初級翻訳・二十四の瞳 第31話

二十四の瞳

「これはね、お餞別(せんべつ)の、葉書と切手なの」
 人からいただいた切手帳と葉書を、新しいタオルに添えて包んだものを磯吉に渡し、竹一にはノート二冊と鉛筆一ダースを合格のお祝いとして渡した。
「薮入り(やぶいり)なんかでお休みがもらって戻ってきたときには、絶対に顔を出しに来てね。
先生、みんなが大きくなっていく姿が見たいんだから。
なにしろ、あんたたちは先生にとって初めて教えた生徒であり、そして最後に教えた生徒なんだからね。
これからも仲良くするんだよ」
「はい」
 磯吉だけが返事をした。
「竹一さんもよ」
「はい」
 村のはずれの曲がり角からバスの姿が見えてくると、磯吉はもう一度帽子を脱いで言った。
「せんせ、長々とお世話になりました。
それでは、ごきげんよろしゅう」
 それはまるで、オウムがしゃべっているかのようなぎこちない挨拶だった。
言い終わるとすぐに帽子をかぶった。
大人用の大きな鳥打帽は、まるでマンガの子どものように見えたけれど、よく似合っていた。
新しい学生帽と二つ並んで、バスの後ろの窓から手を振っている二人を、姿が見えなくなるまで見送ったあと、ゆっくりと海辺へ降りてみた。
穏やかな内海を挟んで、細長い岬の村はいつものように静かに横たわっている。
あそこには、たくさんの子どもたちが育ち、それぞれの翼で羽ばたこうとしている。
――長々とお世話になりました。
それでは、ごきげんよろしゅう……。
 岬に向かって、心の中でそっとつぶやいてみた。
それは、なんだかおかしくて、切なくて、同時に胸があたたかさでいっぱいになるような、そしてもっと深い意味を含んだ言葉だった。

八 七重八重(ななえやえ)

 春とはいえ、寒さはまだ朝の空気の中に、まるでカマイタチのように鋭く潜んでいて、日陰にいると足もとからブルブルと震えあがってくる。
K町のバスの停留所には、こんな朝早くにもう用事を済ませてきた客が二人、下りバスを待っていた。
六十を二、三歳すぎたように見えるおじいさんと、三十前後の若い女の客だ。
「ううっ、さぶい!」
 思わず口から漏れたようなうめき声をつぶやくおじいさんに、
「ほんとにねえ」
 と、女の客は話しかけられるでもなく、すっと同意した。
寒さは人間の心を自然と寄り添わせるらしく、どちらからともなく親しげな雰囲気が生まれた。
「まったく、いつまでも寒い日が続きますな」
「そうですねえ」もう彼岸じゃというのに」
 話しかけた若い女は、四角い包みを胸にかかえこむようにしながら、おじいさんの、むき出しのまま片腕にひっかけている粗末なランドセルに、親しいまなざしをおくり、
「お孫さんのですか?」
「はいな」
「わたしも、息子のを買うてきました」
 胸の包みを見やりながら、
「今日売りだすというのを聞いて一番のバスで出かけたんですけど、昔のような品はもう一つもありませなんだ。
こんな紙のじゃあ、一年こっきりでしょう」
 おたがいの品物をなげくようにいうと、そうだというようにおじいさんは首をふり、
「ヤミなら、なんぼでもあるといな」
 そして、はっはっと笑った。
奥歯のないらしい口の中がまっくらに見えた。
女は目をそらしながら、
「きょう日のように、なんでもかでもヤミヤミと、学校のカバンまでヤミじゃあ、こまりますな」
「銭さえありゃあなんでもかでもあるそうな。
甘いぜんざいでも、ようかんでも、あるとこにゃ山のようにあるそうな」
 そういって歯のない口もとから、ほんとによだれをこぼしかけたところは、甘党らしい。
口もとを手のひらでなでながら、てれかくしのように、向こう側をあごでしゃくり、
「ねえさん、あっちで待とうじゃないか。
日向だけはタダじゃ」
 そういってさっさと反対側乗場の方へ道を横ぎった。
ねえさんと呼ばれて思わずにやりとしながら、女客もあとを追った。
――ねえさん、か。
と、女客は心の中でいってみて、背の高いおじいさんをふりあおぎ、笑いながらたずねた。
「おじいさん、どちらですか」
「わしか。
わしゃ岩が鼻でさ」
「そうですか。
わたしは一本松」
「ああ一本松なあ。
あっこにゃ、わしの船乗り朋輩があってな。
もうとうの昔に死んだけんど、大石嘉吉という名前じゃが、あんたらもう、知るまい」
 それをきいたとたん、女客はとびあがるほどおどろいて、
「あら、それ、わたしの父ですが」
 こんどは、おじいさんが、ひらきなおるようなかっこうで、
「ほう、こいつはめずらしい。
そうかいな。
今ごろ嘉吉つぁんの娘さんにあうとはなあ。
そういや似たところがある」
「そうですか。
父はわたしが三つのとき死にましたから、なんにもおぼえとりませんけど、小父さん、いつごろ父といっしょでしたの」
 おじいさんを小父さんとあらためて呼んだのも、生きていれば父もこのぐらいの年配かと思ったからだ。
いうまでもなく、大石先生の、あれから八年目の姿である。
船乗りの妻としてすごした八年間には、腹をたてて教職をひいたあの時とはくらべることもできないほど、世の中はいっそうはげしく変わっていた。
日華事変がおこり、日独伊防共協定がむすばれ、国民精神総動員という名でおこなわれた運動は、寝言にも国の政治に口を出してはならぬことを感じさせた。
戦争だけを見つめ、戦争だけを信じ、身も心も戦争の中へ投げこめと教えた。
そしてそのように従わされた。
不平や不満は腹の底へかくして、そしらぬ顔をしていないかぎり、世渡りはできなかった。
そんななかで大石先生は三人の子の母となっていた。
長男の大吉、二男の並木、末っ子の八津。
すっかり世の常の母親になっている証拠に、ねえさんとよばれた。
だがよく見ると、目のかがやきの奥に、ただのねえさんでないものがかくれている。
「小父さん、もしよろしかったら、お茶でものみませんか」
 停留所のわきの茶店をさしていった。
この年よりから、父親をかぎだそうとしたのである。
しかし年よりは、がんこに首をふり、
「いや、もうすぐにバスがきまっそ。
ここでよろしいわい」
 年よりのほうもなんとなく、あらたまった態度を見せていた。
「それで、嘉吉つぁんの嫁さんは、おたっしゃかな」
「はあ、おかげさまで」
 と、いったが、年とった母が、嫁さんと呼ばれたことで思わず笑顔になった。
帰ればまずそれを母にいおうと思った。
ちょうど上りバスが警笛とともに近づいてきた。
上り客でないことをしめすように、急いで標識からはなれたが、バスは止まった。
茶店の軒下に立って、おりる客の顔を、見るともなく見ていた。
バスはすし詰めの満員で、おりてくるのは若い男ばかりだった。
ほとんどみな、ここでおりるかと思うばかり、つぎからつぎへと出口にあらわれる若い顔をみているうち、ふと思いだしたのは、今日この町の公会堂で徴兵検査がとりおこなわれることだった。
ああ、それかと思いながら、若さにみちた個々の顔につぎからつぎへと目をうつしていた。
「あっ、小石先生!」
 思わずとびあがるほどの大声だった。
ほとんど同時に先生も叫んだ。

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