初級翻訳・二十四の瞳 第5話

二十四の瞳

だが、そんなことさえ「行きじゃなくて帰り道でよかった」とありがたがるほど、彼女は素直で前向きな気持ちでいっぱいだった。
やがて平らな道に出ると、朝出会った生徒の一団も学校から帰ってきたところだった。
――大石、小石
――大石、小石
何人もの声が合わさった束となって、自転車のスピードに合わせてだんだん大きく聞こえてくる。
何のことか最初は分からなかった先生も、それが自分のことだと気づくと、思わず声を上げて笑ってしまった。
子どもたちが自分にあだ名をつけて呼んでいるのだと、ピンときたからだ。
先生はわざと、リリリリリとベルを鳴らしながら、生徒たちとすれ違いざまに高い声で言った。
「さよならァ!」
子どもたちからわあと歓声が上がり、また「大石、小石!」と呼びかける元気な声が遠ざかっていく。
おなご先生のほかに、「小石(こいし)先生」というあだ名がその日、新しく生まれたのだった。
先生の体が小柄だったからというのもあるだろう。
新しい自転車の車体に夕日がまぶしく映り込み、キラキラと輝かせながら、小石先生の姿は岬の道を元気に走っていっていった。

二 魔法の橋

岬の先端まで四キロほどある細長い岬の、ちょうど真ん中あたりにも小さな集落があった。
入り江に沿った白い道は、この小さな集落にさしかかるとともに自然と岬を横切り、やがて外海沿いに、海を見下ろしながら小石先生の学校がある岬村へと伸びている。
この外海沿いの道にさしかかる前後の場所で、本校へ通う生徒たちと出会うのが、毎日の決まり事のようになっていて、もし少しでもタイミングや場所がずれたりすると、どちらかが慌ててスピードを調整しなければならなかった。
「わあ、小石先生がきたぞう!」
急に足早になるのはたいてい生徒のほうだったが、たまには先生のほうでも、入り江沿いの道で前方に生徒の姿を見つけて、慌ててペダルに力を入れることもあった。
そんなときの子どもたちの、嬉しそうな顔といったらなかった。
顔をまっかにして一生懸命走ってくる先生に向かって、はやしたてた。
「やあい、先生のくせにおくれたぞォ!」
「月給、ひくぞォ!」
そして、わざと自転車の進路をふさぐように飛び出す子どもさえいた。
そんなことが何度も続くと、その日家に帰った先生は、お母さんにちょっと愚痴をこぼした。
「子どものくせに、『月給ひくぞォ』なんて言うのよ。
ほんとにお金にうるさくて、いやになっちゃう」
するとお母さんは笑いながらこう言った。
「そんなこと、おまえ、気にするなんて馬鹿らしいよ。
でもまあ、一年だけの辛抱さ。
辛抱、辛抱」
だが、そう言ってお母さんに慰められるほど、先生にとってそれは耐えられないような苦痛ではまったくなかった。慣れてくると、朝早く自転車を走らせる八キロの道のりは案外楽しく、岬を横切るころにはスピードが出てきて、いつの間にか競争のようになっていた。
それがまた生徒たちの心に響かないはずがなく、負けじと足が早くなった。
シーソーゲームのように押しつ押されつしながら、一学期も終わったある日、用事で本校へ出向いていった男の先生が、おかしなことを聞いて帰ってきた。
この一学期間、岬の生徒は一度も遅刻をしていないというのだ。
片道五キロを歩いて通う苦労は誰もがよく分かっていることで、昔から、岬の子どもの遅刻だけは大目に見られていたのだが、逆に一度も遅刻がないとなれば、これは当然褒められなければならない。
もちろん、一大事件として大いに褒め称えられたのだ。
男の先生はそれをまるで自分の手柄であるかのように喜んで、
「なんしろ、今年の生徒ん中には、たちのいいのがおるからなあ」
と、五年生の中にたった一人、本校の大勢の中でも群を抜いて出来の良い女の子がいるおかげで、岬から通っている三十人の男女生徒が誰も遅刻しなかったのだと言いふらした。
だがそれは、実は女の先生の自転車のスピードのおかげだったのだ。
しかし、女の先生とて、自分がその理由だとは気付いていなかった。
そして、たびたびこの岬の村の子どもたちの勤勉さに感心し、ちょっとしたいいたずらぐらいは大目に見るべきだと思った。
そう思いながらも、心の中では自分の頑張りをもひそかに褒めてやったのである。
――私だって、途中でパンクしたときに遅刻しただけだわ。
私は八キロも走っているもの――などと。
そして窓の外に目をやり、自分をいつも励ましてくれるお母さんのことを思った。
穏やかな入り江の海はにいかにも夏らしくギラギラと光り、母のいる一本松の村は白い夏雲の下にかすんで見えた。
開け放しの窓から海風が流れ込んできて、あと二日ですぐに夏休みがやってくるという喜びが、体中にしみこんでいくような気がした。
だが、少し悲しいのは、どうしても心を許してくれない村の人たちのことだ。
そのことを男の先生にこぼすと、男の先生は奥歯のない口を大きくあけて笑い、
「そりゃあ無理な注文じゃ。
あんたがどんなに熱心に家庭訪問したって、洋服と自転車が邪魔をしてますワ。
ちっとばかりまぶしくて、気後れしとるんです。
そういう村ですからな」
女の先生はびっくりしてしまった。
顔を真っ赤にし、うつむいて考え込んだ。
――着物を着て、歩いて通えとおっしゃるのかしら。
往復四里(十六キロ)の道を……。
夏休み中にも何度かそれについて考えたが、決心がつかないうちに二学期がやってきた。
暦の上では九月といっても、長い休みのあとだけに暑さは暑さ以上にこたえ、女の先生の小さな体は少しやせて、顔色もよくなかった。
その朝、家を出かけるとき、先生のお母さんはこう言ったのだ。
「なんだかんだと言っても、三分の一はもう過ぎたじゃないか。
辛抱、辛抱。
もう少しの辛抱だよ」
手伝って自転車を出してくれながら、そうやって励ましてくれた。
しかし、先生だって、お母さんの前ではちょっとわがままを言ってみたくなることは、普通の人間と同じである。
「あーあ、辛抱、辛抱かっていうの!」
腹でも立てているように、さあと勢いよく自転車を走らせた。
久しぶりに風を切って走る心地よさが身にしみるようだったが、今日からまた毎日自転車で通うことを思うと、気が重くなった。
休み中、何度もその話が出て、岬で部屋でも借りようかと話し合ってみたものの、結局はこれまで通り自転車を続けることになったのだった。
自転車だって、朝は気持ちがよいけれど、焼け付くような暑さが照りかえす道を、背中に夕日を受けながら戻ってくるときのつらさは、ときに呼吸も止まるかと思うほどだ。
岬の村はもう目の前なのだから、毎日毎日、無駄な苦労をして入り江をぐるりと回って通うことを考えると、悔しくてならない。
しかも、その自転車を岬の人たちは快く思っていないというのだ。
ちくしょう!
口プッとは出さないが、目の前に横たわる岬をキッとにらみつけると、思わず足に力がはいる。
めずらしく波がざわめく入り江の海を右手に眺めながら、岬に向かって逆らうように走りつつ、ああと先生は思った。
今日は二百十日(防災の日・台風の特異日)なのだ。
そうと気がつくと、なんとなく嵐を含んだ風が、容赦なく頬を殴りつけ、潮の香りを存分にただよわせている。

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