初級翻訳・火星旅行 第9話

奥 増夫

やつは駆け去って行った。
だがその時から、やつらの挨拶が、トーミダチ、イタ。
まったく変な生き物だ。
トウィールと俺は道路を真っ直ぐ、近くの土塚の方へ進んだ。
やつらは行ったり来たり、我々にまったく無関心に、ガラクタ荷物を運んでいる。
道路は入口にそのまま潜っており、古い坑道のように下っている。
ビヤ樽たちが足早に出入りして、俺達に同じ挨拶をする。
中を覗き込んだ。
どこか下に明かりがある。
見てみたい。
炎や松明じゃなさそうだし、文明の明かりみたいだ。
この生物達の進化の手がかりがつかめるかもしれない。
そこで俺は中に入った。
トウィールもぴったりくっついてきた。
でも、クックッ、クワックワッと鳴き声をちょっぴり立てた。
不思議な明かりだ。
昔のアーク灯のように火花を出して、1本の黒棒が輝いており、回廊の壁に設置してある。
間違いなく電気だ。
どうやら、この生物は相当文明化している。それから何かの上に、きらきらする別な光がある。
見に行くと、単なる光る砂山だ。
俺は入口に向かって引き返そうとした。
すると、まるで帰るなと言わんばかりに、悪魔が引き止めた。
回廊が曲がっていたか、あるいは横道へ入ったか。
ともかく来たと思った方向へ歩いて戻った。
ところがもっと薄暗い回廊に出た。
迷宮だ。
曲がりくねった道が四方にあるだけで、所々明かりがあり、時折、生物がそばを走り、ある者は手押車を持ち、ある者は手ぶらだ。
最初は大して心配しなかった。
俺もトウィールも入口からほんの2、3歩しか踏み込んでない。
だが動くたびに、奥深く入り込むようだった。
たまりかねて、空の手押車の生物に付いて行った。
ガラクタを取りに外へ出るだろう。
だが、やつは当てもなく走り回り、あっちこっちの道を出入りする。
コマネズミみたいに柱を回り始めたとき、俺はあきらめて、水タンクを床に降ろして、座り込んだ。
トウィールも俺同様に迷っていた。
俺が上を指差すと、情けない声でノ、ノ、ノ。
ビヤ樽人からは助けてもらえそうにない。
全く関心を示さない。
ただ、トーミダチ、イタ、というばかり。
ああ、何時間、いや、何日さまよっていたのか解からない。
疲れ果てて、2回寝た。
トウィールは睡眠が要らないみたいだ。
上に伸びる回廊だけを辿ったが、上に行くかと思うと、下へ降りる。
このいまいましいアリ塚の温度は一定だったので、昼も夜も解からない、最初に寝たのが1時間なのか、13時間なのか分からない、しまいには時計を見ても、真夜中なのか、真昼なのか分からなくなった。
変なものをいっぱい見た。
回廊には所々機械が動いていたが、仕事をしているようには見えない。
ただ輪が回っているだけだ。
また何度も見たのが、2匹のビヤ樽怪獣の間に、小さなのが1匹育っており、双方につながっていた。
 リロイが狂喜した。
「パーセノジェネサス。
単為生殖です。
チューリップのように発芽するんです」
 ジャービスも同意した。
「そう言うのだったらフランス人よ。
俺達をちっとも気にしないはずだ。
トーミダチ、イタ挨拶のほかは。
やつらにはどんな形態の家族も無さそうだ。
ただ手押車で走り回って、がらくたを運ぶだけ。
そして、とうとう、やつらが何をしているか解かった。
運良く回廊に出くわした。
上の方に長く伸びている。
俺の感じでは表面近くまで来ているはず。
突然、道が広くなって、大きな部屋に出た。
今まで見た唯一の大部屋だ。
やったあ。
小躍りしたかった。
天井の裂け目から日光のようなものが見えた。
部屋の中には一種の機械があって、巨大な臼みたいなのがゆっくりと回っている。
1匹の生物がガラクタを降ろしているところだった。
砂や石や植物を臼が砕いて粉にして、どこかで選別している。
見ていると、別なやつが行進して、作業を繰り返した。
それだけのようだった。
訳は分からんが、これが奇怪な火星の特徴よ。
そして、もう1つ世にも信じがたい怪奇な事実があった。
1匹の生物が自分の荷を降ろし、手押車をドンと横に置き、臼に平然と身を投げた。
やつが粉々になるのを見て、仰天のあまり声も出なかった。
と、そのあと別なやつが続いた。
やつらにも完璧な秩序がある。
つまり、手ぶらの生物が見捨てられた手押車を持って行く。
トウィールは驚かなかったようだ。
俺が次の自殺を指差しても、ただ人間のように肩すくめをして、あたかも、それがどうしたと言わんばかり。
この生物を大体知っていたに違いない。
その時、何か別なものを見た。
臼の向こうに何か光るものが、低い台座の上に乗っている。
俺は見に行った。
卵ほどの小さな水晶が、蛍光を放ち、地獄を照らしている。
光が俺の手と顔を刺激した。
まるで、静電気の放電みたいだ。
とたん、面白いことに気がついた。
覚えているかい、俺の左の親指にイボがあったろう。
見てくれ」
 ジャービスが手を伸ばした。
「干乾びて、すっかり取れた。
この通り。
そして傷ついた鼻の痛みも、ほら、魔法のように飛んでいった。
これには強力なエックス線か、ガンマ線か、それ以上の性質がある。
病気の組織を破壊し、正常な組織は傷めない。
俺は思ったね、このバカ騒ぎが終わった時、これを母なる地球へ持ち帰ったら土産になるだろうと。
臼の反対側へ全速力で駆けたまさにそのとき、手押車の1匹がすりつぶされるのを見た。
少々の自殺には無関心になったようだ。
その時、突然、あたりじゅうに太鼓の音が響き渡った。
明らかに威嚇だ。
一団が突進して来た。
俺達は進入した道を後戻りした。
やつらがブンブン言いながら後を追っかけて来る。
ある者は手押車を押し、ある者は手ぶら。
狂った野獣だ。
全員合唱で、トーミダチ、イタ。
イタは好かん。なんだかすごく意味深な感じがした。
トウィールがガラスの銃を取り出した。
ぼくも背中の水の容器を下ろして体を軽くし、自分の銃を構えた。
ぼくたちが通路を戻っていくと、ビヤ樽みたいな怪獣が20匹くらい追いかけてきた。
おかしなことに、荷物を積んだ手押車怪獣がすぐそばを通り過ぎたのに、挨拶してこない。
トウィールもそれに気づいたにちがいない。
彼はすかさず、真っ赤に燃える石炭ライターを取り出し、荷台の草に火をつけた。
パッと積荷が燃え上がった。
頭のおかしくなったビヤ樽怪獣たちは、歩くペースを変えずに、そのまま火のついた車を押していった。
だけど、「トモダチ」たちのほうはざわざわと騒ぎだした。
その時、ぼくは気づいた。
煙がぐるぐると渦を巻いて流れている。
まちがいなく出口だ!
ぼくはトウィールをつかんで、外へ向かって駆け出した。
後ろから20匹が追いかけてくる。
おひさまの光が天国みたいにありがたく感じられたけれど、ちらっと見たら、太陽はもうすぐ沈みそうだった。
これはいけない、火星の夜はあったかジャケットがないと外じゃ死んでしまう。せめて火の気がほしい。
それに、事態は急に悪くなった。
アリ塚みたいな建物のすき間に追い詰められて、ぼくたちは行き止まりになってしまったんだ。
ぼくはまだ発砲しなかった。
トウィールもまだだ。
下手に撃つと野獣たちを興奮させちゃうからね。

コメント

タイトルとURLをコピーしました