娘は、薬売りの小父さんにつれられて、みんなと別れ、ついに出発のときを迎えました。
母親は涙を流しながら見送りました。
お姉ちゃんや弟たちは、村のはずれまでいっしょに歩いて見送りました。
そして娘は、まるでうしろ髪を引かれるような思いで、何度も何度も振り返りながら、遠くへ行ってしまったのでした。
これは本当に、自分の家にとっても、お姉ちゃんや弟たちにとっても、そして大好きな母親にとっても、とても長くて長いお別れとなったのです。
薬売りの小父さんはその夜、港から出る船に乗り、娘をつれて、はるか遠い西の海へ向かって船を走らせたのでした。
北国の空はいつものように、山の端がほんのりと赤く染まり、海のほうは明るく暮れかけていきました。
ほうせんかが家の前に咲いているのを見るたびに、母親は二番めの娘のことが心配でたまりませんでした。
船に乗っていったけれど、もう無事に着いた頃だろうか。
そう思っては、家の戸口に立って、ぼんやりと海のほうの空を眺めるのでした。
お姉ちゃんや弟たちは、いなくなった二番めの娘のことを思い出しては、これまでのようにいっしょになって元気に遊ぶこともなくなり、静かに過ごしていました。
日は一日また一日とすぎていきました。
けれど、行ってしまった娘からは、もう二度と帰ってくることもなかったので、母親は、いまさらになって深く後悔をするのでした。
「どうしてあんな遠いところへなどやってしまったんだろう……?」と言って、夜になってもろくろく眠れず、ずっと考え込んで夜を明かすこともあったのです。
「今年は、二番めの姉ちゃんがいないから、すごく寂しいな……。」
と言って、弟は、青々としてどこまでも澄みわたった空を飛んでいく鳥の姿を見送りながら、ひとりごとをつぶやいていたのでした。
いつの間にか、ほうせんかの花はすっかり散ってしまいました。
そして、お庭では、とうがらしがまっ赤に色づきました。
山では、栗が紫色に大きく熟す季節がやってきました。
すっかり秋になったのです。
秋になると、母親はますます、遠くへやった娘のことを思い出さずにはいられませんでした。
そうでなくても、戸の外の草むらから虫たちの鳴き声が、まるで群がるように聞こえてくるのですから。
ある夜のことでした。
母親は、二番めの娘が家に帰ってきた夢を見ました。
「おまえ、いったいどうして帰ってきたの?」
母親は、喜びと驚きのあまり、戸口へとび出しました。
「お母さんは、一度行ったなら、我慢をして家に帰りたいなどと思ってはいけないっておっしゃったけれど、私、どうしても帰りたくて、帰りたくてしかたがなかったので、帰ってきたの……。」
と、娘は泣きながら訴えたのです。
「ああ、よく帰ってきてくれたね! 私は、おまえが行った日から、一日だって胸が休まった日はなかったんだよ。
どんなに貧乏だって、親子は一緒に暮らすものだ。
もう二度と、おまえをどこへもやりはしないからね。」
と、母親は夢の中で言いました。
ふと目が覚めると、そこに娘の姿はありませんでした。
そして、あの日行ってからというもの、いまだに便りすら届いていなかったのでした。
「いまのは夢だったのか……。
それにしても、娘は今ごろどうしているだろうか。」
と、母親はひとり思い悩んでいました。
するとそのとき、かすかに、すすり泣くような声が、戸の外から聞こえてきたのでした。母親はびっくりして、お布団の中からぱっと起き上がりました。
ほんとうに娘が帰ってきて、もしやお家にいれてもらえずに、お庭のところで立って泣いているんじゃないかと思ったからです。
お母さんは雨戸を開けて、わざわざ外へ出てあたりを見まわしてみました。
外は、とてもきれいな月夜でした。
お昼間のように明るくて、木立のようすがうす青い月の光に照らし出されていました。
だけど、どこにも娘の姿は見当たりませんでした。
それどころか、はるか遠くの方から、波の音がまるですすり泣くように聞こえてくるのでした。
さすがに秋になると、夜ごと、荒れた海に打ち寄せる波の音が、いくつかの村々を通り過ぎ、野原を越えて、遠くまで聞こえてくるのです。
娘の泣き声だと思ったのは、実はその波の音だったのでした。
お姉ちゃんも、弟も、二番めの娘のことを話題にしては話し合っていました。
冬がやってきました。
冷たい木枯らしが空に向かって叫び、雪はひらひらと舞い踊り、山も林も、あっという間に真っ白になって、雪の下にすっぽりと埋もれてしまいました。
この時期になると、もう汽船の笛の音すら聞こえなくなっていました。
荒波はますます荒れ狂い、暗い空の下で、海は白く泡立っていたからです。
山に住んでいる動物や鳥たちは、食べ物を見つけるのにとても苦労していました。
ある日のこと、お姉ちゃんと弟が窓の外を眺めていると、四、五羽のカラスが鳴きながら野原の方から飛んできて、畑の中の木立にとまり、悲しそうに鳴いていました。
それはまるで、親子のカラスのようでした。
やっぱり雪のせいで食べ物が見つからず、里の方へとやってきたのでしょう。
子どもたちはこれを見て、なんだかとてもかわいそうに思いました。
そこで、家にあったあわもちを小さくちぎって、窓から畑の方へと投げてあげました。
するとカラスたちはそれを見逃さず、一羽のカラスがさっと降りてきて、雪の中からおもちのかけらを拾い上げると、また飛び立って木の枝にとまりました。
子どもたちがどうするのかなと見ていると、そのカラスは自分でそれを食べずに、下の枝にとまっていた別のカラスのくちばしへ、そのおもちを入れてあげたのです。
食べ物を拾ったカラスは母親で、それを食べさせてもらったのはその子どもなのだと思われました。
「まあ、なんてやさしいんだろうねえ?」
と、子どもたちといっしょにそれを見ていたお母さんが言って、とても感心しました。
これを見るにつけても、お母さんは二番めの娘の身の上を心配せずにはいられませんでした。
「あんなに親切で、人の良さそうな小父さんのことだから、娘はきっと幸せに暮らしているにちがいないけれど、あんなに遠く離れていて、どんなにか寂しいだろう……」
そう思うと、どうしても涙ぐまずにはいられませんでした。
「お姉ちゃんは、今ごろどうしているんだろうね?」
と、弟がふと思い出して尋ねると、家の中は急にしんみりとした空気に包まれるのでした。
その次の年の春のことでした。
娘のところから、はじめてのお便りが届きました。
そこには、とても良いところで気候も暖かく、町も美しくてにぎやかだし、自分は幸せに暮らしているから安心してくださいと書かれていました。
このとき、お母さんをはじめ、お姉ちゃんや弟たちは、どれほど喜んだことでしょう。
そして、お姉ちゃんや弟たちは、自分たちも二番めの娘のいる国へ行ってみたいと強くあこがれました。
だけど、この頃はまだこの地方には汽車というものがありませんでした。
どこへ行くにも、荒れ狂う海を汽船に乗っていかなければならなかったのです。
西の国へもらわれていった二番めの娘は、大切にされていたのでとても幸福でした。
小父さんの家は、町にある薬屋さんでした。
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