俺は夢中になって砂の上を彼女のほうへ駆け出した。
あまりの驚きに、疑うことすらなかったんだ。
あと六フィートほどまで近づいたとき、トウィールがさっと飛んできて俺を捕縛した。
俺の腕をがっしりとつかみ、甲高い声で『ノー、ノー、ノー!』とわめき立てたんだ。
俺は振り払おうとした。
トウィールはまるで竹でできているみたいに軽かったが、するどい爪を立てて必死に叫び続ける。
ついに少し正気が戻って、あと三フィートというところでピタッと立ち止まった。
目の前には、まさに彼女が立っていた。
ペットのプッツの顔くらい、はっきりと見えていたんだからな」
「いったいそれは何でありますか?」
と技術屋が尋ねた。
「彼女は微笑みながら手招きし、手招きしては、また微笑んだ。
俺はリロイみたいに、ただ黙って立ちすくんでしまったよ。
一方のトウィールは『キーキー!』『クワッ、クワッ!』と大騒ぎだ。
本物じゃないって頭ではわかっていたのに、そこに彼女がいるんだ。
俺はたまらなくなって、『ファンシー! ファンシー・ロング!』と叫んだ。
彼女はただ微笑んで手招きするばかり。
とても六千万マイルも離れた場所にいるとは思えないほど、本物にそっくりだった。
するとトウィールがガラスの拳銃を取り出して狙いを定めた。
俺は慌ててトウィールの腕を抑えつけようとしたが、あいつも負けじと押し戻してくる。
銃口を向けたまま、あいつは叫んだ。『ノー、ブリート! ノー、ブリート!』
わかったよ、ファンシー・ロングは生きちゃいない。
いやはや、頭がくらくらするぜ。
でも、トウィールの銃が彼女をねらっているのを見て、なんだか急に恐ろしくなった。
どうして俺が立ちすくんだままその狙撃の様子を眺めていたのか、自分でもわからないが、とにかくそうしていたんだ。
トウィールが引き金をぐっと絞った。
シュッと蒸気が吹き上がり、パッとファンシー・ロングの姿が消え去った。
そのあとの地面には、真っ黒な縄のような腕がのたうち回っていた。
かつてトウィールを襲ったのと同じやつだ。
夢怪獣だったんだよ。
俺はめまいを覚えながら立ちすくみ、そいつが苦しみながら死んでいくのを見た。
一方、トウィールは声を震わせて鳴いていた。
最後に俺の腕をつかみ、のたくっている怪獣を指差しながら、こう言ったんだ。『アナタ、イチ・イチ・ニ、やつも、イチ・イチ・ニ』ってね。
同じセリフを八回か十回くらい繰り返したあと、ようやく俺にも意味が分かった。
お前ら、わかるかい?」
リロイが甲高い声で叫んだ。
「ウィ・モア・ジュ・レ・コンプレンド!
私はわかりますよ!
トウィールが言いたいのは――君が頭の中で考えていたことを、その怪獣がちゃっかり読み取って、自分の姿として目の前に映し出したってことでしょう!」「お腹をすかせた犬なら、肉のついた大きなお骨が見えたはずだ、あるいはいい匂いを嗅ぎつけたはずだ、そう思わないか?」
「その通りさ。
夢怪獣は、獲物のあこがれや強い願いを利用して、見事なわなをしかけてくるんだよ。
交尾期を迎えた鳥だったらお似合いの相手が見えるだろうし、獲物をさがし歩いているキツネだったら哀れなウサギの姿が見えるってわけさ」
「どうしてそんなことが分かるのでありますか?」
とリロイが尋ねた。
ジャービスはブルッと身震いをしてから答えた。
「さあねえ。
地球のヘビだって、どうやって小鳥をおびき寄せるんだい? 獲物を口の中に誘い込む深海魚だっているじゃないか。
ああ、まったくだ。
あの怪獣がどれほどずる賢いか、分かったかい?
俺はこの一件ですっかり警告を受けた気分だよ。
これからは、自分の目ですら信用できやしない。
君らは俺を幻だと思い込むかもしれないし、俺だって君らを幻だと思ってしまうかもしれない。そのじつ、目の前の相手は恐ろしい黒い悪魔かもしれないんだからな」
ハリソン隊長がぶっきらぼうに突っ込んだ。
「でお前のお友達は、どうやってそれが偽物だと見破ったんだ?」
「トウィールですか。
さあねえ。
あいつはたぶん、俺とはまったく関係のない別のことを考えていたんだろうさ。
そして、俺が突然駆け出したのを見て、『おや、また何か変なものを見たぞ』と思って警告してくれたんだろうよ。
あるいは、夢怪獣は一度に一つの映像しか映し出すことができないのかもしれないね。
トウィールには同じ映像が見えなかったのか、それとも最初から何も見えていなかったのか。
それを本人に尋ねる手立てはないけれどね。
だが、これこそがあいつが賢いという何よりの証拠じゃないか。
あいつの知性は我々人間と同じか、あるいはそれ以上なのさ」
「そんな馬鹿な話があるか。
あいつの知性が人間並みだなんて、どうしてそんなことが言い切れるんだ?」
「いくつもの理由があるさ。
まず第1に、あのピラミッド怪獣のことだ。
あいつは最初は『一度も見たことがない』と言った。
だけど、それがただの単調な珪素の自動製造機にすぎないことを見事に理解していたじゃないか」
「そりゃあいつは、この辺りにずっと住んでいるんだろ。
だから前にも聞いたことがあるのかもしれんぞ」
とハリソン隊長が反論した。
「それじゃあ、言葉についてはどうなんだい?
俺にはあいつの考えなど一つも理解できなかったというのに、あいつは俺の言葉をたったの6つか7つもすぐに覚えてしまったんだぜ。
分かるかい?
たったの6つか7つの単語を組み合わせて、あんなに複雑な考えを俺たちに伝えてみせたんだ。
ピラミッド怪獣のことも、この夢怪獣のこともね。
簡単な言葉づかいで、片や無害な自動機械、こなた命取りの恐ろしい催眠術師だと説明してみせた。
この点についてはどう思うんだよ?」
「ふん」
「まあ、好きなように言うさ。
お前たちは、わずか6つの外国語の単語しか知らない状態で、あんな芸業をやってのけたことがあるか? トウィールよりもっとうまくやれる自信はあるかい?
それじゃあ、今度はまったく別の生き物の話をさせてくれ。
それは我々人間の知性からはあまりにもかけ離れていて、理解することすら不可能な一種の存在だった。
トウィールと俺の関係よりも、ずっと理解しがたいものだったんだ」
「なんだって、そいつは一体何なんだよ?」
「それについては後で話そう。
俺が一番言いたいのは、トウィールの種族とは友達づきあいをするだけの価値が十分にあるということだ。
俺が言っていることが正しいと、そのうちきっと分かるはずさ。
火星のどこかには、我々とまったく同じような文明や文化が存在しているんだ。いや、もしかしたら我々よりもっと進んだ文明かもしれない。
彼らと意思を通わせることは十分に可能なんだよ。
それをトウィールが実際に証明してくれているじゃないか。
もちろん、彼らの心は根本的に異星人のものだから、何年もの地道で辛抱強い努力が必要になるだろうけどね。
しかし、次に俺たちが出くわした連中に比べれば、トウィールなんてまだまだ我々に近い存在だったよ。
もっとも、あいつらに心らしきものがあればの話だけどね」
「次のって何だ? いったい次は何に出くわしたって言うんだよ?」
ジャービスは顔をしかめながら、話を先へと進めた。
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