そこでとうとう、ヒ・フ・ミ・ヨ・イ・ム・ナ・ヒ(日本の古くからの数え方に合わせた独自の音階)から始めて、男の先生流の教え方で押し通すことにした。
そうなるとなったで、生徒たちはすっかり面白がって大喜びした。
――ミ、ミ、ミ、ミ、フ、フ、フ、ヒ、ヒ、ミ、ヒいー、フ、ー、フ、フ、フ、ヒ、ミ、イ、イ、イ、イ、イ、ム、イ、ミ……
これではまるで、頭がおかしな人が笑ったり怒ったりしているみたいだった。
子どもたちはあっという間にその調子を覚えてしまい、その日から学校中で大流行してしまったのだ。
誰ひとりとして、その勇壮活発な歌詞をしっかりと歌い上げて男の先生の意図に応えようとする者はおらず、みんな「イ、イ、イ、イ、ム、イ、ミー」と面白おかしく歌うのだった。
それからまた、何度目かの土曜日、「千引の岩」をしぶしぶ歌わされた帰り道のことだった。
一年生の香川マスノ(かがわ ますの)は、ちょっとませた口ぶりで、いっしょに歩いていた山石早苗(やまいし さなえ)にこっそりささやいた。
「男先生の唱歌、ほんとにつまらん。
やっぱりおなご先生の歌のほうが好きじゃ」
そう言うとすぐに、女の先生に教わった歌を口ずさみ始めた。
やまの かーらーすゥが もってェきィたァ――
早苗も、小ツルもいっしょになってそれに続き、声を合わせて歌った。
あかい ちいさーな じょうぶくろ……
お昼の鐘が鳴る頃で、一年生の女の子ばかりが自然と固まって歩いていた。
「おなご先生、いつになったら、来てくれるんじゃろなあ」
マスノの目がふと一本松のほうへ向くと、それに誘われてみんなの目も一本松の村へと注がれた。
「おなご先生の顔、見たいなあ」
そうぽつと言ったのは、小ツやんこと加部小ツル(かべ こつる)だった。
ちょうど通りかかったソンキこと岡田磯吉(おかだ いそきち)と、キッチンの徳田吉次(とくだ よしじ)が会話の輪に入ってきて、真似をするように口々に言った。
「おなご先生の顔、みたいなあ」
いつしかそれは、子どもたちみんなの切実な実感になっていたようで、その場に立ち止まると、みんなでいっしょに一本松のほうをじっと眺めた。
「おなご先生、入院しとるんだってさ」
ソンキがどこかで聞いた話をそのまま伝えると、小ツやんがすぐに横から言葉を挟んだ。
「入院したのははじめのことじゃもん。
もう退院したんだよ。「うちのお父つぁん、昨日道で先生に会うたいよったもん」
それで小ツルは、だれよりもさきに顔が見たいと思いついたらしい。
チリリンヤの彼女の父親は、船と陸と両方の便利屋だった。
昨日は大八車をひいて町までいったのである。
すくなくも一日おきぐらいに、入り江をとりまく町や村をたのまれた用たしでぐるぐるまわってくるチリリンヤは、船や車にいろんな噂話もいっしょに積みこんでもどってきた。
大石先生のけががアキレス腱がきれたということも、二、三か月はよく歩けまいということも、それらはみんな、腰に鈴をつけて歩きまわっているチリリンヤが聞いてきたものだった。
「そんなら、もうすぐに、先生くるかしらん。
早うくるとええけんどな」
早苗が目をかがやかすと、小ツルはまたそれを横どりして、
「こられるもんか。
まだ足が立たんのに」
そして小ツルは、少し調子にのって、
「おなご先生ん家へ、いってみるか、みんなで」
いっておいて、ぐるっと、ひとりひとりの顔を見まわした。
竹一も、タンコの森岡正も、仁太もいつのまにか仲間入りしていた。
しかし、だれひとり、すぐには小ツルの思いつきにさんせいするものはなかった。
ただだまって一本松の方を見ているのは、そこまでの距離が、自分たちの計算では見当がつカなかったからだ。
片道八キロ、大人のことばで二里という道のりは、一年生の足の経験でははかりしれなかった。
とほうもない遠さであり、海の上からは一瞬で見わたす近さでもある。
ただ氏神さまより遠いということは、少しこわかった。
彼らはまだ、だれひとり一本松まで歩いていったものがないのだ。
その途中にある本村の氏神さまへは、毎年の祭に、歩いたり、船にのったりしてゆくのだが、そこから先がどのくらいなのか、だれも知らない。
たったひとり仁太が、ついこないだ一本松より一つ先の町へいったことがある。
しかしそれは、氏神さまの下からバスにのって、一本松のそばを通ったというだけのことだった。
それでもみんなは、仁太をとりまいた。
「仁太、氏神さまから一本松まで、何時間ぐらいかかった?」
すると仁太は、得意になって、あおばなをすすりもせずに、
「氏神さまからなら、すぐじゃった。
バスがな、ぶぶうってラッパ鳴らしよって、一本松のとこ突っ走ったもん。
まんじゅう一つ食うてしまわんうちじゃったど」
「うそつけえ、まんじゅう一つなら、一分間でくえらァ」
竹一がそういうと、川本松江が西口ミサ子に、「なあ」と同意をもとめながら、
「なんぼバスが早うても、一分間のはずがないわ、なァ」
みんなの反対にあうと、仁太はむきになり、
「そやってぼく、氏神さまのとこで食いかけたまんじゅうが、バスをおりてもまだ、ちゃんと手に持っとったもん」
「ほんまか?」
「ほんまじゃ」
「ゆびきりじゃ、こい」
「よし、ゆびきりするがい」
それで、みんなは安心をした。
仁太が生まれてはじめてのったバスのめずらしさに、まんじゅうを食べるのも忘れて、運転手の手もとを見ていたなど、だれも考えなかった。
ただ、ともかくも仁太だけがバスにのったことと、一本松のまだつぎの町でおりるまで、まんじゅう一つを食べるまがなかったことと、この二つからわりだして、氏神さまから一本松までの遠さを、たいしたことではないと思った。
たとえ自転車にのってとはいえ、女先生は毎日、あんなに朝早く、一本松からかよっていたではないか。
と、そんなことも遠さとしてより、近さとしてみんなの頭に浮かんだらしい。
そんな気持の動いているときに、対岸の海ぞい道にバスが走っているのが見えたからたまらない。
小さく小さくみえるバスは、まったく、あっというほどのまに走って林の中へ姿を消した。
「ああ、行きた!」
マスノがとんきょうに叫んだ。
なんということなく男の子にさえ力をもっているマスノの一声である。
「いこうや」
「うん、いこう」
正と竹一がさんせいした。
「いこう、いこう。
走っていって、走ってもどろ」
「そうじゃ、そうじゃ」
小ツルと松江がとびとびして勇みたった。
だまっているのは早苗と、片桐コトエだけである。
早苗はもちまえの無口からであったが、コトエのほうは複雑な顔をしていた。
家のことを思いだしていたのであろう。
「コトやん、いかんの?」
小ツルがとがめだてるようにいうと、コトやんはますます不安な表情になり、
「祖母に、問うてから」
その小さな声には自信がなかった。
一年生のコトエをかしらに五人きょうだいの彼女は、背中にいつも子どものいないことがなかった。
数え年五つぐらいから彼女は子守り役を引きうけさせられていたのだ。
家へ帰って相談すれば、とてもゆるされる見こみはなかった。
そしてまた、それは早苗や松江や小ツルも同じであった。みんな、しゅんとして顔を見合わせました。
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