初級翻訳・亡霊怪猫屋敷 第26話

亡霊怪猫屋敷

「お前にとっては主人であり、わしにとっては大恩ある母上を、妖怪変化だの魔性のものだのとは、聞き捨てならん言葉だぞ! 里! 主人やその母親の悪口を勝手に言いふらせば、どんな罰が下るか、お前にも分かっているだろうな?」
「だからこそ、だんなさま……。今日まで私は、これを申し上げるべきかどう物すごく悩んだのでございます。
……もしお伝えしても、聞き入れていただけなかったらどうしようと……今日こそ申し上げようか、明日こそ言おうかと……」
「くどい! お前の悩みなどどうでもよいわい! それだけの覚悟があっての発言か、わしはそれを問うているのだ! 主人の親を捕まえて妖怪変化とは、軽々しく口にしてよい言葉ではないぞ! まさか一時の思いつきや、たわむれではまいのだろうな?」
「わたくしは、お隠居さまやだんなさまから並み外れたご恩を受けております。どうして、ふざけ半分や物好きでこんなことを申し上げるわけがございましょうか!
もし私の申し上げることを、嘘偽りだとお思いになるのであれば、だんなさま、どうかお調べになってみてください。すぐに納得がいかれるお話でございますから。
そのうえで、まだ疑念がおありでしたら……主人を悪口雑言した大罪として、里を手討ちになさろうとも、わたくしに不満はございません!」
「よし、それほどの覚悟の上の話なら聞いてやろう! 要点だけをかいつまんで話してみよ! その代わり、もし嘘や間違いであったなら、お前をそのままでは済まさんぞ! さあ、どこが妖怪変化なのだ、述べてみろ!」
「間違っていたが最後、ただでは置かんぞ!」とばかりに、将監は刀の鯉口(こいぐち)に手をかけんばかりに片膝を立てて身を乗り出しました。
そのすさまじい気迫の前にすべてを話そうというのですから、お里も相当な確信と決意があってのことだったのでしょう。
「もうかれこれ半月ほども前からのことでございますが……」
とお里が語り始めたのは、次のようなことでした。

左肩の刀傷

その半月ほど前から、女中のお里の目には、お隠居さまのご様子がなんだかおかしく映るようになりました。妙に目つきが鋭くなり、お隠居さまにじーっと見つめられると、全身にゾーッと冷水をかけられたような恐ろしい気がしたのです。
やがてそのうちに、「おや?」と気づいたのは、お隠居さまの食欲がものすごく旺盛になっていたことでした。
左近将監の母親はすでに七十八歳にもなるお年寄りです。ふだんはそんなにたくさん食事を召し上がる方ではありませんでした。
たった一膳のご飯でさえ「もういらない」と嫌々食べていたというのに、最近の食事の進み方といったらどうでしょう! 三度の食事ごとに、お年寄りに似合わず何度もご飯をおかわりし、一度に三杯は必ず平らげるのです。
そして、添えられたおかずも、お皿を舐めたかのようにきれいに残さず食べてしまいます。
お隠居さまがこんなにも美味しそうに食事をされるようになって、お里は内心驚いていたのですが、そのうち、もっと奇妙なことに気づいたのです。それは、お隠居さまが最近、とんでもない食べ方をなさるということでした。
はじめのうちはご飯とおかずを別々に食べていらっしゃるのですが、そのうち面倒くさそうにご飯の中に汁物や魚の骨などを、ぜんぶグチャグチャに混ぜ合わせて食べてしまうのです。
あまりの異様さに、お里はかつて、思わず口を挟んでしまったことがありました。「ご隠居さま……、なんだかとてもめずらしい食べ方をなさいますね。
そんなふうに召し上がって、よく生臭く(なまぐさく)ないものですね」
 お里は特に悪気があるわけでもなく、ただあまりの驚きに、クスッと笑いながらたずねてみただけでした。しかしその瞬間、ジロリとお里を睨みつけたご隠居さまの目の底が、ギラリと光ったではありませんか。その恐ろしいことと言ったら、ありゃしないほどでした。
「こうして食べるのがいけないと、お里は言うのかい!」
「い、いえいえ、めっそうな! いけないなどと、けっしてそんなことは……!」
「では、どんな食べ方をしてもよいではないか。じつは、息子の左近将監(さこのしょうげん)がわたしの体を気遣って、『体を丈夫にするには、こうして食べなさい』と教えてくれたのだよ。
わたしも、もっともっと体を丈夫にして、当分長生きをし、息子である左近将監のゆくすえをしっかり見届けなければならないのだからね」
 ご隠居さまはそうおっしゃいましたが、お里を見るその目の光があまりにも恐ろしかったので、お里はとうとう目を伏せ、それ以上は何も言えなくなってしまった……というわけなのです。
「だんなさま! だんなさまはご隠居さまに、そんな食べ方をおすすめになりましたでしょうか?」
「ば、馬鹿なことを言うな! 猫や犬じゃあるまいし……どこの世界に、そんな妙な食べ方を親にすすめる馬鹿者がいるものか!」
 面食らった左近将監は、カッと見開いた目をさらにむき出しました。
「ですが、ご隠居さまはそのとき、そうおっしゃったのでございます」
 しかも、ご隠居さまの変化は、それだけにとどまらなかったというのです。
いままでは、お隠居さまは魚よりもむしろ野菜のほうを好んでいらっしゃったのに、このごろはまるで人が変わったように、野菜などはまったく見向きもしず、ただ魚ばかりをものすごく好んで食べるようになったというのです。
「フウム……フウム……」
 さすがの左近将監も、目を皿のように見開き、荒い鼻息を立てながら、お里の話にじっと聞き入っていました。
「しかも、それだけではございません、だんなさま。
つい一昨日の朝のことでございました。
『庭を歩いていて転んだだけだから大したことはない。だが、左近将監のほうへ知らせたら、お前たちをそのままでは済まさないだろうからな!』と、とても恐ろしいお顔をなさって、お幾どん(おいくどん)に布団をしかせてお休みになっていらっしゃいました。しかし、どうもときどき苦しそうにうめき声をあげておられるのです。
『だいぶお怪我も重いらしいけれど、これはいったいどうしたものかしら……』と、いろいろ心配しながら夜中にふと目を覚ましますと、奥の間の方から、誰か二、三人でヒソヒソと低く話し合う声が聞こえてくるのです。
夜の八つ時(午後十時頃)の丑の刻(午前二時頃)くらいだったでしょうか。『はて、不思議だな! こんな真夜中に、いったい誰が話をしているのだろう?』と不審に思い、じっと耳をすませておりますと、その話し声は間違いなく、奥にいらっしゃるご隠居さまの部屋から漏れてくるのです。
あまりに不思議なので起き上がり、そーっと廊下伝いにご隠居さまの部屋のそばまで行ってみたのでした。
真夜中にご主人さまの部屋の物音を盗み聞きするのは、決してほめられたことではないとは存じておりましたが、お客さまがいらっしゃるような時間でもないのに、いったいどうして……? と不思議でたまらなかったものですから、襖(ふすま)の影にしばらくたたずんでおりました。
すると、たしかに中から二、三人のヒソヒソ声が漏れてまいります。
私たちが戸締まりをして床についたのは、たしかに亥の刻(午後十時頃)を過ぎてからのことでした。

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