初級翻訳・二十四の瞳 第24話

二十四の瞳

あとから出てきた教頭先生の説明では、片岡先生の件は「参考人」としてちょっと話を聞いただけのことで、いま校長先生が身元を引き取りに行っているから、すぐに戻ってくるだろうとのことでした。
問題の中心は片岡先生ではなく、近くの町の小学校にいる稲川という教師が、自分のクラスの生徒たちに反戦の考えを吹き込んだということなのだそうです。
その稲川先生が、片岡先生と師範学校の同級生だったというので一応調べられたようですが、まったく関係がないことが分かったとのことでした。
つまり、罪を裏付けるような証拠になるものは何も出てこなかったのです。
その探していた証拠品というのが、稲川先生が受け持っている六年生の文集『草の実』だという話でした。
それが、片岡先生の家にも、学校の机の中にもなかったというのです。
「あら、『草の実』なら私、見たことあるわよ。
でも、どうしてあれが、アカの証拠になるのかしら?」
大石先生は不思議に思って聞きましたが、教頭先生は笑って言いました。
「だから、正直者がバカを見るんですよ。
そんなことを警察に聞かれたら、大石先生だってアカだてされちゃいますよ」
「あら、変なの。
だって私、『草の実』に載っていた作文を読んで感動して、自分のクラスの子たちにも読んで聞かせたわよ。
『麦刈り』だとか『醤油屋の煙突』なんていう作文、とっても上手だったもの」
「危ない、危ない!
大石先生、あなたそれ(『草の実』)を稲川くんにもらったんですか?」
「ううん、違うわ。
学校あてに送られてきたのを見たのよ」
教頭先生は急にあわてた声で言いました。
「それ、いまどこにありますか?」
「私の教室に……」
「今すぐ取ってきてください!」
ガリ版で刷られた『草の実』は、すぐに火鉢にくべられました。
まるで恐ろしいペスト菌でもついているかのように、あわてて燃やされたのです。
茶色っぽい煙が天井へと昇り、少しだけ開けたガラス戸の隙間から外へ逃げていきました。
「あぁ、燃やさずに警察にそのまま渡せばよかったかな。
いや、でもそうしたら大石先生が警察にひっぱられていたか。
まぁ、とにかく、われわれは忠君愛国(国に忠義を尽くし、国を愛すること)で行こうじゃないか」
教頭先生のそんな言葉が聞こえていないかのように、大石先生は黙って煙の行方を見つめていました。
翌日の新聞は、稲川先生のことを大きな見出しで「純真なる魂を蝕む赤い教師」と報じていました。
それは田舎の人びとにとって、頭を金づちで殴られたような大きな驚きでした。
生徒たちから絶大な信頼を集めていたという稲川先生は、あっという間に「国賊(国を裏切る者)」へと落としめられてしまったのです。
「あぁ、こわい、こわい。
香も焚かず、屁もこかずに、おとなしくしているに限るね」
そうつぶやいたのは、年老いた次席訓導でした。
ほかの先生たちは誰も、自分の意見や感想を言おうとはしませんでした。
そんな中で、大石先生だけは、大げさに書かれた新聞記事の中の、ほんの四、五行の小さな文章から目を離すことができませんでした。
そこには、稲川先生の教え子たちが、ひとり一つずつ卵を持ち寄って、寒い留置場にいる先生に差し入れしてほしいと、警察へ押しかけたことが書かれていたのです。
その日、学校に戻ってきた片岡先生は、急に英雄にでもなったかのようにみんなから質問攻めにされていました。
「どうだった?」という質問に答えて、一日でげっそりと頬がこけてしまった彼は、青々とした無精ひげの残るあごをなでながら、こう言いました。
「いやもう、どうにもこうにも、今考えるとなんだかバカバカしい話なんだけどさ、危うくアカに仕立て上げられるところだったよ。
警察からは、稲川の集会に四、五回出ただろうとか、小林多喜二の本を読んだだろうとか聞かれてさ。
ぼくは『小林多喜二』なんて名前も知らないって言ったら、『この野郎、こないだ新聞に出たじゃないか!』って怒鳴られたんだよ」いわれてみりゃあ、ほら、ついこないだ、そんなことが出ましたな。
小説家で、警察で死んだ人のことが」(ほんとうは拷問で殺されたのだが、新聞には心臓まひで死んだと報じられた)
「ああ、いたいた。
赤い小説家だ」
若い独身の先生がいった。
「そのプロレタリヤ何とかいう本を、たくさんとられとりました。
あの稲川は師範にいるときから本好きでしたからな」
その日国語の時間に、大石先生は冒険をこころみてみた。
生徒たちはもう『草の実』とその先生のことを知っていたからだ。
「家で、新聞をとってる人?」
四十二人のうち三分の一ほどの手があがった。
「新聞をよんでいる人?」
二、三人だった。
「あかって、なんのことか知ってる人?」
だれも手をあげない。
顔を見あわせているのは、なんとなく知っているが、はっきり説明できないという顔だ。
「プロレタリヤって、知ってる人?」
だれも知らない。
「資本家は?」
「はーい」
ひとり手があがった。
その子をさすと、
「金もちのこと」
「ふーん。
ま、それでいいとして、じゃあね、労働者は?」
「はい」
「はい」
「はーい」
ほとんどみんなの手があがった。
身をもって知っており、自信をもって手があがるのは、労働者だけなのだ。
大石先生にしても、そうであった。
もしも生徒のだれかに、答えを求められたとしたら、先生はいったろう。
「先生にも、よくわからんのよ」と。
まだ五年生にはそれだけの力がなかったのだ。
ところがすぐそのあと、このことについては、口にすることをとめられた。
ただあれだけのことがどこからもれたのか、大石先生は校長によばれて注意されたのである。
「気をつけんと、こまりまっそ。
うかつにものがいえんときじゃから」
校長とは、父の友人というとくべつの関係だから、それだけですんだらしい。
だがこのことは、明かるい大石先生の顔をいつとなくかげらすもとになった。
たいして気にもとめていなかった『草の実』のことと同じく、消しがたいかげりをだんだんこくしていった。
六年生の秋の修学旅行は、時節がらいつもの伊勢まいりをとりやめて、近くの金毘羅ということにきまった。
それでも行けない生徒がだいぶいた。
働きにくらべて倹約な田舎のことである。
宿屋にはとまらず、三食分の弁当をもってゆくということで、ようやく父兄のさんせいを得た。
それでも二組あわせて八十人の生徒のうち、行けるというのは六割だった。
ことに岬の村の子どもらときたら、ぎりぎりの日まときまらず、そのわけを、おたがいにあばきだしては、内情をぶちまけた。
「先生、ソンキはな、ねしょんべんが出るさかい、旅行に行かんので」
マスノがいう。
「だって、宿屋にはとまらんのですよ。
朝の船で出て、晩の船でもどってくるのに」
「でも、朝の船四時だもん、船ん中でねるでしょう」
「ねるかしら、たった二時間よ。
みな、ねるどころでないでしょうに。

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