昔からの売れ残りを全部集めたとしたら、太平洋の海だって野菜で埋まってしまうくらいでしょう。
しかし、サッサンラップ島の住民たちは、今でもせっせと野菜を作り続けているのです。
昼も夜も休みなく作っているのですよ。
はははははは、我々がこうして話している間も、一生懸命に野菜を作っているのです。
はははははは、はははははは。
」
老人は苦しそうにゲラゲラと笑いながら、ジャスミンの香りがするハンカチーフを取り出しました。
それは単なる笑い声ではありません。
人間の愚かさをあざ笑う、まるで悪魔のような笑い声に似ていました。
僕は思わず顔をしかめながら、別の話題に変えることにしました。
僕「市が立つのはいつなのですか?」
老人「毎月、必ず月の初めに立ちます。
しかしそれは普通の市ですね。
臨時の大きな市は、一年に三回――一月と四月と九月に開かれます。
なかでも一月は、一年で一番かき入れ時の大切な市ですよ。
」
僕「じゃあ、大市の前はすごく大騒ぎになるのですね?」
老人「それはもう、大騒ぎになりますとも。
誰も彼もが大市に間に合わせようと、思い思いの野菜を一生懸命に育てるのですからね。
リン酸の肥料をやったり、油かすを混ぜたり、温室に入れたり、電流を通したりと、――とても言葉では言い表せないほどの熱の入れようです。
中には、一刻も早く大きく育てようとあせったあげく、せっかく大切にしていた野菜を枯らしてしまう人だってもいるくらいなんですから。
」
僕「ああ、そういえば今日の野菜畑でも、痩せた男が一人、気が狂ったような顔つきのまま、『間に合わない! 間に合わない!』と言いながら走り回っていましたっけ。」
老人「それはいかにもありそうなことですね。
新年の大市ももうすぐですから。
――町にいる商人たちだって、一人残らず目の色を変えて血眼になっていることでしょう。
」
僕「町にいる商人というのは?」
老人「野菜の売買をする商人のことですよ。
商人は田舎の男や女が育てた野菜畑の野菜を買い、近海の島々からやって来た男や女たちは、その商人からまた野菜を買う、――という順番になっているのです。
」
僕「なるほど、きっとその商人の一人なんでしょうね。さっき、太った男が一人、黒い鞄を小脇に抱えながら、『困った、困った』とうめいているのを見かけましたよ。
――じゃあ、一番よく売れるのは、一体どういう種類の野菜なんですか?」
老人「それはもう、神様の気まぐれとしか言いようがありませんね。
どういうものが売れるのか、さっぱり見当がつかないのです。
年によって少しずつ違うようですし、なぜ違うのかその理由も誰にもわからないようです。
」
僕「しかし、本当にいい野菜ならちゃんと売れるんじゃないんですか?」
老人「さあ、それもどうだか怪しいものですね。
もともと野菜の良し悪しを決めるのは、身体の不自由な人たちの役目と決まっているのですが……」
僕「どうしてまた、身体の不自由な人たちが決めることになっているんですか?」
老人「身体の不自由な人たちは、野菜畑へ出かけることができないでしょう。
したがって自分では野菜を作ることもできない、だからこそ野菜の良し悪しを見る目が自分と他人の利害を超越して、公平な態度をとることができるのです。――つまり日本のことわざを使うなら、『岡目八目(おかめはちもく)』になるというわけですね。」
僕「ああ、それならさっきそんな人を見かけましたよ。
ひげを生やした目の見えない人が一人、泥だらけのサトイモをなでまわしながら、『この野菜の色は何とも言えない素晴らしい色だ。薔薇の花の色と大空の色を混ぜ合わせたようだ』と言っていましたよ。」
老人「そうでしょうとも。
目の見えない人などは、もちろん立派に役割を果たしています。
しかし、最も理想的なのは、この上なく身体が不自由な人ですね。
目も見えず、耳も聞こえず、鼻のきかない、手足のない、歯も舌もないような人です。
もしそんな人が現れたなら、その時代を代表する最高の芸術的審判者(アービター・エレガンティアラム)になることでしょう。
今人気のあるその手の人物も、だいたいの資格は備えているのですがね、ただ鼻だけはよく利くのが惜しいところです。
何でもこの間は、その鼻の穴へゴムを溶かしたものを詰め込んだそうですが、それでもやっぱり少しは匂いがわかるそうですよ。
」
僕「ところで、その人たちが決めた野菜の良し悪しは、結局どうなるんですか?」
老人「それが、どうにもならないのですよ。
たとえその人たちに『これはダメだ』と悪い評価を下された野菜でも、売れる野菜はどんどん売れていってしまうのです。」
僕「じゃあ、やっぱり商人たちの好みで決まるということですか?」
老人「商人は、とにかく売れそうな見込みのある野菜ばかりを買うのでしょう。
そうすると、本当にいい野菜が実際に売れるのかどうかは……」
僕「ちょっと待ってくださいよ。
それなら、まずはその人たちが決めた良し悪し自体を疑ってみる必要があるんじゃないですか?」
老人「それは野菜を作っている本人たちも、たいてい疑ってはいるのですがね。
じゃあ、そういった人たちに野菜の良し悪しについて聞いてみると、やっぱりはっきりとした答えは返ってこないのですよ。
たとえばある人たちの言い分によれば、『良し悪しなんてものは、栄養があるかないかだ』と言うのですが……」が、またほかの人たちの言い分によれば、「良いか悪いかは、味にほかならない」とも言うのです。
それだけならまだ話も簡単なのですが……」
僕「へええ、もっとややこしいのですか?」
老人「その味とか栄養というものについても、それぞれまた違った考え方に分かれているのですよ。
たとえば、ビタミンが入っていないものは栄養がないとか、あぶら身があるものは栄養があるとか、ニンジンは味がいまいちだとか、大根の味に限るだとか……」
僕「するとまずは、判断の基準が『栄養』と『味』の二つあって、さらにその二つの基準の中にいろいろなバリエーションがある、――大体こういうことなのですか?」
老人「そんな単純なもんじゃありませんよ。
たとえば、こんな意見だってもっとあるのです。
ある人たちに言わせると、色に関する基準もあるのだそうです。
美術の入門書なんかに書かれている、色の『温かい・冷たい』という寒暖のことですね。
この人たちは、赤や黄色といった温かみのある色の野菜なら、どんなものでも合格点をつけてしまうのです。
だけど、青や緑といった冷たい色の野菜は見向きもしません。
なんせ、この人たちの合言葉(モットー)は、『すべての野菜を赤ナス(トマト)のようにせよ! さもなくば我らに死を与えよ!』なのだそうですからね」
僕「なるほど! それならシャツ一枚だけを着た元気な男が一人、自分で作った野菜の山を積んだ前で、そんな大演説をしていましたよ」
老人「ああ、まさにその人ですよ。
初級翻訳・不思議な島 第2話
不思議な島
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