小父さんは薬を売りに諸国を歩いていましたが、留守の間はおばあさんが薬屋のお店番をしていました。
二番めの娘は、こんなふうに幸せでいればいるほど、故郷のお姉ちゃんや弟、そして大好きな母親のことを思い出さずにはいられませんでした。
「いまごろ、お母さんはどうしていらっしゃるだろう……」と思いました。
「種を持ってきてまいたほうせんかが咲いたけれど、故郷のお家の前の畑にもたくさん咲いていることだろうなあ……。
そして、今ごろの季節になると、うす紅く色づいた沖の方の空を眺めて、なんだか遠いところにあこがれたものだけれど、やっぱりあちらの空も、今宵は美しく色づいているのだろうか……」などと考えました。
冬になっても、娘のやってきた地方には雪が降りませんでした。
いつも暖かいいいお天気が続いていて、北国の春の時期のような景色でした。
彼女は、吹雪に埋もれている故郷のさびしい村を心に思い描き、そこに住むかわいそうな母親や、お姉ちゃん、弟たちのことを案じたのでした。
こうした切ない胸の思いにくらべたら、故郷でみんなといっしょに暮らすことができるなら、どんなに幸せだろうかと思われました。
どうにかして、彼女はもう一度故郷へ帰って、お母さんや、お姉ちゃん、弟たちに会いたいと心から願ったのでした。けれど、このころからおじさんは体がだんだん弱ってきてしまったので、娘はおじいさんやおばあさんをひとりに残して、遠い旅に出ることはできなかったのです。
おじさんが、かつて薬の箱を背負っていろんな国を歩いていたとき、もっと南の方にある船着き場で、外国からやってきた珍しい草の種を手に入れていました。
それは、黄色くて大きな輪のような花を咲かせ、太陽が動く方向にあわせて頭を動かす、とっても不思議な花でした。
当時は、ひまわりの花なんてこの地方ではすごく珍しいものに思われていました。
それに、この花の種からお薬が作れるという話だったので、おじさんはその種を持ち帰って、自分の家の周りにまいたのでした。
そのひまわりの花が、ちょうど赤ちゃんの頭ほどもありそうな大きな輪の花をパッと咲かせていました。
娘はこの黄金色の花をじっと見つめているうちに、いつの間にか、その花が自分と同じような気持ちで生きているんだなと感じました。
花は、自分が母親を恋しく思うのと同じように、いつも太陽のいる場所を恋い慕っていたからです。
だから娘は、いつの間にかひまわりのことが大好きになっていました。
ある日、娘がお店の店先に座って、街の上を飛んでいるツバメの影をぼんやりと見つめていました。
そのとき、四十歳前後の男の巡礼(お遍路さん)がお店に入ってきて、「少し休ませてください」と言いました。
巡礼の人は体の具合が悪そうで、おまけにすごく疲れていました。
娘はすぐに、お薬を出してあげました。
しばらくすると、巡礼の人はすっかり元気を取り戻しました。
そして、とても丁寧にお礼を言って、「これから諸国の神社やお寺を参拝するとき、あなたの幸せも一緒にお祈りしますね」と言ってくれました。
娘は、この巡礼さんが遠いいろんな国々も歩いて回るんだと聞いて、もしかしたら自分の故郷の方へも行くことはないだろうかと尋ねてみました。
「来年の春のころには、あなたの故郷の方へもまいりますよ」と男は答えました。
娘はちょっと考えてから、ひまわりの種を紙に包んで、少しばかり持ってきました。
「もし私の家の前を通ることがありましたら、『私だと思ってください』と言って母に渡し、姉や弟にもよろしく伝えてください」とお願いしました。
巡礼の男はその包みを受け取って、「たしかにお届けいたします。ありがとうございました」とお礼を言って出発しました。
「お気をつけて!」と言って、娘は巡礼を見送りました。
巡礼の人は、だんだん遠くへ歩いていきました。
娘は、あの青くて青い海を、汽船に揺られて何日もかけてやってきたときのことを思い出しました。
今の巡礼さんが、山を越え、川を渡り、野原を過ぎ、村々を歩いて自分の故郷に着くのは、いったいふの頃だろうと考えました。
きっと、木々の葉っぱがすっかり散ってしまって、寂しい寒い冬をどこかで過ごしたあとの、来年のことだろうと思われました。
今日も、夕日が町の白い壁をあかね色に染めて、静かに日が暮れていきました。
おじさんが亡くなってからは、おばあさんと娘の二人で暮らしていましたが、娘もだんだんと大人になっていきました。
それでも、その頃になっても娘は故郷に帰ることはできなかったのです。
娘と約束をした巡礼さんは、ちゃんとその約束を果たしてくれました。
ある日、巡礼さんは娘が生まれたお家の前を通りかかり、そこに立ち寄って、娘が預けた紙包みのひまわりの種を差し出しました。
そして、「娘さんはお元気でいらっしゃいますよ。『これを私だと思ってください』と言ってこれを託されました」と伝えました。
お家の家族たちは、どんなにかこの巡礼さんのことを懐かしく思って見つめたことでしょう。
そして、娘と会ったときの様子や、その家や、街のようすなどもたくさん尋ねたに違いありません……。
母親はすっかり年をとり、お姉ちゃんや弟も大きくなり、お姉ちゃんは近くの村へお嫁に行きました。
そして、娘の家の前では、毎年夏になると背の高いひまわりの花がみごとに咲き誇りました。
西の国からはじめてやってきたこの花は、その頃このあたりではとっても珍しいものでした。
ひまわりの花が太陽に向かって頭をかしげるのを見ると、家族たちは「二番めの娘が故郷を恋しがっているんだなあ」と切なく悲しく思ったのでした。
年老いたお母親は、ホウセンカの種がパチンと弾けて飛ぶのを見るたびに、二番めの娘のことを思い出して、いつも目をうるうるさせていたということです。
――一九二五・八作――
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