痛かったり、つまったりしたのは、お母さんの財布の口のほうで、早苗のために売りにいった珊瑚の玉のついたかんざしは思う値で売れず、洋服を買うことができなかったのだ。
人の足もとをみてからにと、早苗の母は、その古手屋(古物商)のことをいつまでもおこりながら、早苗にはやさしく、
「着物きて、いくか」
早苗が泣きそうな顔をすると、
「姉やんの、きれいな着物に腰あげして着ていくか」
「…………」
「おまえだけ着物きていくのがいやなら、やめとけ。
そのかわり、洋服を買おうや。
どうする?」
「…………」
早苗はぽろっと涙をこぼし、くいしばった口もとをこまかくふるわせていた。
二つのうちどちらをとってよいか判断がつかなかったのだ。
しかし母親のこまって泣きそうな顔に気づくと、きゅうに早苗の決心はついた。
「旅行、やめる」
こんないきさつがあったとは、だれもしらず、修学旅行は六十三人の一団で出発した。
男と女の先生が二人ずつで、もちろん大石先生も加わっていた。
午前四時にのりこんだ船の中ではだれも眠ろうとする者はなく、がやがやのさわぎの中で、「こんぴらふねふね」を歌うものもいた。
そんななかで、大石先生はひとり考えこんでいた。
その考えから、いつもはなれないのが早苗だった。
ほんとに、風邪けだったのかしら。
早苗のほかにも、十幾人かの子どもがそれぞれの理由で旅行にこられなかったのだが、とくべつに早苗が気になるのは、岬の生徒で、彼女ひとりが不参加だからかもしれぬ。
六年になってから、マスノはすっかり母たちの家へ移っていたので、もう岬の仲間ではなくなっていた。
たったひとり、あの岬の道を学校へゆく今日の早苗を思うと、今日を休みにしなかったことが、かわいそうに思えた。
先生もいない教室でしょんぼり自習している生徒たちを思うと早苗ばかりでなく、かわいそうだった。
こんぴらは多度津から一番の汽車で朝まいりをした。
また「こんぴらふねふね」をうたい、長い、石段をのぼってゆきながら汗を流しているものもある。
そんななかで大石先生はぞくりとふるえた。
屋島への電車の中でも、ケーブルにのってからも、それはときどき全身をおそった。
膝のあたりに水をかけられるような不気味さは、あたりの秋色をたのしむ心のゆとりもわかず、のろのろと土産物屋にはいり、同じ絵はがきを幾組も買った。
せめて残っている子どもたちへのみやげにと思ったのである。
屋島をあとに、最後のスケジュールになっている高松に出、栗林公園で三度目の弁当をつかったとき、大石先生は、大かた残っている弁当を希望者にわけて食べてもらったりした。
弁当までが心の重荷になっていたことに気づき、それでほっとした。
夕やみのせまる高松の街を、築港のほうへと、ぞろぞろ歩きながら、早く帰って思うさま足をのばしたいと、しみじみ考えていると、
「大石先生、あおい顔よ」
田村先生に注意されると、よけいぞくりとした。
「なんだか、疲れましたの。
ぞくぞくしてるの」
「あら、こまりましたね。
お薬は?」
「さっきから清涼丹をのんでますけど」といいさして思わずふっと笑い、
「清涼でないほうがいいのね。
あつういウドンでも食べると……」
「そうよ。
おつきあいするわ」
そうはいったが前にもうしろにも生徒がいる。
それを桟橋の待合所までおくってからのことにした。
男先生たちに事情をいって、一人ずつそっとぬけだし、目だたぬよう大通りをすぐ横町にはいった。
そこでも土産物やたべものの店がならんでいた。
軒の低い家並に、大提灯が一つずつぶらさがっていて、どれにもみな、うどん、すし、さけ、さかななどと、太い字でかいてあった。
せまい土間の天井を季節の造花もみじで飾ってある店を横目で見ながら、
「大石先生、うどんや風ぐすりというのがあるでしょ、あれもらったら?」
そうね、と、返事をしようとしたとたん、
「てんぷら一丁ッ!」
威勢のよい少女の、よくひびく声が大石先生をはっとさせた。
あっと叫びそうになったほど、心にひびく声であった。
このあたりにはめずらしい、縄のれんの店の中からそれはひびいてきたのだった。
思わずのぞくと、髪を桃われにゆったひとりの少女が、ビラビラかんざしといっしょに造花のもみじを頭にかざり、赤い前かけに両手をくるむようにして、無心な顔で往来のほうを向いて立っていた。
それはどうしても、大石先生として見のがせぬ姿であった。
立ちどまった先生たちを客と見たのか、少女はさっきと同じ声で叫んだ。
「いらっしゃーい」
それはもう、じぶんの声にさえ、いささかも疑問をもたない叫びであった。
日本髪に、ませたぬき衣紋の変わった姿とはいえ、長いまつ毛はもう疑う余地もなかった。「松江さん、あんた、マッちゃんでしょ」
店に入ってきた客にいきなり声をかけられ、桃われ(ももわれ)髪の少女は息をのんで一歩うしろへ下がりました。
「大阪へ行ったんじゃなかったの。
マッちゃん、ずっとここにいたの?」
顔をのぞきこまれて、松江はやっと思い出したかのように、しくしくと泣きだしました。
大石先生が思わずその肩を抱くようにして縄のれんの外へ連れ出すと、店の奥からあわただしい下駄の音と一緒におかみさんも飛びだしてきました。
「どなたですか、だまって連れ出されたら困りますが」
おかみさんが疑わしそうに言うのに対し、松江ははじめて口を開き、おかみさんの勘ぐりを打ち消すように小声で言いました。
「大石先生やないか、お母はん」
うどんは結局、食べるひまがありませんでした。
七 羽ばたき
修学旅行をきっかけにして、大石先生の健康はすっかり下り坂になってしまったようでした。
三学期に入って間もなくのこと、二十日近くも学校を休んでいる大石先生の枕もとに、ある朝一通のはがきが届きました。
拝啓、先生の御病気はいかがですか。
私は毎日、朝礼の時になると、心配になります。
大石先生がいないとせえがないと、小ツルさんや富士子さんもいっています。
男子もそういっています。
先生、早くよくなって、早くきてください。
岬組はみんな心配しています。
小夜奈良。
岬組の子どもたちのまっすぐな真心に触れた思いがして、思わず涙ぐんだ先生でしたが、最後の一文「小夜奈良(さよなら)」のところで、思わず吹きだしてしまいました。
それは早苗からのはがきでした。
「さよならを、ほら、こんなあて字がはえとるんよ、お母さん」
朝食をはこんできた母親に見せると、
「字もうまいでないか、六年生にしちゃあ」
「そう、クラスで一番よくできるの。
師範学校へ行くつもりのようだけど、ちょっとおとなしすぎるわ。
あんなんで先生がつとまるかしら」
口ではなかなか自分の気持ちを言わない早苗のことを心配して先生が言うと、
「だけど、おまえ、久子だって六年生ぐらいまでは口数が少なくて、愛嬌のない子だったよ。
それがまあ、このごろはどうして、あんなに口まめなんだい」
「そうかしら、私、そんなに口八丁かしら?」
「だって、教師が口の重たかったら困るでないか」
「そうよ。
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