このとき、最後に残っていた黄色い糸が、真ん中あたりでぷつりと切れて落ちる)
女の子 切れた! (と立ち上がる)
(たちまち、上手[かみて]の入り口の鉄の扉が、音もなく開いて、影のような人たちの列が、表情のない足どりで部屋の中に入ってくる。
――先頭には巨人が立つ。
(巨人もちょうど影のような姿をしている)この一列は部屋をぐるりと回って下手[しもて]に半円のかたちを作って、ずらりと並ぶ。
巨人だけが真ん中に立つ。
音ひとつしない。
まるで鬼のような気配。
冷たい風。
――まるでこの世の終わり(冥府)のような、冷たい光と影! ヨハナーンは巨人の姿を見るなり、叫び声をあげる)
少年 お姉様! あの人なんだ、あの人なんだよ! ぼくを連れて来た人はあの人なんだ。
(巨人を指さし、後ろへ下がりながら退いたが、そのまま気絶して床の上にバタンと倒れる。
お姉さんは氷のように凍りついた棒の立っているように動かない)
巨人 (感情のない声で)女よ! お前の先祖たちがお前を待っているぞ。
(と言って、影のような人々を振り返る。
影のような人たちは一様に、幅の広い灰色の衣を左右に大きく広げ、まるで女の子を包み込むような風を起こす。
冷たい風が衣の下から吹き付ける)
巨人 奴らは塔に住むのだ! 女よ! お前も塔へ行かねばならぬ。
……女よ! 塔へ歩め!
(女の子は音もなくうなだれ、機織り機のそばから離れて巨人の近くへと歩み寄る)
巨人 (上手の扉を指さしながら)塔へ歩め!
(巨人を先頭にして、影のような人々が列をつくり、上手側の入り口から出ていく。
女の子もまた影の人たちと同じように、表情のない歩き方で列の最後をついて歩いていく。
――女の子はこの部屋から出ていこうとし、瞬間、出口で振り返って、倒れている可愛い弟をじっと見つめる。
その目には、いつまでも離れたくないという深い思いと涙があふれている……)
女の子 (一声)ヨハナーン!
(この声と同時に、倒れていたヨハナーンがパッと飛び起きてお姉さんの顔を見る。
二人の視線がしっかりと重なり合う)ヨハナーン!
少年 お姉様! (お姉さんの姿が扉の向こうに消え、扉は音もなく跳ね返るようにしっかりと閉まる)
少年 お姉様! (と駆け寄って扉をドンドンと叩く)お姉様! (ヨハナーンを呼ぶ声だけがむなしく響きわたる)お姉様よう。
……(泣く。
ただ泣く声だけが響きわたる)
お姉様! お姉様! お姉様よう!
(残酷なまでの静けさ。
――ヨハナーンは再び気を失ったかのように床の上に倒れたままピクリとも動かない。
その小さな体を、青白い天井の光がぽつんと照らし出す。
三分間の静寂。
たちまち、窓の外から、言い表せないほど強い恋しさを込めた声で、かすかに、かすかにお姉さんがヨハナーンを呼ぶ)
お姉さんの声 ヨハナーン!
(ヨハナーンはハッと気づいて頭を上げ、部屋の中を見回す。
――お姉さんの姿は見当たらない。
自分の耳が信じられないといった様子で、なおもあたりを見回す。
――再びお姉さんの声がする。今度は少し近くに聞こえる)
お姉さんの声 ヨハナーン!
(それに引き続いて、とても悲しく心に染みるメロディで「その日のために」の歌を歌う声が聞こえてくる)
きれいな色をした糸で
機を織る人の一生
五つの色の決まりは
糸巻きが回るままに任せて、
ヒノキの梭が飛び交うあいだに
あやなす模様を織る罪や、誉れや。
(その日のために――)
(ヨハナーンはしばらくその歌にじっと耳を澄ませていたが、急に飛び起きて窓をじっと見つめる)
少年 お姉様!
お姉さんの声 (少しはっきりと)ヨハナーン! ヨハナーン! お歌をよーく覚えるのよ!
五色の色の機織りを
一日を十年のように長く数えながら
いったい何日が過ぎたのだろう。
(ヨハナーンはたちまち顔にうれしそうな笑みを浮かべて)
少年 お姉様だ! お姉様だ! あのお声はお姉様のお声だ! 窓の外にお姉様がいらっしゃるんだ。
(と言って窓へ駆け寄り、垂れ下がっていた黒い幕をいっぱいに開け放つ。
窓の外の光景が、観客の目に大きく広がる。
――塔は空の光の中に浮かび上がり、まるで牢獄のように恐ろしく、もの寂しそうにそびえ立っており、塔のふもとにある水門もまたハッキリと見える。
その水門の上には、影のような人々が一列に並び、その一番前には巨人が立っている。
巨人は灰色の衣の袖を上げ下げして、上流からやってくる小舟を手招きしている。
上流の方から小舟がやってきて、ゆらゆらと水門めがけて流れて下りてくる。
小舟の中にはヨハナーンのお姉さんが、白い衣に包まれ、白いユリの花で美しく飾られて横たわっている。目は大きく開いているのに、瞳の焦点は定まっていません。ただ薄明るい空を見つめているだけです。
空には小さな月が出ていて、切れ間なく雲がその前をかすめ、風が絶え間なく雲を吹き飛ばしていきます。
雲を吹き飛ばす風は、同時に高い塔をも吹きつけていて、塔からは悲しみに満ちた叫び声が聞こえてきます。
――その光景は、あまりにも痛々しく、凍てつくように冷たいものです。
小舟はゆったりと流れ下り、窓の下でしばらくの間、ぷかぷかと漂っています。
少年 (窓の格子から両手を精一杯伸ばして)お姉様がいる、お姉様がいるよ、お姉様! お姉様! どうして舟になんて乗って、どこへ行っちゃうの? お姉様はぼくと一緒に、いつまでもここにいるって言ってくれたじゃないか。
それなのに舟に乗って、どこかへ行ってしまうなんて! 行いけないよ、行っちゃいけない! ……どうして舟になんて乗っちゃったんだよ? ねえ、ねえ、そんな怖くて気味の悪い舟になんで! ……あっ、それに、お姉様の着ているものが真っ白だ! それに白い百合の花まで飾ってある! お姉様、お姉様! どうしてそんな白装束みたいな着物を着ているのさ……いやだ、いやだ、いやだ! ……ほらほら、舟がどんどん流れていっちゃうよ、……早く、早く、早く止めてよ。
お姉様!(舟は水門の方へゆっくりと流れていきます)お姉様! 舟が何かに引っ張られるみたいに、水門の方へ流されていくよ。
どうして止めてくれないの、どうして止めてくれないんだよ! ねえ、ねえ、お姉様ったら、どうして舟を止めないのさ!
お姉さん (ヨハナーンの顔を深い愛情をこめてじっと見つめながら)ヨハナーンや! (胸が締め付けられるような声で)ヨハナーンや!
若いころの恋の彩りも、
太陽のように真っ赤な喜びも、
ああ、それも瞬く間に消え去って、
悲しみの青い縦糸(たていと)が、
人間の人生の土台となってしまった。
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