むかしむかし、ひとりの貧しい王子様がいました。
王子様は国を一つもっていましたが、それはとても小さな国でした。
でも、いくら小さいとはいっても、結婚してお嫁さんをむかえるには、じゅうぶんな大きさでした。
さて、この王子様はお嫁さんがほしいと思いました。
それにしても、この王子様がえらい皇帝(こうてい)さまのお姫さまにむかって、「わたくしと結婚してくださいませんか?」などと言いに行くのは、あまりにもむちゃくちゃで、無鉄砲(むてっぽう)なことでした。
けれども、王子様は、おもいきってそうしてみることにしました。
なぜって、王子の名前は遠くまで知れわたっていましたし、それに、もし王子様が結婚を申しこんだら、よろこんで「はい!」と言いそうなお姫さまは、何百人もいたからです。
ところで、皇帝のお姫さまは、結婚をオッケーしてくれたでしょうか?
それじゃあ、これからそのお話を聞くことにしましょう。
王子様のお父さんのお墓の上には、一本のバラの木が生えていました。
それは、もう言葉にできないほど美しいバラの木でした。
花は五年間に一ぺんしか咲きませんが、そのときにも、ただ一輪しか咲かないのです。
でも、そのバラのいいにおいといったら、ほかに比べものがないほどでした。
一度そのにおいをかぐと、だれでも、どんないやなことも、心配なことも、ぜんぶ忘れてしまうほどだったのです。
王子様はまた、一羽のナイチンゲール(美しい声で鳴く鳥)も持っていました。
このナイチンゲールは、たいへんじょうずに歌をうたうことができました。
その小さなのどの中には、美しい音楽のメロディが、いっぱい詰まっているのではないかと思われたほどです。
王子様は、このバラの花とナイチンゲールを、お姫さまにプレゼントしようと思いました。
そこで、さっそくその二つを大きな銀の箱に入れて、お姫さまのところへ持たせて送り出しました。
皇帝は、その贈り物を大きな広間に運びこませて、自分もあとからついていきました。
その広間では、お姫さまが女中のお姉さまたちといっしょに、「お客さまごっこ」をして遊んでいました。
お姫さまたちは、それ以外にはなにもすることがなかったのです。
お姫さまは、贈り物のはいっている大きな箱を見ると、大よろこびして手をパチパチとたたきました。
「まあ、中からかわいらしい小ネコが出てきますように!」とお姫さまは言いました。
――ところが、箱から出てきたのは、あの美しいバラの花でした。
「まあ、なんて上手に造ってあるお花なんでしょう!」と、女中たちが口々に言いました。
「造ってあるどころじゃないぞ!」と皇帝は言いました。
「なんと表現したらいいのか! これは実に美しい!」
ところが、お姫さまはその花にちょっとさわってみて、もう少しで泣き出しそうになりました。
「もう、いやだわ、おとうさま!」とお姫さまは言いました。
「これって作りもののお花なんかじゃなくて、ほんもののお花だわ!」
「まあ、ほんとにいやだこと!」と、女中たちもそろって言いました。
「ほんもののお花でございますわ!」
「よしよし、そんなにおこっていないでもう一つのほうには何がはいっているか、見てみようじゃないか」と、皇帝は言いました。
すると、今度はナイチンゲールが出てきました。
そして、ナイチンゲールはたいそう美しい声で歌をうたいましたので、だれもこの鳥に対しては、すぐに文句のつけようがありませんでした。
「シュペルブ! シャルマン!(まあ、すてき! うっとりするようですわ!)」
女中たちはみんなフランス語がおしゃべりできたので、フランス語でこう言いました。ひとりがなにか言いだすと、そのたびにまねをして、だんだん大げさになっていきました。
「この鳥のうたうのを聞いておりますと、わたくしには、おかくれないになった皇后(こうごう)さまの、音楽時計が思い出されますわ!」と、年をとった家来が言いました。
「ああ、まったくそのとおり、そのとおり! 声も歌も、あの時計とそっくりでございます!」
「そうじゃな……」皇帝はそう言って、まるで小さな子どものようにワンワン泣きました。
「でも、ほんものバード(鳥)だなんて思えないわ」とお姫さまは言いました。
「いいえ、正真正銘(しょうしんしょうめい)のほんものの鳥でございます」と、贈り物を持ってきた使いの者たちが言いました。
「それじゃあ、そんな鳥、窓からとばしてしまっておしまい!」とお姫さまは言いました。
そして、王子様が会いに来ることを、どうしても絶対に承知しようとはしませんでした。
しかし、こんなフラれ方をしたって、王子様はへっちゃらです。
そのくらいのことで、すごすごとひっこんだりはしませんでした。
すぐさま、顔に茶色や黒のきたない絵の具をぬりたくって、帽子を目深(めぶか)にかぶり、お城の門のドアをドンドンとたたきました。
「ごめんください、皇帝さま!」と、王子様は言いました。
「このお城で、ぼくを働かせてくれませんか?」
「そうか、ここで働きたいと言ってくる者は、ずいぶんたくさんいるからのう」と、皇帝は言いました。
「だが、ちょっと待てよ。
――そうそう、ちょうどブタの番をする者が、ひとり足りなくて困っていたところだ。
(お前なら、ブタ飼いとして雇ってやってもいいぞ)」なにしろ、ブタがたくさんいるのだからのう!」
そこで、王子様は、お城のブタ飼いとして雇われました。
そして、一番下のブタ小屋のそばにある、みすぼらしい小さなお部屋を一つもらって、そこに住むことになったのです。
王子様は、一日じゅうそこに座って、いっしょうけんめい何かを作っていました。
そして夕方ごろには、もう、かわいらしい小さなつぼを作りあげていたのです。
つぼのまわりには、たくさんの鈴がついていました。
つぼの中のお湯がわくと、その鈴がたいへん美しい音色をたてて、リンリンと鳴り響くのです。
そして、
ああ、いとしいアウグスチン、
もうおしまいよ、なにもかも!
という、むかしから歌われているなつかしい節をかなでました。
けれども、このつぼには、もっともっとすごい、じょうずなしかけがしてありました。
そのつぼの中から立ちのぼる湯気に指をちょっぴりつけると、町じゅうのどの台所で、いまどんな料理が作られているかを、ここにいながら、たちまちかぎわけることができたのです。
ねえ、これなら、あのバラの花とはまったくちがっているでしょう?
さて、ある日、お姫さまは侍女たちを引き連れて、お散歩に出かけました。
ふと、この美しい節を耳にしますと、お姫さまは足を止めて、たいそううれしそうな顔をしました。
「ああ、いとしいアウグスチン!」というこの節なら、お姫さまにもピアノでひくことができたからです。
もっとも、これだけが、お姫さまにできるたった一つの節でしたが。
それも、一本指でひくのでしたけれど。
「あれは、あたしにもひける節だわ」と、お姫さまは言いました。
「あのブタ飼いは、きっと、ものすごい学問のある人にちがいないわね。
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