初級翻訳・レモンの花の咲く丘へ 第23話

レモンの花の咲く丘へ

きらきらと光り輝く剣の光が、部屋いっぱいに広がる)

ふしぎな魔法使いの男 (冷たく、鋭い声で)おい、俺の頭をよく見ろ!(頭の月桂樹の冠を指さして)この月桂樹の冠を手に入れた者は、女の子も一緒に手に入れることができるのだ! 見ろ、俺の頭には月桂樹の冠がこんなに輝いている!
(女の子を見つめて)女の子は俺のものだ!
領主 その月桂樹の冠は、いま死んでしまった若様がつけるべきものだ! お前がうたつたあの歌は、若様がうたうはずだった「死に行く人魚」の歌ではないか!
(鋭い声で)盗んだ曲なんかに、やるものか!
騎士・音楽家たち (声をそろえて)盗んだ曲にやるものか!
子どもたち一同 (声をそろえて)盗んだ曲になんかやるものか!
領主 (ひつぎのフタをはずし、亡くなった若様の姿をみんなに見せる。若様のお体は白い花で美しく飾られている)この若様の亡きがらの前で罪をわびて、いますぐその月桂樹の冠をはずせ!
ふしぎな魔法使いの男 (落ち着いた様子で、すっと月桂樹の冠をはずしながら)これこそ最大の悪であり、最後の手段! まあ、たしかに盗んだ曲ではあるがな。
(月桂樹の冠を高く持ち上げて)空にあれば月、地に咲けば花……この月桂樹の冠がいま俺の手を離れ、(女の子を見て)たった一人の女の子の手に渡る。
(そう言って女の子に冠を渡し)おい、女の子、それをいったい誰に渡すんだ?
それを受け取った男こそが、お前の本当の旦那さんになるのさ!(領主を見ながら)お前を助けてくれたあのおじいさんか、(ひつぎの中の若様を指さして)あのすずらんの花をくれた送り主か、それとも(自分を指さして)紫の上着を着て、銀のハープを持った、このふしぎな魔法使いの俺か!
領主 (熱心に)この私にそれを与えよ!
お供の従者 お殿様へお渡しくだされませ!
騎士・音楽家たち (声をそろえて)若様に与えよ! 最後の勝者である若様に与えよ!
子どもたち一同 (声をそろえて)公子様へ! 公子様へあげて!
ふしぎな魔法使いの男 俺に与えよ! 血の薔薇を届けたこの俺に与えよ!

(女の子は月桂樹の冠を胸にギュッと抱きしめたまま、まるで魂が抜けたようにその場に立ちすくむ。
部屋の中はしんまりと静まり返る。
女の子は、まるで何かに引き寄せられるように、若様のひつぎへと近づいていく。
その時、どこからともなく、なんとも切なく悲しいメロディで「死に行く人魚」の歌が聞こえてくる)

女の子 (突然、悲しそうな声で)人魚……人魚、死に行く人魚!
(と言いながら、ひつぎの上に自分の体を覆いかぶせるように倒れ込む)
若様!
(その瞬間、パッと明かりが消え、青い月光だけが窓から差し込んでくる。女の子は悲しそうに叫ぶ)
女の子 若様、若様! 私もあなたといっしょに参ります、あの遠い遠い海の底へ……。

(女の子の声がだんだん小さくなると同時に、部屋の中が再び明るくなる。
見てみると、女の子はひつぎの中の若様をしっかりと抱き起こし、そのままで息絶えていた。
若様の頭には、あの月桂樹の冠が輝いている。
領主さまは、亡くなってしまった女の子を支えながら、片ひざをついている。
騎士や音楽家、子どもたちやお世話をする女性たちの大勢は、それぞれの悲しみのポーズのまま十字を切り、おごそかなお葬式の姿でたたずんでいる。
――ふしぎな魔法使いの男は、正面の入口から出ていこうとしながら、斜めに自分の姿を観客に見せる。
従者の一人は床にうずくまって泣いている。
カネの音がゴーンと響き、悲しい歌声が流れる)

ふしぎな魔法使いの男 人を誘惑することよりも素晴らしいものが、ここにはあるというのか。
(銀のハープをジャラーンとかき鳴らしながら)この音色が響く方へ、俺は行くことにしよう。そこでまた新たな女心を試してみるとするか。
(少しの間)
……だけど、この場所へはもう二度とやってくるまい。
ここには、俺の力よりもずっと強いものが存在しているのだから。
(ふたたび、銀のハープを力強くかき鳴らす。
その美しい音色が、部屋いっぱいにどこまでも満ちていく)(音楽とともに、ふしぎな魔法使いが去っていく)

その日のために

場所 ひとつの部屋
人物 女の子
   その弟(ヨハナーン)
   巨人
   影の人たち(大勢)

          第一場

ひとつの部屋。
四方の壁は灰色に塗られている。
天井から青白いた光線が差し込んでいる。
左右に扉があり、頑丈な鉄の扉でしっかりと閉ざされている。
部屋の正面の中央には大きな窓がある。
窓には鉄の格子があり、黒いカーテンがかかっていて半分ほど閉じられている。
窓の向こうには、陰気でどんよりとした高い塔が見える。
塔の下は水門になっていて、にごった水がそこに流れ込んでいる。
窓に向かって一台の織機(しょっき)が置いてある。
一人の女の子が、その織機で機を織っている。
綾糸(あやいと)の色は、青、赤、黄、白、黒の五色である。
糸は天井から垂れ下がっている。
夕暮れ。
女の子 (機を織りながら歌う)

美しく色づく糸で
模様を織る人の一生、
五色の色の運命は
糸車を回すままに、
ヒノキの梭(おさ)が飛び交う間に、
綾を織る罪や誉れや。
(窓から塔をすかして見ながら)日はまだ暮れていないようだわ。
塔のてっぺんの影がまだ消えていないもの。
(また歌う)

五色の色の機織り、
一日を十年に数え
幾日が過ぎただろう。
(機を織る手を止めて)ああ、私はここにいったい何年いるのだろう。
月も日も春も夏も、ただ窓越しに見るばかり。それにあの黒い塔が、いつも窓の外に立っていて、外を見る私の目をさえぎっている。鳥が飛んでも雲が動いても、風に小歌が響いてきても、木の葉に時雨(しぐれ)が降りかかっても、蝶が散る花に囁(ささや)いても、私はただ窓越しに見るばかり。
それもあの黒い塔が、私の見る目をさえぎるので、思うがままに見ることができない。
(間)あの塔の恐ろしさはどうだろう。
ただその姿を見ただけでも、血の気が引いて凍ってしまいそうだ。
――夜でも昼でもあの塔にはしめった影がついている。
そのしめった影は昼は塔のてっぺんにあるけれど、夜は灰色の壁伝いに、水門の方へと下りてくる。
その様子がちょうど、墓場をめぐる鬼火(おにび)に人の魂が迷い込んでいるみたいだ。
ああ、ああ、あの塔は墓場なのかもしれない。
(考え込む)墓場かもしれない。
けれども私は、まだ一度もあの中へ入ったことがないから、塔の中には何がいるのか、どんな秘密が隠されているのか、どんな悲しみが住んでいるのか、どんな恐怖がひそんでいるのか、私には分からない。
(間)分からないほうがいいのかもしれない。
分かった時は、私の運命が沈む時なのかも知れない。
(間)あの塔の中には私のお父様もお母様も、そして代々のご先祖様も、みんないらっしゃるのだそうだ。
そしてその人たちが私の来るのを待っているそうだ。
塔の壁にちらつく人影は、その人たちの影なのだそうだ。
(織機に手をかけながら)そしてこの綾糸が切れた時、私も塔へ行かなければならない。
それが私の身にかかっている命の預言、それが私のこの世の運命。

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