だから私、この山石早苗という子が、教壇に立ってちゃんとものが言えるかしらって、心配なのよ」
「自分のこと忘れて。
久子だって昔は人の前じゃろくに唱歌もうたえなかったじゃないか。
それでもちゃんと、一人前になったもの」
「ふーん。
そうだったわね。
いまは唱歌がすきだけど、もしかしたら子どものときの反動かな」
「ひとりっ子のはにかみもあったろうかね。
そのはがきの子もひとりっ子かい」
「ううん。
六人きょうだいの真ん中よ。
お姉さんは赤十字の看護婦だそうよ。
自分は先生になりたいって、それも作文(つづりかた)に書いてあるの。
口では何も言わないくせに、作文になるとすごいことを書くのよ。
これからは女も仕事をもたなくては、うちのお母さんのように、つらい目を見る、なんて、よっぽどつらい目を見てきているらしいの」
「おまえと同じじゃないか」
「でも私は、小さいときからちゃんと人にも言ってたわ。
先生になる、先生になるって。
山石早苗といったら、何にも言やしない。
いつでもみんなの後ろにかくれているみたいなくせに、書かせるとしっかりしてるの」
「いろんなタイプの子がいるもんだよ。
こうしてはがきをよこしたりするところを見ると、なかなか後ろにばかりはかくれちゃいないじゃないか」
「そうなの。
それに、結びが『小夜奈良』なんだもの、おもしろいでしょう」
たった一枚のはがきに引きこまれるようにして、先生は朝ごはんをすすみました。
そのあとも、まるで鏡にでも見入るようにそのはがきをじっと見つめ、やがて教え子たちの顔が次々と心に浮かんできました。
川本松江はどうしているだろうか。
――てんぷら一丁ッ!
かん高い声で叫んでいた、あの桃われ髪の娘。
桟橋の前にある「しまや」という看板を覚えて帰ってから、手紙を出してみたものの、返事は来ませんでした。
小学校四年生までしか勉強していない子どもには、手紙を書くすべも分からなかったのだろうか。
それとも、本人の手にちゃんと渡ったかどうかもあやしい……。
あの夜、怪しむように出てきたおかみさんも、事情が分かるとさすがに愛想よく、
「まあまあ、それはそれは。
よくお越しくださいましたな。
さあ、先生、どうぞおかけなさいませ」
と中へ招き入れてくれ、狭い畳の縁台に小さな座布団を出して勧めてくれたりしました。
しかし、話をするのはおかみさんばかりで、松江はだまって突っ立ったままでした。
いつの間にか男の生徒が五、六人やってきて、縄のれんの向こうに顔を並べているのを見ると、大石先生はそこにじっと座っていられなくなって立ちあがったのでした。
「じゃあまたね。
もうすぐ船が来るでしょうから」
と暇を告げましたが、松江は特別見送りに来ることもありませんでした。
許されていなかったのでしょう。
わざと振り返りもしず、早足で歩き出すと、うしろからぞろぞろついてきた生徒たちは思い思いのことを口々に言いました。「先生、だれかな、あの子?」
「先生、あのうどんやと一家(親類)かな?」
本校にはたった一日しか顔を出さなかった松江を、だれも松江と気づいていないのは、その中に岬の子どもがまじっていなかったからであろう。
へたにさそい出したりしなかったことを、松江のためによろこびながら、今でも一種のもどかしさで思いだされる松江であった。
同じ年に生まれ、同じ土地に育ち、同じ学校に入学した同い年の子どもが、こんなにせまい輪の中でさえ、もうその境遇は格段の差があるのだ。
母に死なれたということで、はかりしれぬ境遇の中にほうり出された松江のゆくすえはどうなるのであろうか。
彼女といっしょに巣立った早苗たちは、もう未来への羽ばたきを、それぞれの環境のなかで支度している。
将来への希望について書かせたとき、早苗は教師と書いていた。
子どもらしく先生と書かずに、教師と書いたところに早苗の精いっぱいさがあり、甘っちょろいあこがれなどではないものを感じさせた。
六年生ともなれば、みんなはもうエンゼルのように小さな羽を背中につけて、力いっぱいに羽ばたいているのだ。
変わっているのは、マスノの志望であった。
学芸会に「荒城の月」を独唱して全校をうならせたマスノは、ひまさえあれば歌をうたい、ますますうまくなっていた。
歌にむかうとき彼女の頭脳は特別のはたらきをみせ、楽譜をみてひとりで歌った。
田舎の子どもとしては、それはじつに珍らしいことだった。
彼女の夢のゆきつくところは音楽学校であり、そのために彼女は女学校へゆくといった。
女学校組はマスノのほかにミサ子がいた。
あまりできのよくないミサ子は、受験のための居残り勉強にいんうつな顔をしていた。
彼女の頭は算数の原理を理解する力も、うのみにする記憶力にもかけていた。
しかもそれをじぶんでよく知っていて、無試験の裁縫学校にゆきたがった。
だが彼女の母はそれを承知せず、毎日、彼女にいんうつな顔をさせた。
なんとかして県立高女に入れたい彼女の母は、熱心に学校へきていた。
その熱意で娘の脳みその構造が変わりでもするように。
それでもミサ子は平気だった。
「わたしな、数字みただけで頭が痛うなるんで。
県立の試験やこい、だれがうけりゃ。
その日になったら、わたし、病気になってやる」
彼女は算数のために落第することを見こしているのだ。
そこへゆくと、コトエはまるで反対である。
家でだれにみてもらうというでもないのに、数の感覚はマスノの楽譜と同じだった。
いつもコトエは満点であった。
その他の学課も早苗についでよくできた。
彼女ならば女学校も難なく入れるであろうに、コトエは六年きりでやめるという。
あきらめているのか、うらやましそうでもないコトエに、たずねたことがある。
「どうしても六年でやめるの?」
彼女はこっくりをした。
「学校、すきでしょ」
またうなずく。
「そんなら、高等科へ一年でもきたら?」
だまってうつむいている。
「先生が、家の人にたのんであげようか?」
するとコトエははじめて口をひらき、
「でも、もう、きまっとるん。
約束したん」
さびしそうな微笑を浮かべていう。
「どんな約束? だれとしたの?」
「お母さんと。
六年でやめるから、修学旅行もやってくれたん」
「あら、こまったわね。
先生がたのみにいっても、その約束、やぶれん」
コトエはうなずき、
「やぶれん」とつぶやいた。
そして、前歯をみせて泣き笑いのような顔をし、
「こんどは敏江が本校にくるんです。
わたしが高等科へきたら、晩ごはんたくもんがないから、こんどはわたしが飯たき番になるんです」
「まあ、そんなら今ごろは四年生の敏江さんがごはんたき?」
「はい」
「お母さん、やっぱり漁にいくの、まい日?」
「はい、大かた毎日」
いつかコトエは綴方に書いていた。
私は女に生まれて残念です。
私が男の子でないので、お父さんはいつもくやみます。
私が男の子でないので、漁についていけませんから、お母さんがかわりにゆきます。
だからお母さんは、私のかわりに冬の寒い日も、夏の暑い日も沖にはたらきにいきます。
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