初級翻訳・レモンの花の咲く丘へ 第22話

レモンの花の咲く丘へ

(突然、強い口調で)
そのケシ畑で! 高い塔の上から若様が弾いていた、あの純粋な恋の音楽が、お目を覚まさせたんだな!
(急に)
おかげでぼくの計画は台無しにされた!
(怒ったように)
「暗やみと血の薔薇」のひと曲が、「死に行く人魚」の恋の歌にかき消され、音も消されてしまい、この不吉なぼくのハープが、お前を誘い出すための音色を奏でるには、あの夜にかぎって力が弱すぎたのだ。

(女の子を見つめて)
おい、女の子! 女の子!
だけど、お前はもうぼくのものだ! いまや完全にぼくのものなのだからな!
(窓辺へ歩いていき、音楽堂を眺めながら)
罪と不貞の結晶の堂、か弱い女の恋の墓場、不幸の思い出が生き続けている場所。
(鋭い声で)
身分の高い奥様の、隠された恋のしかばねが、その罪の結晶の堂に埋められている。おい、見ろ! その不吉なお堂の中から、若様のしかばねが運び出されていくぞ。
――ああ、楽しい音楽堂が、一瞬にして悲しみに包まれ、あたたかかった人の息づきが冷たい血に変わってしまい、高い塔の上の青い灯火と、広い広間でなげく鐘の音が、恋の終わりの姿を見せつけている。

(突然)
領主の奥様と領主の息子とが、同じ運命の呪いにかけられた的になるなんて!
(女の子をじっと見て)
さあ、女の子よ、お前はすっかりぼくのものになったんだ。
(命令するような口調で)
さあ、女の子よ、ぼくの胸においで!
(女の子は、ふしぎな魔法使いの胸にすがりつく。
遠くで、弔いの鐘の音がますます悲しみを込めて鳴り響き、それと同時に、子どもたちがうたうお葬式の歌声が聞こえてくる)

女の子 (うっとりとした様子で、鐘の音にじっと耳を澄ませながら)あの鐘の音はなに?
ふしぎな魔法使いの男 それは、恋を葬り去る鐘の音さ。
女の子 あの、子どもたちがうたっている歌声はなに?
ふしぎな魔法使いの男 それは、悲しみ嘆くお葬式の歌だ!
女の子 死んでしまったのはいったい誰なの?
ふしぎな魔法使いの男 か弱い母親によく似た、不幸な若様さ!
女の子 それじゃあ、その人はいったい誰なの?
ふしぎな魔法使いの男 深い山のすずらんの花をお前にくれた、たった一人の男さ!
女の子 (すすり泣きながら)ああ、若様なのね……。
(それでも、ふしぎな魔法使いの胸から離れようとはしない)

ふしぎな魔法使いの男 (女の子といっしょに窓辺へ歩み寄りながら)
空にはお月様が涙を浮かべて立ち尽くし、海の上にはしかばねを乗せた船が浮かび、風は光のかげに身を潜め、人々はひそやかにお葬式の歌をうたっている。
聞いてみろ! 小舟をこぐ船べりの音が、どんどん沈んで海の底の、人魚たちの洞窟(どうくつ)へと入り込んでいく。
海の底では、人魚の母親たちが、桜の貝がらや藻の花を、お供え物として用意して待っている。
若様がやって来るのを、今か今かと待ち構えているのだ。

(突然、叫ぶように)
ぼくは言ってやるぞ! あの若様を殺したのは、このぼくさ!
女の子 一体だれが、若様を殺したの?
ふしぎな魔法使いの男 (はっきりと)若様を殺したのは、このぼくさ!
女の子 だれが殺したの?
ふしぎな魔法使いの男 あのふしぎな魔法使いが殺したのだ!
女の子 その魔法使いは、いまいったいどこにいるの?
ふしぎな魔法使いの男 いま、お前の体をこうして抱きしめているよ。
女の子 ええ……。
ええ……。(ふしぎな魔法使いからぱっと離れて、その魔法使いをじっとにらみつけながら)
女の子 悪魔! 悪魔!
ふしぎな魔法使いの男 (すました顔で)おや、お嬢さん。
女の子 悪魔! 悪魔! 若様を殺したお前は、やっぱり悪魔だわ!
ふしぎな魔法使いの男 (銀のハープを見せながら)おい、女の子、これを見ろ!
女の子 銀のハープだわ!
ふしぎな魔法使いの男 (紫色の立派な上着を示して)女の子、これを見ろ!
女の子 紫色のすてきなお召し物よ!
ふしぎな魔法使いの男 (月桂樹の冠を指し示し、威張った調子で)紫の上着を着て、銀のハープを持ち、月桂樹の冠をかぶっているこの俺こそは、お前を奪い去るたった一人の男だ!
女の子 (声をふるわせながらも、どこか懐かしそうに)あなたは……あのふしぎな魔法使いね!
ふしぎな魔法使いの男 (ふっと笑って)北の浜辺で真っ赤な薔薇の花をくれた、あのふしぎな魔法使いは、この俺さ! さあ、もう一度北の浜辺へ行こう。罪深くも楽しい時間が、あの浜辺ですぐに待っているぞ。
さあ行こう、北の浜辺へ!
女の子 (再びふしぎな魔法使いの胸にすがりつきながら)行きましょう、北の浜辺へ! ああ、ああ、私は本当にあなたのおんななのね! ああ、ああ、私はずっとあなたを待っていたのよ。
ふしぎな魔法使いの男 (女の子を優しく抱きかかえながら)さあ行こう、北の浜辺の、罪深き楽しい場所へ。
女の子 行きましょう、北の浜辺へ。私はあなたを待っていたんだもの。
ふしぎな魔法使いの男 おい、女の子!
女の子 ふしぎな魔法使いさま!
(まさに二人がキスをしようとしたその時、すぐそばのケシの花畑から、子どもたちがうたうお葬式の歌声が聞こえてくる。
二人はびっくりして、同時に顔を上げる。
――先頭には領主さまとお供の人たちが立ち、白木のひつぎを守るようにして、騎士、音楽家、そして子どもたちが数十人。
お世話をする女性たちはロウソクを手に持って、正面の入口から部屋の中に入ってくる。ふしぎな魔法使いと女の子は、抱き合ったまま部屋の右側に立つ。
お葬式の行列は左へ曲がり、部屋をぐるりと一周してから、白木のひつぎを真ん中に置く。人々は四方に並ぶ。
みんなの位置が決まると、子どもたちはひつぎのまわりを回りながら、お葬式の歌をうたう。
歌が一節終わるごとに、騎士や音楽隊が、一斉にそれぞれの楽器を鳴らす。
――三回目の歌の途中で、領主さまが初めてふしぎな魔法使いに気づき、びっくりして怒り出す)

領主 (大きな声で)歌を止めろ!
(みんな歌を止める)
領主 門をしっかり閉めて、誰も逃がすな!
(人びとは出口や入口のほうへ移動して立つ)
領主 あそこにいるのは、あのふしぎな魔法使いだぞ!
(みんなが一斉にふしぎな魔法使いに注目する)
領主 私たちの音楽を盗みやがったあの悪魔が、お嬢さんまで盗んでいこうとしているぞ。おい見ろ! あいつはお嬢さんを抱え込んでいる!
(みんなが楽器を投げ捨てて剣を抜く。

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