この少年こそが、あの「死に向かう人魚の歌」をうたうのです。
けれど、みんなが歌を競い合う華やかな音楽堂で歌ったのではありません。
カーテンをしめきった自分のお部屋のなかで、冷たくそっけない心をもつ少女に自分のことを思い出させようと……あるいは、まるで血のように真っ赤なケシの花畑のなかで、恐ろしい銀の呪いから逃れようとして、大会の前夜の真ん中にうたったのでございます。
ああ! その「死に向かう人魚」の歌は、この世で一番かなしい、お葬式の歌(弔いの歌)となってしまいました。
ほんとうならお祝いの結婚式場になるはずだった音楽堂からは、死者を送るお棺が出され、仲よく寄り添うオシドリたちが浮かぶはずの美しい海の上には、そのお棺をのせた小さな舟が静かに浮かびます。そして、悲しみのうたを歌おうとして集まった子どもたちは、なみだで曇った声で、お葬式のうたを歌うのです。
幸せを祝って鳴らされるはずだった祝福の鐘は、恐ろしい不幸の訪れを告げ、世界中から集まってきたカッコいい騎士や音楽家たちは、驚きと怒り、そして深い悲しみに包まれて、信じられないものを見たかのように瞳を大きく見開いたまま、一言も話せずにじっとお棺を見送るのでございます。そして、栄光のシンボルである月桂樹の冠は「F」という謎の魔法使いの頭の上に載せられ、魔法使いのFは、その名誉ある冠を使って、自分が頭の中で思い描いた空想の少女の目をくらませようとして、真っ赤な舌をペロリと動かします。
――ですが、悪い企みは結局うまくいきません。最後に勝つのは若い王子であり、月桂樹の冠は、幼い天才音楽家である王子の手に渡るのです。
――神様、どうか正しい心を持った人に、幸せを与えてください!
そのとき、国を治める領主は、まるで凍りついた一本の棒のようになって気を失い、壁にもたれかかってしまいます。そして、忠実なお世話係は天をにらみつけ、やがて大声をあげて泣き崩れてしまうのでございます。
ああ! 幸せになろうとしたのに不幸になってしまい、楽しもうとしたのに悲しみを引き寄せ、平和に暮らそうとしたのに、恐ろしい事件や大騒ぎが、まるで押し寄せる波のように次から次へとわき起こるのです。
(と、案内人は片手を高く差し上げて、)「ここにいるみんなの喜びや怒り、悲しみや楽しさが、霧に包まれた宝石のように、水の中に沈んだ王冠のように、煙の向こうに見えるお城のように、ぼんやりとみなさんの目に映るとき……どうか難しい理屈をこねて考えたりせず、ただ、そこにあるがままに、見えるがままに、そして聞こえるがままに、このお話を受け止めていただきたいのです。」
(片手を下ろし、後ろの方へと静かに下がりながら、)「魔法使いのFが、どのようにして銀のハープを使って恐ろしい魔法を呼び出すのか。そして、レモンの花が咲き誇るあたたかな南の国の人々が、どれほど激しく燃え上がる恋の道を突き進んでいくのか……みなさんは、この劇の幕が開くと同時に、そのすべてをはっきりと目撃することになるでしょう。」
(と、案内人はていねいに一礼して、舞台から去っていきます。)
第一場
領主のお屋敷にある、あるお部屋。正面には出入り口があり、そこから裏庭へと行くことができます。
裏庭の向こうには、静かな入り江が広がっています。入り江の反対側は、スパッと切り落としたような崖になっていて、そのてっぺんには、真っ白な壁をした古い「音楽堂」が建っています(これは劇の背景に描かれています)。そして、出入り口の左右には、大きくて立派な窓があります。
窓にはカーテンがかかっていないので、美しい入り江の景色をいつでも自由に見渡すことができます。
また、このお部屋の左右にも出入り口があります。左側のドアは本館へ続いており、右側のドアは「高殿」と呼ばれる高い建物へと続いています。
この高殿は、領主のたった一人の息子であり、若くてとても美しく、音楽のずば抜けた才能を持っている王子の居室になっています。
左側の窓の近くには、大きな丸いテーブルが置かれています。その丸テーブルを囲むようにして、ベッドや椅子が並んでいます。
これらのお部屋の作りや飾りつけは、すべて昔のヨーロッパの中世のデザインになっています。
時間:夕暮れどき、太陽が沈みかけるころ。
季節:初夏。
バラやレモンの花が、いまを盛りと美しく咲き誇っています。
領主(とても上品で立派な見た目をしており、この時代のお金持ちの武士にふさわしい服を着て、腰にはかっこいい剣をぶら下げています。左側の窓のそばに立ち、入り江の景色をじっと眺めています。)
領主「今日の夕日は、いつもより一段と美しく、そして静かに見えるな。小鳥たちの歌や心地よい風に見送られながら、太陽が海へと沈んでいこうとしている。空に浮かぶ真っ赤な雲は、まるで戦のときに掲げる真っ赤な旗のように、空の果てを流れていくようだ。沈みゆく太陽の美しさは、一体どう表現したらいいのだろう。まるで、黄金で作られた馬車が真っ赤に燃え上がりながら、きれいに澄みきった水晶のお皿の上へと落ちていくかのようだ。櫛の歯のようにまっすぐに伸びる太陽の光が、まるでピンク色のサンゴを溶かして一面にちりばめたような空と海に向かって、霧のように細かく、静かに降り注いでいる。その光の輝きは一瞬一瞬で変化し、空の色も少しずつ、別の色へと移り変わっていくのだ。沈みかける太陽の上には、昔のユダヤの王様が羽織る立派なガウンのような、金色の刺繍でふちどられた雲たちが、動くこともなく、じっと浮かんでいる。その雲のさらに上には、ヒヤシンス鉱石のような美しい宝石の星がたった一つ、淡く優しく光っている。だが、やがて太陽がすっかり沈んでしまえば、その星はダイヤモンドのようにキラキラとまばゆく輝き出すのだろうな。星の向こう側は、まるで澄んだ青緑色をした夕暮れの空が広がっている。そして風が、小鳥たちを眠りへと誘うように、そよそよと優しく優しく吹き抜けていく。(少しの間を置いて)……おや、王様のローブのようだったあの雲が、ゆっくりと動き出したぞ。まるで、美しい模様のついたヘビのように、細く長く伸びていくな。きっと、風が吹いているからだろう。細く長く伸びた雲は、太陽の顔をかすめるようにして、海の方へとだらりと垂れ下がってくる。(少し間を置いて)……海は、まるで優しい親切な心を持っているかのように、空にある雲の影を、一つ残らずその水面に映し出している。(少し声を強めて)海は、本当に心が広い!」
従者(はじめから領主の後ろに、おとなしく静かに立っています。髪の毛は真っ白で、いかにも真面目で素直そうなおじいさんです。怖がりながら、小さな声で呼びかけます)「……だんな様。」
領主(従者の声が聞こえていないかのように)「海は心が広いな。まるで、立派な神父様や聖人のように心が広い! だがその一方で、悪いことを見逃さない裁判官のように冷たく、厳しく、ほんの少しのウソも許さない強さを持っている。仮面をかぶって自分をだましたり、ウソをついたり、自分をよく見せようと飾ったりする悪い心は、この海の鏡に映ったとき、すっかり化けの皮がはがされて、本当の姿が暴かれてしまうのだ。海は鏡だ。
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