私は、この大きくてどんよりとした暗いお堀のまわりを通って、お寺の墓地へと入っていきました。杉の木からは、雪がハラハラと絶えず崩れ落ちてきます。
そのたびに、身動きもせず、重たそうにしていた木の枝の一部だけが揺れ動きました。
あたりを見渡すと、頭のほうがわずか十五センチほどだけ顔を出したお墓の石が、あちらにもこちらにも並んでいました。
ヒヨドリが止まっている栗の林は、夕方の空に向かって木々の頭をそろえており、あたり一帯の空気はしんとしていて、なんだかとても寂しく、悲しそうな景色でした。
私はしばらくその場に立ち止まって、このもの悲しく静かな景色を眺めていましたが、急に「鳥を撃つなんてかわいそうだな」という気持ちがわいてきて、そのままお墓を出ると、ふつうの人たちが通る村の道に出ました。
「こんなに寂しい国には、いつまでいられるだろう。
もっと元気に楽しく暮らせる国へ――もっと南のあたたかい国へ行って住みたいなあ。」
……そんなことを考えながら、下を向いて歩いていると、突然、猟師の息子の吉太(きちた)に出会いました。
吉太は、頭からワラを編んだ、後ろのほうまで長ーく垂れ下がる変な帽子をかぶっていました。
彼の目は、フクロウみたいに丸くて黒くて大きかったのです。
髪の毛はツヤツヤして縮れていました。
彼は十五、六歳でしたが、あまり素行(品行)がよくありませんでした。
小学校は途中で退学を命じられていました。
村の子どもをいじめてはお金を取り上げたり、町へ行っては商店のすきを狙って品物を盗んできたりするような子でした。
だから、この吉太のことを良く言う人は誰もいませんでした。
「おい吉太、こんな雪の中をどこへ行くんだ。」
私は声をかけました。
吉太はワラの帽子を片手で少し持ち上げて、私の顔がよく見えるようにして見つめました。
気味の悪いような、それともどこか人をバカにして笑っているような、そんな笑い方をしました。
「何か捕れましたカエ。」
彼は言いました。
「いや、撃つのをやめて帰るところさ。」
「お前はどこへ行くんだ?」
と私は聞きました。
「町へ行くんだ。」
彼は私の鉄砲の先を見ながら、そう答えました。
「オレあ、小鳥を町へ売りに行くんだ。」
そう言って、懐(ふところ)から、まるで壊れ物でも取り出すかのように、とても大事そうに両手で何かを差し出しました。
それは、翼が広がらないように、そして頭だけを穴から出して逃げないように、紙で作られた服を着せられた小鳥でした。
「黒い鳥だな……いったい何の鳥だ。」
私は尋ねました。
吉太はまるで自分の心臓でも手のひらに乗せているかのように、雪焼けした汚れた手をブルブルと震わせていました。
だから、私の言ったことなどには全然耳を傾けていませんでした。
吉太は、そんなふうにしている間にも何度も自分の唇を手のひらに寄せ、あたたかい息を小鳥にふきかけていました。
「オレにその小鳥を売ってくれないか。」
あまりにも珍しい鳥だったので、私はこう言いました。
けれど私は、この鳥を見たとき、なんだかいい気持ちがしませんでした。
なぜか、二度と目から離れないような不気味なものを見せられた気がして、急に心が暗くなるのを覚えたのです。
それでも、このままこの鳥をほかの人に渡してしまうのもなんだかもったいないような気がして、自分で飼ってみたくなったのです。
吉太は私の顔をじっと見ていましたが、
「あなたになら、売るのはイヤだ。」
「どうしてだ?」
町へ売りに行くというのに、なぜ自分に売るのがイヤなのだろう?
これは吉太の心がねじ曲がっている証拠ではないだろうか? それとも、町へ行ったら思い切り高く売れるのに、顔見知りの自分にはそれができないから、売りたくないと言っているのだろうか、と思ったので、
「高く買ってやるよ。
町で売るよりも高いお金で買ってやるから……。」
「あなたに譲るなら、お金はいりませんから、私の欲しいものをください。」
と彼は言いました。
「お前が欲しいものって、一体なんだ?」
「欲しいものをくださるカエ?」
吉太の声は震え、目はキラキラと輝いていました。
「なんだ? やれるものならやるさ……。」
私は首をかしげながら言いました。
吉太は黒い鳥を持ったまま、考え込みました。
まるで遠くの何かを追いかけているような目つきをしていました。
すると、いつの間にか彼の両目から熱い涙があふれだし、その涙がほおを伝って流れ落ちました。
さっきまでの意地悪で恐ろしい顔つきが、まるで別人のようにパッと優しくなりました。
私は不思議でたまりませんでした……彼にこれほど心を動かされるようなものを、果たして自分が持っているだろうか。たとえそれが何であっても、絶対に吉太にあげようと心の中で誓いました。
「早く言え、ちゃんと言ったとおりにあげるから。」
私はしっかりと約束しました。
吉太は声を震わせながら、こう言いました。
「いつか見た、あの絵の具の皿をください。」
私には、その皿がどんなものだったか、すぐには思い出せませんでした。
「どんな形をしているんだ?」
と聞くと、
「花の形をしているんです。」
と言って、彼はまた泣きました。
私は吉太が泣いているのを初めて見ました。
こんな悪知恵の働いた悪魔のような子どもが、どうして泣いたりするのだろうと思いました。
でも、同時に急にかわいそうになって、
「よし、探して置くから、明日の朝ここへ来い。」
そう言って、私たちは別れました。
三
雪の上は一面に鈍い光を放ち、空はだんだんと暗くなっていきました。
時間とともに、空が頭の上からどんどん押しつぶしてくるような感じがしました。
あちらにも、こちらにも、雪をかぶった幽霊のような木立や、黒い悪魔のような森がそびえていました。
私は、吉太に出会ってあの黒い鳥を見てからというもの、ずっと暗い気持ちになっていました。
しかし、その一方で、なぜか吉太のことがかわいそうだなという気持ちもありました。
「あんな悪い子から鳥をもらってしまって、本当に大丈夫だろうか?」
そんな不安な気持ちも湧いてきました。
それに、あの黒い鳥はただの普通の鳥ではない気がして、あの鳥が家にやってきたせいで、これから何か不吉なことが起こりはしないかと、そんな心配さえ感じたのでした。「そうだ、あの黒い鳥が来ると、家の者が病んで死ぬのでないか?」と、私はぞっと寒気がするのを覚えました。
そしてその黒い鳥は、今初めて見たわけではありませんでした。
どこかで一度見たことがあるような気がしたのです。
恐ろしい場所で見た、赤い色と灰色が入り混じった場所で見た……一体どこだろう? 考えてみると、私の目の前に、川のほとりに建つ赤いレンガ造りの刑務所の建物が浮かび上がってきました。
川には雪やみぞれの塊が水にプカプカと浮いて流れていきます……夕暮れの景色です。
「あの黒い鳥を、刑務所の中で見た気がする。」……私は雪の上にパッと立ち止まりました。
自分は生まれてから刑務所の中に入ったことがあっただろうか……一度でも見に行ったことがあっただろうか。
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