初級翻訳・今昔茶話 第2話

今昔茶話

さて、会場を出て、その外交官がモスクワの通りを歩いていると(このお話の舞台はロシアなのだ)、うしろから人が近づいてきて、その外交官を刺そうとしたが、「おや、白い糸が無い」と言って、刺すのをやめて立ち去った。
……つまり、白い糸をコートにつけた外交官を殺せという命令を受けた秘密結社のメンバーが、めがけた外交官を刺し殺そうとしたところ、目印の白い糸がなかったので、殺さずに立ち去ったというだけの話なのである。
僕がこのお話を読んだのは、中学一年生のころのことであって、その後、何度も読み返したことはない。
だから、おそらくお話の筋書きも、原作とは違っているかもしれない。
白い糸を取ってくれたご婦人は、もしかしたら外交官の恋人だったかもしれない。
また、その外交官は――今の僕には記憶にないけれど、何かものすごく重大な使命を持った人物だったかもしれない。
それに第一、それだけの筋書きでは、探偵小説にはならない(その『外交綺談』は、探偵小説を集めた本だったのだ)。
 それにもかかわらず、このお話が、三十年以上も僕の頭から離れず、何か小説でも書こうとすると、きっと頭の隅っこに浮かんでくる。
いったいどうしてだろう?
 そんなに自分の物語づくりの世界によく顔を出すお話なら、その本をもう一度手に入れて、読み返して、もっとハッキリとストーリーを確かめればいいではないか!
 ところが、何度もその『外交綺談』を、神田あたりの古い本屋さんや、夜店の安売り本屋さんで見かけるのに、買おうともしないし、読み返そうともしない。
いったいどうしてだろう?
 思うに、これは、子どものころに楽しく経験した遊びや、景色や、初恋などを、大人になってからもう一度体験することで、「なんだ、こんなものだったのか」と幻滅してしまうのを恐れる、あの心理と似ているのだろう。
さて、これでおしまいでもいいとして、こうして書いてきた順序として、何かそれらしいことを言って、このおしゃべりの締めくくりにしたいものだ。
こんなふうに言うのはどうだろう。
――
「外交官なんて人たちは、国の大切なことばかりに昼も夜も頭を使っていて、案外、細かいことには気が回らないらしい。
昔はそれでよかったかもしれない。
しかし、世界の情勢がこんなに複雑でややこしくなった今日では、それではいけない。
やっぱり、一本の白い糸にも注意を払っていただいて、ご婦人に取ってもらう前に、自分からサッと取ってほしいものだ。
ましてや、運命の『赤い糸』なんかにはね」と。
――

四 骨牌の打ちかた

 ベルリン会議が始まる前のとある夜、ドイツの宰相ビスマルクは、ロシアの宰相ゴルチャコフとプライベートな夜会を開き、その席でトランプ(骨牌)をして遊んだ。
ビスマルクとゴルチャコフがそれ以前から親しい間柄だったのは、次のような理由からである。むかしビスマルクがロシア駐在のドイツ大使としてペテルスブルグにいた時、ゴルチャコフはそのロシアの宰相であり、皇帝から絶大な寵愛を受ける、ヨーロッパ最大の政治家であり、かつ大外交官だった。国内においては飛ぶ鳥を落とすほどの権力を持ち、国外においては「政治と外交の神様」とまで絶賛されていたため、ビスマルクはまるで弟子のような態度でゴルチャコフに接し、その政治のやり方や外交のコツを自分のものとして吸収した。ゴルチャコフもまた、そんな真面目で若いビスマルクの態度に好感を抱き、なにかと面倒を見てやったからなのだった。
さて、それから長い年月が経ち、今回のベルリン会議が開催されることになり、ゴルチャコフはロシアを代表して会議に出席するため、ベルリンやって来たのであった。
ベルリン会議というのは、ロシアとトルコが戦い、サン・ステファノ条約によって平和が訪れたものの、イギリスがその条約に不安を抱いて抗議を申し入れたため、ドイツのビスマルクが仲裁に入り、その話し合いをするための会議であった。ここには、ゴルチャコフやビスマルクのほか、オーストリアの宰相アンドラシ、イギリスの宰相ディズレーリ、フランスのワジントン、イタリアのコルティなど、当時のヨーロッパを代表するそうそうたる政治家たちが顔を揃えることになっていたのだ。
ところで、ゴルチャコフは、むかし自分の門下生だったビスマルクがこの会議を主催するというので、すっかり気を良くし、きっと大いに自分を助けてくれるだろうと安心していたのだった。しかし、この頃のビスマルクは、もう昔のビスマルクではなく、ナポレオン三世を打ち負かしてその「鉄血外交」の腕前をまさに発揮しようとしていた時期だった。
さて、夜会の席で、ビスマルクとゴルチャコフはトランプゲーム(骨牌)をした。
その時のビスマルクの、まわりを全く無視した傍若無人ぶりと言ったらどうだろう!
トランプを一枚一枚テーブルにたたきつけるように置き、唾を吐き、鼻をかみ、歯を楊枝でほじくり、大口を開けて豪快に笑い、相手をにらみつけ、足を踏み鳴らして大声を出す……。それはもう、マナーの欠けらもない、非社交的の極みだった。
これにはゴルチャコフも驚かずにはいられなかった!(すっかり変わってしまったものだ)と思い、(まるでまるで暴君タイラントのようだ)と思い、不愉快な気持ちは次第に強烈な嫌悪感となり、やがて恐怖へと変わっていった。
どうしてビスマルクは、そんな失礼な行動をとったのだろうか?
 それは、
(昔は昔、今は今さ。今の僕は、むかしペテルスブルグで、君の靴の紐を結んであげていた頃の僕とは違うんだよ。
そのつもりでしっかり頼むよ!)
 という意味を、あらかじめゴルチャコフにしっかりと叩き込み、彼の肝を冷まさせるためだったのである。
この事前のビスマルクの心理作戦は見事に大成功し、ベルリン会議では、ゴルチャコフは最初から最後まですっかり元気をなくし、ビスマルクの言いなりになってしまった。
その結果、サン・ステファノ条約は破棄され、ロシアにとって不利な新しい条約が結ばれることになったのだ。
どうやらこの話を聞く限り、外交官というものは、トランプを一枚打つ時でさえ、ものすごい細心の注意を払わなければならないものらしい。

五 縦横家

 いま、中国(支那)に関するちょっとした本を書こうと思って、中国の現在と過去の歴史を調べているところだ。
戦国時代の七つの国の栄枯盛衰は本当に面白い。
戦国の七雄――秦、楚、斉、燕、韓、魏、趙。これらの国々のうち六つの国が滅ぼされ、秦に飲み込まれてしまったのは、結局のところ、「縦横(じゅうおう)の説」を説いた蘇秦(そしん)と張儀(ちょうぎ)という男たちのせいだということになる。
蘇秦という男は、最初は、国々が秦と同盟を結ぶ「連衡(れんこう)の策」を、なんと本家の秦の王様に説いたのだった。
連衡の策というのは、秦を一番上のリーダーにして、楚や斉などの六つの国をこれに従わせ、世界を統一しようという作戦だった。
ところが、秦の王様はその手には乗らなかった。そこで蘇秦は、「それなら、『合従(がっしょう)の策』を使って、みんなで秦をやっつけてやろう!」と作戦を変え、楚をはじめとする六つの国の王様たちにその説得をして回った。

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