので、防御光線を発射することすらできません。
パットはのろのろと歩くばかりで、すっかり無気力になっており、ただハムの腕に引っ張られているだけでした。
そしてハム自身も、無理がたたってだんだん身体が重くなり、億劫になってきました。
まさに目の前で影がサッと飛び交い、遠吠えし、高笑いしながら、悪魔たちがふたりの命を奪おうと迫ってきます。
ハムは必死に頭をひねり、右のランプで周囲を照らしました。
ギャーと叫び声が聞こえたその先には、真っ暗な山頂や尾根の隠れ場が見えました。
そうやってハムが頭を横に振りながら歩いていたものだから、ふたりはつまずいてバランスを崩し、ひっくり返ってしまいました。
パットを引き起こそうとしましたが、なかなか起き上がろうとしません。
「そんな必要はないわ」
とパットがつぶやきましたが、特に抵抗はしなかったので、力づくで持ち上げました。
そのとき、ハムによい考えが閃きました。
パットを抱きかかえ、パットの右ランプの光線を正面に向けるようにしながら、よろめきつつ歩き続け、ついにロケットの窓の明かりにたどり着いたのです。ドアを開けると、床にパットをドサッと降ろしました。

最後に残った印象。
ハムの目に映った嘲笑う影は、あの3つ目怪獣たちでした。彼らはスキップしながら暗闇をぴょんぴょん跳ねており、向かう尾根の先では、オスカーとその仲間たちが、自らの運命を静かに従容と受け止めて待ち構えているのでした。

ロケットは高度60※で爆音を轟かせ続けました。
というのも、宇宙から無数に写真を撮って観測したところ、永劫山脈のさしもの山頂も、標高が60※を超えることは決してないと分かっていたからです。
眼下には前方に白い雲がきらめき、後方には黒い雲がかかって、まさに薄暮地帯へと突入しつつありました。
この高度まで来ると、惑星の壮大な曲線が見渡せます。
ハムは下を見下ろしながら言いました。
「手球で8番の黒玉だ。これから的球に突っ込むぞ」
するとパットはハムの言葉を無視して、ぽつりと言い始めました。
「あれは胞子だったのよ。胞子はもともと一種の麻薬だったんだわ。でも、そんなこと私たちにはわかりっこなかった。麻薬を使ってあんなに狡猾に、人間の意志と強さを奪うなんてね。オスカー族はまさにハス仙人であり、ハスそのものなのよ。でも、ちょっと哀れね。あんなに膨大で強力な頭脳を持っているのに、使い道がないなんて。ねえハム、あなたは何で目がさめたの?」
「ああ、オスカーの言葉さ。3つ目怪獣にただ食われるだけだとか何とか言っただろ」
「それで?」
「うん、食料を食べつくしたろ。あの言葉で正気に戻ったんだよ。だっておれたち、もう2日も何も食べていないんだからな」

【完】

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