初級翻訳・火星旅行 第2話

奥 増夫

たちまち高度が下がりはじめ、突然、スーリ砂漠の真ん中にドスンと落ちた。
おかげをしこたま鼻にぶつけたぜ」
ジャービスが痛む鼻を痛そうにこすった。
「硫酸で燃焼室をちゃんと洗浄したでありますか。
時々、鉛が2次放射を起こすのでありますよ」
ジャービスはむっとして言った。
「やったさ、10回以上もな!
その上、さっきの衝撃ですごい勢いで着陸装置がペシャンコになって、下向きジェットも壊れちまった。
もしそのままエンジンを動かしたらどうなったと思う?
16(マイル)もの間、真下に向けて噴射し続けたら、船底の床がすっかり溶けちまっていただろうよ。
まあ、幸運だったのは、ここでは1(マイル)が300(フィート)てことさ。でなきゃ、完全に押しつぶされてぺちゃんこになるところだった」
技術屋のプッツが大声で叫んだ。
「自分ならすぐに修理可能であります!
決して致命傷ではないと断言します!」
ジャービスは皮肉を込めて言い返した。
「たぶん、そうだろうよ。
要するに『飛べない』ってことだけさ。
ほかに致命傷なんかないさ。
だがな、俺には『救助を待つ』か『歩いて帰る』か、その二つに一つしかなかったんだ。
ここから基地までは1300(マイル)もあるんだぜ。
おまけに、あと20日もすれば地球へ出発しなければならない。
計算してみろ、1日に65(マイル)も歩かなきゃ間に合わないんだぞ、まったく!
ともかく、俺は自分の足で歩くことを決めた。
救出される確率なんて、どっちにしたって同じようなもんだからな。
さあ、こうしちゃいられない、忙しくなってきたぞ」
ハリソン隊長が話を割り込んできた。
「それで、ちゃーんと見つけてやっただろうが」
「確かにね。
とにかく、座席からベルトの紐をかき集めて、水タンクを背負い、弾装帯と拳銃を身につけ、ほんの少しの非常用食糧を持って、出発したのさ」
「水タンクだって?
あれは4分の1トン、250(ポンド)もあるんだぞ」
小柄な生物学者のリロイが口をはさんだ。
「満杯じゃなかったさ。
半分も入っていなかったから、地球の重力なら110(ポンド)ぐらいだけど、ここ火星の重力じゃたったの40(ポンド)さ。
それに俺自身の95(ポンド)の体重だって、火星ではたったの30(ポンド)しかない。
だから、装備を合わせた総重量でもたったの70(ポンド)だ。
つまりだな、自分の地球での体重よりも25(ポンド)も軽いわけさ。
1日に65(マイル)歩き通すために、ちゃんと計算したんだ。
もちろん、温調寝袋も持ち込んで、真冬みたいに寒い火星の夜に備えたよ。
とにかく急いで出発した。ぴょんぴょんと跳ねるように、夢中で急いだんだ。
昼間の8時間の間に30(マイル)以上も進んだ。
もちろん、すっかりうんざりしたけどな。
果てしない砂漠をただひたすらてくてく歩いた。
リロイが名づけた『生物の塊』どころか、周りには何にもありゃしない。
1時間ばかり歩いたところで、ようやく運河に出た。
それはまさに完全に乾いた水路で、幅は約120(フィート)、まるでまっすぐな線路のようだった。
昔はきっと水が流れていたんだろうな。
その水路は、緑の芝生のような植物でびっしり覆われていた。
不思議なことに、俺が近づいたときだけ、その芝生がまるで道を開けるようにサッとよけてくれたんだ」
「えーっ!」とリロイが驚いた。
「そうさ、例の『生物の塊』の親戚みたいなもんさ。
そのうちの1つを捕まえてみたんだ。
指ほどの背丈しかないちっちゃなイネみたいな葉っぱで、か細い茎のような足が2本生えていたよ」
「どこにいるんだ? そいつはどこだ?」とリロイがせきたてた。
「置いてきたさ、先に行かせたよ。
俺は歩かなきゃならなかったから、その動く芝生をかき分けながら進んだんだ。
前方が開き、後方が閉じる、そんな具合にな。
しばらく行くと、またあの橙色のスーリ砂漠に出た。
俺はまたてくてく歩き続けた。
ちくしょう、この砂には本当にうんざりさせられるぜ。
ついでに、プッツのおんぼろモーターにもな!
ちょうど夕暮れ前、スーリ砂漠の端っこにたどり着き、今度は灰色のクロニウム海を下に見下ろした。
こいつをまた120(マイル)も歩かなきゃならないのかよ?
その次に待っているのは、300から400(マイル)もあるザンザス砂漠だ。シンメリウム海なんてもっと長いぞ。
そんな状況で、俺がうれしかったと思うかい?
君たち仲間がなかなか見つけてくれないもんだから、片端から呪い始めてやったぜ!」
「ちゃんと言いつけて探させていただろ、このばか者めが!」とハリソン隊長がどなった。
「いやあ、助かりはしなかったけどな。
ともかく、昼の明るいうちにスーリ砂漠の崖を降りようと考えた。
比較的簡単な場所を見つけて、下に降りたのさ。
クロニウム海はこんな所だった。
葉っぱが1枚もないおかしな植物や、ミミズの群れがあちこちにいたよ。
ほんのちらりと見ただけで、すぐに寝袋を広げたんだ。
これまで、半分死んだようなこの火星では、特に心配するようなものは何も見かけなかった。
つまり、危険なんて何一つなかったんだ」
「本当になんにも見なかったんだな?」とハリソン隊長が念を押した。
「見たさ。
それについてはあとでじっくり話すよ。
そう、ちょうど寝袋にもぐりこもうとした、その瞬間だった。
どこからか、荒々しい大喧嘩の声が聞こえてきたんだ」
「喧嘩とは一体なんでありますか?」と、プッツが一人言のようにいぶかしんだ。
「ジュ・ネ・シ・クァイ(フランス語で『何だか分からない』の意味さ)。
何のことだかさっぱり分からないよ」と、リロイがフランス語を翻訳した。
「そうさ、俺にもさっぱり分からなかった。
だから、そっと忍び寄って覗いてみたんだ。
まるで大群のカラスがカナリアの群れを襲っているかのように、『ピーピー、ククッククッ、カーカー、コロッコロッ』って大騒ぎさ。
大きな根株のまわりをぐるっと1周してみると……そこに『トウィール』がいたんだ」
「トウィールだって?」とハリソン隊長が聞き返した。
「トビールだって?」とリロイとプッツが声をそろえた。
語り部であるジャービスが説明をつづけた。
「あの奇妙なダチョウさ。
まあ、とにかく『トウィール』というのが、どもらずに言える一番近い発音なんだよ」トルルウィールルルと叫んでいた」
「何をしてたんだ」
とハリソン隊長が訊いた。
「食われようとしていました。
キーキー鳴いていた。
当然、誰だって鳴くでしょう」
「食われるって、何にだ?」
「あとで分かりました。
その時見たのはひと束の縄のような黒い腕が、ほら、プッツが言ってたダチョウのようなやつに巻き付いていた。
当然俺は関わろうとしなかった。
どっちも危険だったら、心配事が1つ減るでしょう。
だが鳥もどきは良く戦っていた。
金切り声の合間に、五十ものくちばしで激しく突いていた。
更に、黒い腕の端っこに何かがちらちらっと見えた」
ここでジャービスが身震いした。
「でも、決定的だったのは黒い小袋か箱かに気がついた時さ。
鳥のような首にかかっていた。
俺は思ったね、やつは賢いか、飼育されている。
とにかく、これで決まった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました