「芋女(いもおんな)ァって、どなるか」
「芋女でなかったら、どうする」
「芋女に、きまっとると思うがな」
口ぐちに芋女芋女といっているのは、この地方がさつま芋の本場であり、その芋畑のまん中にある女学校なので、こんないたずらな呼びかたも生まれたわけだ。
小林先生もその芋女出身だった。
子どもたちは、こんどくる女の先生をも芋女出ときめて、もうくるか、もう見えるかと、道がまがるたびに前方を見わたしたが、彼らの期待する芋女出え出えの若い先生の姿にはついに出あわず、本村の広い県道に出てしまった。
と同時に、もうおなご先生のことなどかなぐり捨てて、小走りになった。
いつも見るくせになっている県道ぞいの宿屋の玄関の大時計が、いつもより十分ほどすすんでいたからだ。
時計がすすんだのではなく、小林先生と立ち話をしただけおそくなったのだ。
背中や脇の下で筆箱を鳴らしながら、ほこりを立ててみんなは走りつづけた。
そうして、その日の帰り道、ふたたび女の先生のことを思いだしたのは県道から、岬のほうへわかれた山道にさしかかってからである。
しかもまた、向こうから小林先生が歩いてくるのだ。
長い袂(たもと)の着物をきた小林先生は、その袂をひらひらさせながら、みょうに両手を動かしている。
「せんせえ」
「おなごせんせえ」
女の子はみんな走りだした。
先生の笑顔がだんだんはっきりと近づいてくると、先生の両手が見えない綱をひっぱっていることがわかって、みんな笑った。
先生はまるで、ほんとに綱でもひきよせているように、両手をかわるがわる動かし、とうとう立ちどまってみんなをひきよせてしまった。
「先生、こんどのおなご先生、きた?」
「きたわ。
どうして?」
「まだ学校にいるん?」
「ああ、そのこと。
舟できたのよ、今日は」
「ふうん。
そいでまた、舟で去んだん?」
「そう、わたしにもいっしょに舟で帰ろうとすすめてくれたけど、先生、も一ぺんあんたらの顔みたかったから、やめた」
「わァ」
女の子たちがよろこんで歓声をあげるのを、男の子はにやにやして見ている。
やがてひとりがたずねた。
「こんどの先生、どんな先生ぞな?」
「いーい先生らしい。
かわいらしい」
小林先生はふっと思いだしたような笑顔をした。
「芋女?」
「ちがう、ちがう。
えらい先生よ、こんどの先生」
「でも、新米じゃろ」
小林先生はきゅうにおこったような顔をして、
「あんたら、じぶんで教えてもらう先生でもないのに、どうしてそんなこというの。
はじめっから新米でない先生て、ないのよ。
またわたしのときみたいに、泣かすつもりでしょう」
そのけんまくに、心の中を見すかされたと思って目をそらすものもあった。
小林先生が分教場にかよいだしたころの生徒は、わざと一列横隊になっておじぎをしたり、芋女っとさけんだり、穴があくほど見つめたり、にやにや笑いをしたりと、いろんな方法で新米の先生をいやがらせたものだった。
しかし、三年半のうちにはもうどんなことをしても先生のほうで困らなくなり、かえって先生が手出しをしてふざけたりした。
五キロの道のりでは、なにかなくてはやりきれなかったのだろう。
ころをみて、またひとりの生徒がたずねた。
「こんどの先生、何いう名前?」
「大石先生。
でもからだは、ちっちゃあい人。
小林でもわたしはのっぽだけど、ほんとに、ちっちゃあい人よ。
わたしの肩ぐらい」
「わあ!」
まるで喜ぶようなその笑い声をきくと、小林先生はまたきっとなって、
「だけど、わたしらより、ずっとずっとえらい先生よ。
わたしのように半人前ではないのよ」
「ふうん。「そいで先生、舟でかようんかな?」
ここが大問題だというようにきくのへ、先生のほうも、ここだなという顔をして、
「舟は今日だけよ。
明日からみんな会えるわ。
でも、こんどの先生は泣かんよ。
わたし,ちゃんといっといたもの。
本校の生徒と行きし戻りに出あうけど、もしもいたずらしたら、猿が遊んでると思っときなさい。
もしもなんかいってなぶったら、烏が鳴いたと思っときなさいって」
「わあ」
「わあ」
みんないっせいに笑った。
いっしょに笑って、それで別れて帰ってゆく、小林先生のうしろ姿が、つぎの曲がり角に消えさるまで、生徒たちは口ぐちに叫んだ。
「せんせえ」
「さよならあ」
「嫁さーん」
「さよならあ」
小林先生はお嫁にゆくためにやめたのを、みんなはもう知っていたのだ。
先生が最後にふりかえって手をふって、それで見えなくなると、さすがにみんなの胸には、へんな、もの悲しさがのこり、一日のつかれも出てきて、もっそりと歩いた。
帰ると、村は大さわぎだった。
「こんどのおなご先生は、洋服きとるど」
「こんどのおなご先生は、芋女とちがうど」
「こんどのおなご先生は、こんまい人じゃど」
そしてつぎの日である。
芋女出でない、小さな先生にたいして、どきどきするような作戦がこらされた。
こそこそ、こそこそ
こそこそ、こそこそ
道みちささやきながら歩いてゆく彼らは、いきなりどぎもをぬかれたのである。
場所もわるかった。
見通しのきかぬ曲がり角の近くで、この道にめずらしい自転車が見えたのだ。
自転車はすうっと鳥のように近づいてきたかと思うと、洋服をきた女が、みんなのほうへにこっと笑いかけて、
「おはよう!」
と、風のように行きすぎた。
どうしたってそれは女先生にちがいなかった。
歩いてくるとばっかり思っていた女先生は自転車をとばしてきたのだ。
自転車にのった女先生ははじめてである。
洋服をきた女先生もはじめて見る。
はじめての日に、おはよう! とあいさつをした先生もはじめてだ。
みんな、しばらくはぽかんとしてそのうしろ姿を見おくっていた。
全然これは生徒の敗けである。
どうもこれは、いつもの新任先生とはだいぶようすがちがう。
少々のいたずらでは、泣きそうもないと思った。
「ごついな」
「おなごのくせに、自転車にのったりして」
「なまいきじゃな、ちっと」
男の子たちがこんなふうに批評している一方では、女の子はまた女の子らしく、少しちがった見方で、話がはずみだしている。
「ほら、モダンガールいうの、あれかもしれんな」
「でも、モダンガールいうのは、男のように髪をここのとこで、さんぱつしとることじゃろ」
そういって耳のうしろで二本の指を鋏にしてみせてから、
「あの先生は、ちゃんと髪ゆうとったもん」
「それでも、洋服きとるもん」
「ひょっとしたら、自転車屋の子かもしれんな。
あんなきれいな自転車にのるのは。
ぴかぴか光っとったもん」
「うちらも自転車にのれたらええな。
この道をすうっと走りる、気色がええじゃろ」
なんとしても自転車では太刀打ちできない。
しょい投げをくわされたように、みんながっかりしていることだけはまちがいなかった。
なんとか鼻をあかしてやる方法を考えだしたいと、めいめい思っているのだが、なに一つ思いつかないうちに岬の道を出はずれていた。
宿屋の玄関の柱時計は今日もまた、みんなの足どりを正直にしめして八分ほどすぎている。
それ、とばかり背中と脇の下の筆入れはいっせいに鳴りだし、ぞうりはほこりを舞いあがらせた。
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