初級翻訳・夢の谷 第3話

夢の谷

経路を描いて、今いる砂漠が『スーリ・ツウ』だと判断しました。スーリ・ワンは東側のはず。そう、第六感で『スーリ・ワン』を探索することに決め、ブンブン飛ばしていったんです」
プッツが長い沈黙を破って尋ねました。
「ロケットは?」
「驚いたことに故障しなかったよ、カール。お前の噴射は完璧に作動した。だからブンブン飛ばして、かなり高く上がり、視野が広がって、そうだな、高度15マイルぐらいだったかな。スーリ・ツウ砂漠は橙色の敷物のように広がっていました。しばらく行くと、灰色クロニウム海の分岐に到達し、境界になりました。海は狭く、半時間で横断しました。そこが『スーリ・ワン』。同じ橙色の砂漠仲間だ。南へ舵を切ってオーストレリ海へ向かい、砂漠のふちをたどった。そして日没寸前に発見したんだ」
プッツがオウム返しで訊きました。
「発見? 何を見つけたというのですか」
「砂漠を発見した。建物もだ。運河の泥町の建物じゃないぞ。運河が流れていたけど、地図からスキャパレリが『アスキーニアス』と呼んだ運河だと踏んだ。たぶん高度が高すぎたために街の住人は何も見えないだろうし、双眼鏡でもよく見えないだろう。ともかく日没直前だったので中には着陸せず、あたりを回遊したんだ。運河はオーストレリ海へつながっていた。その南に融氷極冠があった。運河に融解水が流れ込む。水のしぶきが見えた。南東へそれると、ちょうどオーストレリ海の端に谷があった。いままで火星を見てきた中で、初めてのデコボコだ。例外はザンサスとスーリ・ツウを区切る崖だけ。我々は谷の上を飛んだ」
ジャービスが突然話を止めて、身震いしました。リロイは顔色が戻り始めていましたが、まだ青ざめているようです。化学者ジャービスが再開しました。
「まあ、谷は全く正常だった、その時は。単なる灰色の荒れ地で、おそらく例の徘徊生物がわんさかいるのだろう。街の上空へ引き返した。そうだな、言いたいのはつまり、巨大ってことさ。巨大建築だ。最初、この大きさは前に話した錯覚のせい、水平線が近いためだと思ったが、そうじゃなかった。僕らはまさしく、とてつもない街の上を飛んでいるんだ」こんなすごいものは、今まで一度も見たことがありませんでした。
でも、ちょうどそのとき、太陽が沈んで見えなくなってしまったのです。
自分たちが、かなり南の「緯度60度」という場所にいることは分かっていました。
けれど、ここの夜がどれくらい続くのかは、さっぱり分かりませんでした。
ハリソン隊長が、火星の地図をチラリと見て言いました。
「緯度60度あたりだって? おいおい、南極の近くじゃないか。この季節なら、夜はたったの4時間くらいだぞ。それに、これから3か月の間は、太陽が沈まない『白夜』になるはずだ」
「3か月もですか!」と、ジャービスは驚いて聞き返しました。それから、ニヤッと笑って話を続けました。
「そうでした。火星の季節は、地球の2倍も長いんでしたね。それをうっかり忘れていました。さて、僕たちは砂漠の奥へ30マイルほど進んでいきました。これなら、もし寝坊したとしても、地平線のすぐ向こうに街が見えるはずですからね。そして、そこで夜を明かすことにしたんです。
夜の長さは、本当に隊長の言う通りでした。暗闇はたったの4時間ほどだったので、ぐっすり休むことができました。朝ご飯を食べてから、僕たちのいる場所を隊長に報告し、いよいよ街を調べに出発しました。
僕たちは、東の方から街に向かって飛んでいきました。すると目の前に、とてつもなく大きな建物の塊が、ぬうっと現れたのです。
おおっ、なんてすごい街なんだ!
ニューヨークにだって高いビルはあるし、シカゴにだってビルは建っています。でも、この建物のデカさといったら、もうけた違いでした。とにかく巨大なんです!
だけど、並び方がなんだか変でした。
地球の街がどんな風に広がっているかは、みなさんも知っていますよね。郊外の住宅地や、ぐるりと囲む道路、工場エリアや公園、それに高速道路が、中心から外側に向かってクモの巣のように伸びていくものです。
ところが、ここにはそんなものが一つもありません。まるで切り立った崖のように、何もない砂漠の中に、いきなり街がそびえ立っているのです。
ほんの少し高い砂の丘が、街の境界線を示しているだけで、あとは壁のような大建物がぎっしりと立ち並んでいるだけでした。
建物の形も、とても奇妙でした。地球では絶対に作れないような仕組みがたくさんあるんです。
たとえば、ふつうのビルは上に行くほど細くなりますが、ここの建物はそれが『逆』になっていました。つまり、地面につく土台の部分が小さくて、上に行けば行くほど、頭でっかちに広がっているのです!
土地の値段が高いニューヨークだったら、すごく便利なアイデアかもしれません。でも、そんな建物を建てるには、地球よりもずっと重力が軽い、この火星の環境が必要なんですね。
さて、街の中の通りにはロケットをうまく着陸させられそうになかったので、運河のすぐ横にある街の端っこに船を降ろしました。そして、小さなカメラとピストルを手にして、石でできた建物の壁のすき間へと入っていったのです。
ロケットから3マイルも歩かないうちに、いくつかの不思議な理由が分かってきました。
この街は、ボロボロに崩れていたのです。
誰もいなくなり、砂に埋もれ、完全に死に絶えていました。
まるで、大昔に滅びた伝説の都市『バビロン』のようでした。少なくとも、その時の僕たちにはそう見えたのです。
通りには誰もいません。もし道路が舗装されていたとしても、今ではすっかり深い砂の下に埋もれてしまっていました。
ハリソン隊長が尋ねました。
「崩れ落ちているだって? おい、どれくらい古いんだ?」
ジャービスは首を振りました。
「そんなの、僕に分かるわけがないでしょう。次の火星探検隊には、絶対に考古学者を連れてくるべきですよ。それから、言葉を研究する言語学者もね。理由はあとで分かります。
でも、この街がいつ作られたのかを突き止めるのは、すごく難しいんです。
火星は天気がとても穏やかなので、建物がずっとそのままの形で残ってしまうんですよ。雨は降らないし、地震も起きない。植物も生えないから、根っこが伸びて壁にヒビが入ることもありません。何一つ変わらないんです。
時間がたってボロボロになる『風化』という現象もありますが、火星の薄い空気の中では、ほとんど無視できるくらいです。温度の変化でヒビが入ることもありません。
あと、建物が壊れる原因があるとすれば『隕石』ですね。空気が薄いので、ときどき街に直接落ちてくるかもしれません。
実際、僕たちが乗ってきたエアリーズ宇宙船のすぐ近くにも、4回も隕石が落ちるのを見ましたからね」
すると隊長が言いました。
「7回だぞ。お前たちが出かけている間に、さらに3回落ちたんだ」
「まあ、何にせよ、隕石で壊れた部分はほんの少しに違いありません。大きな隕石が落ちてくるのは、地球と同じようにめったにないことですし、空気の薄い火星では小さな隕石がそのまま突き抜けてしまうでしょうが、ここの建物はたくさんの小さな隕石のぶつかりにも耐えてきたようです。

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