やい、答えろ」
と直接生き物に向かって吠えた。
すると生き物が、
「こうせいではありません」
と甲高い完璧な英語で返した。
「反響じゃない」
とパットが息も絶え絶えに言い、後ろへ下がり、怖い、と泣き言をたれ、ハムの腕を引っ張り、
「行きましょ、すぐに」
ハムはパットを後ろへ下げて、
「俺は臆病なヤンキーにすぎないが、この生きた高音機械に反対尋問をして、ガチャガチャ言うのが何か、いや誰か、調べてやる」
「よして、よして、ハム。
怖い」
「危険そうには見えないぜ」
氷上の生物が応えた。
「きけんではありません」
ハムは息がつまり、パットは怖そうに小さくうめき声をあげた。
ハムが口ごもりながら訊いた。
「キミは誰、誰だ」
返事がない。
瞼付きの眼がハムをじっと見ている。
「キミは何だ?」
と再びハムが訊いた。
またしても返事がない。
「どうして英語を知っている?」
とハムがズバッと訊いた。
カシャカシャ音が響いた。「わたしはえいごをしりませんです」
「それなら、あー、どうして英語を話す?」
「あなたがえいごをはなすからです」
と不思議生物の説明は充分論理的だ。
「なぜという意味じゃない、どうやってという意味だ?」
ところでパットはやっとこさ、驚愕に打ち勝ち、勘のいい頭脳で手掛かりをつかんだ。
緊張して小声で、
「ハム、あれは私たちの単語を使っている。
意味を盗んでいる」
「わたしはあなたから意味を盗むであります」
と生き物がなまって証言。
ハムに光がさし始めた。
うめいて、
「おお、それなら、言葉は我々次第だ」
「あなた話す、わたし話す」
と生き物が提案。
「いいとも、わかるか、パット、何でも言えるぞ」
ここで一息入れて、
「さてと……人類の営みにおいて……」
パットがぴしゃり言った。
「おだまり。
ヤンキー、ここは英国領だ。
生か、死か、それが問題だ……」
ハムはにやりと笑い沈黙した。
パットが知識を使い果たしてから、授業を引き継いだ。
「むかしむかし、3びきのクマがすんでおりました……」
こうして授業は進んでいった。
突然ハムがあきれるほどばかばかしくなったのは、パットが『赤ずきんちゃん』の童話を、金星闇夜半球に住む諧謔を解しない怪物に丁寧に説明していることだ。
パットが困り果てたようにハムをちらと見るや、ハムは大爆笑。
「ハハハ、やつに『旅する男』や『ミネソタの娘』を教えてやれ。
やつを笑わせられるかな」
ハムがクックッとむせんだ。
釣られてパットも大笑いして、
「ははは、それって大変なことよ。
想像してハム、暗黒側に知性体がいる」
パットが不意に氷上の生物に訊いた。
「あなたは知性体ですか?」
「わたしは知性体です。
わたしは知的に知性体です」
「少なくともあなたは、すばらしい言語学者ね」
ここでパットが振り向き、
「ハム、英語を30分で習得したって、聞いたことある? 考えてみて」
どうやら生き物への恐怖は消えたようだ。
「そうだな、奴を利用してみよう」
「キミ、キミの名前は?」
返事がない。
パットが割り込んだ。
「当然よ。
自分の名前は言えない、英語で教えるまでは言えないのよ、だって――。
あ、そうだ、それならオスカーと呼ぼう。
都合がいい」
「上等だ。
オスカー、とにかくキミは何者だ?」
「ヒトです。
わたしは人間です」
「ええっ? おまえがそんなはずがあるわけない」
「これはあなたがわたしに与えた単語です。
わたしもあなたも人間です」
「ちょっと待て。
“私も人間”だと、わかったぞパット、奴の言ってる意味は、自分自身のことを考える者に対する唯一の単語が人間とかヒトというようなことだ。
それじゃ、キミの民族は何だ?」
「民族です」
「種族のことだ。
どの種族に属しているのか?」
「ヒトです」
ハムがうめいて、
「もったいぶりやがって。
パット、君がやれ」
「オスカー、あなたはヒトだと言った。
あなたは哺乳類?」
「わたしもあなたも人間は哺乳類です」
「まあ、そんな。
オスカー、あなたの種族はどうやって繁殖するの?」
「わたしには単語がありません」
「あなたは生まれたの?」
生物の奇妙な顔というか、顔なし胴体がわずかに変化した。
半透明のまぶたの上に、さらに厚い瞼が降りてきて、複眼を遮蔽した。
あたかも熟考するかのようだ。
「われわれは生まれません」
「それじゃ、種子? 胞子? 単為生殖? それとも分裂?」
「胞子と、分裂です」
と不思議生物が甲高い声を上げた。
「でもねえ……」
パットは途方にくれて中断した。
一瞬の静寂があり、やって来たのが1匹の3つ目怪人、ホウホウとあざ笑うような叫び声が左遠方にあがり、2人は無意識に振り返り、見つめ合い、びっくりしてたじろいだ。
ヘルメット光線の末端で、嘲笑怪人が捕まえて持ち去ったのは、間違いなく洞穴の生物だ。
さらに恐ろしいことに、あとのものは全く無関心な様子で、穴の前にたたずんでいる。
パットが叫んだ。
「オスカー、やつらが1人さらったよ」
パットが突然話を中断したのは、ハムが拳銃で撃ちはずしたからだ。
パットがうめいて、
「ああっ、悪魔が、悪魔がさらった」
眼の前の生物からは何の返事もない。
「オスカー、心配しないの? 悪魔が仲間を殺したのよ。
分からないの?」
「わかります」
この生物を見て、パットの心にちょっと、人間でいう憐憫の情を生じた。
話すことができるし、野獣をはるかに超えている。
「でも、何もしないじゃない? なにも心配しないの?」
「心配しません」
「悪魔は何なの? 仲間が殺されて、悪魔は何をするの?」
「われわれを食べます」
とオスカーがしれっと言った。
パットは恐怖のあまり息がつまった。
「まあ。でも、でも、どうして」
パットが言葉を区切った。
不思議な生き物はゆっくりと後ろへ下がり、きれいに並んだ穴の中へと入っていった。
「待って! 悪魔たちはここへは来られないわ。
光があるからよ」
カシャカシャと乾いた音が響いた。
「さむい。
さむいので、いなくなる」
あたりがしんとした。
一段と寒さが厳しくなってきた。
いまや強烈な下層風が絶え間なく唸りを上げて吹き荒れ、パットが尾根の方をちらりと見やると、あの穴ぐらの生物たちは皆、まるでオスカーのように自分の穴へと帰っていくところだった。
パットは困り切った顔でハムを見た。
「わたし、変な夢でも見ているのかな?」
「2人とも夢なんて見てないさ、パット」
ハムはパットの腕を取ると、自分たちのロケットの方へと歩き出した。
ロケットの丸い窓が明るく輝き、暗闇の中で2人を迎え入れるように光っていた。
さて、暖かい部屋の中に入ると、パットはぶかっこうな宇宙服の外套を脱ぎ捨てて美しい素足を出し、タバコに火をつけると、この大きな謎についてじっくりと考え始めた。
「ねえハム、どうにも納得がいかないことがいくつかあるの。
オスカーの頭脳って、なんだかすごく変わっていると感じない?」
「ものすごいスピードで学習していたよな」
「そう、すごく頭がいいの。
人間並みか、ううん、人間以上かもしれないわ。
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