「運河のそばにある泥の町に住んでいる連中さ。
夢怪獣や珪素怪獣だって、この世のものとは思えないほど十分に奇妙なものだと思ったが、そいつは大間違いだった。
あの生物はもっともっと異質で、これまでのどの生き物よりも理解できない代物だったよ。
トウィールの方がよっぽど理解しやすかったくらいだ。
トウィールとは友達になれたし、じっと我慢して意識を集中させれば考えを伝え合うこともできた。
さて、夢怪獣はもう瀕死の状態になって、地面の穴の中へと這い入っていった。
俺たちは再び運河の方へと歩き出したんだ。
足元には奇妙な『徒歩草(とほくさ)』の絨毯が広がっていて、俺たちが近づくと、あわてて足元から走り去っていった。
運河の土手にたどり着くと、黄色っぽく濁った水がちょろちょろと流れていた。
宇宙ロケットから眺めたあの『アリ塚町』は、ちょうど二マイル※ほど右手に位置しているはずだった。
俺はどうしてもそれがこの目で見たくなったんだ。
さっき上空からチラリと見たときはまるで荒れ地のように見えたけれど、たとえまた変な化け物が待ち伏せしていたとしても、トウィールと俺には強力な武器がある。
ちょっと余談になるがね、トウィールのあの透明な銃というのは実に面白い仕掛けの装置なんだ。
夢怪獣の事件のあとで、俺はそれをじっくりと観察させてもらったのさ。
あの銃はね、小さなガラスの弾丸を1発ずつ発射するんだ。
おそらく弾の内部には強力な毒薬が仕込まれているに違いないと俺は睨んでいる。
弾倉の中には、少なくとも100発の弾がぎっしりと装填できるようになっているらしい。
そして、その弾を飛ばす推進力になっているのは、なんと『蒸気』なんだ。
正真正銘の、水蒸気なのさ」
プッツが物珍しそうにおうむ返しに尋ねた。
「水蒸気でありますか!
いったい何からそんなものを作るでありますか?」
「もちろん、水を利用しているのさ。
銃の透明な握りの部分には、水と、およそ100※ほどの濃い黄色の液体が入っている。
トウィールが手元のハンドルをキュッと絞ると、専用の引き金なんてものはないんだが、そこへ1滴の水と1滴の黄色い薬液が発射室にピュッと送り込まれる。すると水が一瞬で沸騰して蒸発し、ポンッとあのような威力の高い発射音が出るというわけさ。
そんなに複雑な仕組みじゃない。
我々人類の技術でも、同じようなものは簡単に開発できるだろうさ。
濃硫酸を使えば水を一気に沸騰させて加熱できるしね。それに石灰やカリウム、ナトリウムだっていくらでもあるんだからな。
あいつの銃は、俺が持っている銃ほど遠くまで飛ばすことはできないけれど、この薄っぺらい火星の大気の中ではなかなかの性能を発揮するし、まるで西部劇のカウボーイの銃みたいに連射だって自由自在にできるんだ。
少なくとも、火星のしぶとい生き物たちには抜群の効き目がある。
試しに、道端に生えていた気味の悪い植物をそれで撃ってみたんだがね。
一発でしおれて地面に倒れ伏したから大したもんだったぜ。
俺が、あのガラスの弾丸の中に強力な毒が仕込まれていると確信したのも、それが理由さ。
さて、そんなわけで俺たちは泥でできた山の方へと、とぼとぼと歩き続けた。
俺は歩きながら、ふとこんな疑問を抱き始めたんだ。
この運河の町を造った土木建築の専門家たちこそが、あの運河を掘ったのだろうか、とな――」俺が町を指差し、それから運河を指差すと、トウィールはノ、ノ、ノと言って、南の方を指さした。
俺はそのしぐさを見て、ほかの種族が運河を造ったのだろうと思った。
たぶんトウィール人だろう。
わからん。
おそらくこの惑星にはまだほかに知的種族がいるのだろう、1ダースも。
火星はまったく変な星だぜ。
町から100※のところで道路に出た。
たんなる固めた泥の小道だ。
突然、1人の土建屋がやって来た。
いやはや、変な生き物だぜ。
まるでビヤ樽が駆けているみたいだ。
足は4本、手も4本、あるいは触手かな。
頭がない、体と手足だけだ。
体の周りに目が1列ある。
ビヤ樽のてっぺんには太鼓のように皮がピンと張ってある。
これですべてだ。
銅色の小型手押車を押して来た。
おなじみの地獄コウモリのように横をさっと通り過ぎた。
俺達に気づいてない。
おっと、通り過ぎた時、目が少し動いた気がしたが。
すぐあとに別なやつが空の手押車を押して来た。
同じように駆け足で去って行った。
うーむ、ビヤ樽一味に無視されたくない。
だから3番目が近づいた時、道の真ん中に立った。
もちろん、止まらなかったら飛び退く用意をして。
すると、やつが止まった。
止まって、てっぺんの太鼓をドーンと鳴らした。
俺は両手を差し出して“友達だ”と言った。
そしたらやつはどうしたと思う?」
「きっと、会えてうれしい、だろ」
とハリソン隊長が探りを入れた。
「そう言ったら驚きゃしない。
そいつときたら、突然、太鼓をたたいて、トーミダチと鳴らし、手押車を激しく俺に突き出した。
俺がとっさによけると、やつはさっさと行ってしまい、俺は黙って後姿をながめた。
1分後、別なやつが息せき切って走って来た。
こいつは止まらずに、ただ太鼓をトーミダチと鳴らして、素早く通り過ぎた。
どうして覚えたのか。
この生物どもはお互い意思疎通するのか。
親分、子分どもか。
わからん。
だがトウィールは分かっているようだ。
とにかく、やつらは皆同じ挨拶をして、素早く走り去った。
面白くなってきた。
神が見捨てたような星に“友達”がそんなにたくさんいるとはとても思えない。
俺はトウィールに困惑の身振りをした。
トウィールは理解したと思う。
1・1・2・イエス、2・2・4・ノーと言ったから。
分かりますか」
ハリソン隊長が答えた。
「もちろんだ。
火星人の童謡だろう」
「いやあ。
私はトウィールの象徴的な言い回しに馴れて、このように解釈した。
1・1・2・イエスというのは生物に知性がある。
2・2・4・ノーというのは知性が我々の基準じゃなく、何か別種で、2|+2=4という論理の埒外にあると。
ひょっとして考え違いかも。
おそらくトウィールの言っていることは、奴らの精神は低級で、簡単な1|+1=2なら分かるが、もっと複雑な2|+2は分からない。
だが、後で見るように、違う意味だったと思う。
数分経つと、やつらがバタバタ1人、2人と戻って来た。
手押車の中には石、砂、ゴム植物塊やそんなガラクタが一杯|載っていた。
丁寧な挨拶を行うが、ちっとも親しみはこもっていないし、駆け足だ。
3番目に来たやつは最初に知り合いになったやつだ、もう1回話しかけてやれ。
再び道に立ちふさがって、やつを待った。
やつは近づいて、トーミダチと鳴らしつつ止まった。
見ると4、5個の目ん玉を俺に向けた。
合言葉を繰り返して、手押車をぐいと押し出したが、俺はすっくと立ち止まった。
すると、せっかちな生物は腕を伸ばして、指のような2本の鋏で俺の鼻をつまんだ」
ハリソン隊長が笑った。
「ほう、やつには審美眼があるのう」
ジャービスがぼやいた。
「笑いなさんな。
前に鼻をひどくぶつけ、嫌な凍傷を負った。
俺は、いたっ、と叫んで飛び退いた。
初級翻訳・火星旅行 第8話
奥 増夫
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