初級翻訳・亡霊怪猫屋敷 第27話

亡霊怪猫屋敷

『はて、お客さしたちはいったいどこから入ってきたのだろう?』と不思議に思い、そーっと襖を細目にあけて中をのぞいてみましたところ、真っ黒な装束をまとった恐ろしい男たちが、なんとふたりも……!」
「なんだと? 黒装束の男だと?」
「はい、真っ黒な装束をまとった男がふたり、ご隠居さまを取り囲んで……しかも、ご隠居さまは行灯(あんどん)の影で片方の肩を肌脱ぎにし、傷の治療をなさっていらっしゃるのでございます」
「傷の治療だと?」
「左の肩から胸元へかけて、見るも恐ろしい、ものすごい刀傷(かたなきず)が! あれは間違いなく刀傷でございます。
ご隠居さまはよほど痛むのでしょうか、顔をしかめて『ウウム……ウウム』とうなっておいででしたが、ひとりの黒装束の男がその傷に何か練り薬のようなものを塗り、もうひとりの黒装束がさらし布でその傷を包もうとしているのでございます」「……だんなさま、ちょっとお聞きしたいのですが、権六(ごんろく)どんの話によりますと、さきおとといの夜、お稲(いね)さんの姿に化けた怪しい者が、だんなさまの召し上がり物の中に毒を入れようとして大騒ぎになり、だんなさまはそのお稲さんに化けた者を、真っ暗闇の中で斬られたとかうかがっております。そこで、だんなさまはそのとき、その者のどこをお斬りになったか、覚えていらっしゃいますでしょうか?」

「ふむ、そうか!」
と、左近将監(さこのしょうげん)にも心当たりがあったのか、ぐっと片膝を乗り出してうなずきました。
「たしかに真っ暗闇の中だったから、はっきりととは分からないが……待てよ。
あのとき、わしは左へ払って……右斜めから斬り下ろした……」
と、左近将監は考え込みました。
「間違いない。
右斜めから斬り下ろしたときに手ごたえがあったのだから、そうだ。
傷はあやつの左肩から胸元にかけて、左斜めに斬りつけているはずだ」
「それなら、だんなさま、間違いなくご隠居さまこそが、そのときの怪しい者に違いありません。
傷は左斜めに胸の上あたりにかけて、かなりの深い大怪我のように見受けられました」

「フーム、そうか!」
さすがの左近将監も、これほどまでに執念深いその者の正体には、ただあきれるばかりで、しばらく言葉も出ませんでした。
「よし、わかった! 間違いなくあいつがその曲者(くせもの)だ! わしに斬られた恨みを晴らすため、おのれ、獣の身でありながら、よくもよくも隠居所に忍び込み、たいせつな母上に危害を加えおったな。おのれ、憎き曲者め!」
と、左近将監は歯ぎしりし、目を釣り上げて悔しそうな表情を浮かべました。

(曲者の正体)

「それで、そ、それからどうなったのですか?」
「残念ながら、わたくしが見聞きいたしましたのはそれだけでございます。
あまりの恐ろしさに、ガクガクと歯が鳴って震えながら立っておりましたが、ちょうどそのときでした。
さらし布を持っていた黒装束の男が、鼻をピクピクと動かして、
『おかしいぞ! どこからか人の匂いがしてくるぞ』
と言ったのです。
南無三(なむさん)! 見つかったか!? と、わたくしはもう魂も消え入る思いで震えておりましたが、ありがたいことに、もうひとりの黒装束の男が、
『何をバカなことを言っているんだ! この真夜中に起きているやつなんてあるものか! 女中どもも仲間も、さっき俺がちゃんと眠らせておいたんだから、人の匂いがするわけないだろ! ほら、早く布を巻かないとお頭がうなっていらっしゃるじゃないか! お頭、もうしばらくの辛抱でございますから』
と言ったのです。そのため、布を持っていた黒装束の男も幸いそれ以上は疑わず、事なきを得ました。
こんな恐ろしい者たちに見つかっては命も危ういと思い、わたくしはそのままそっと自分の部屋へ戻ってまいりました。
もう怖くて怖くて、一晩中ガタガタと震えが止まらなかったのでございます。
そしてすぐにだんなさまへお知らせしようと思いましたが、あんな不思議な力を持つ曲者ですから、わたくしがこのことを伝えに行ったと知られたら、もう自分の命はありません。どうしようかと、昨日は一日中考え悩み……とうとう一晩中一睡もできず、今朝は早々にご用件にかこつけて、こうして知らせにまいったというわけなのです」

「そうか! そちの言うことはよく分かった。
よくぞ知らせてくれた。
改めて、左近将監より心から礼を言うぞ。
そうとは知らず、先ほどはそちを疑っていろいろと言ってしまったが、わしにとっては大事な母君のことゆえ、どうか悪く思わないでくれ」
と、左近将監もようやく夢から覚めたような心地でした。
「よい、よい! そちのせっかくの知らせを決して無駄にはしない。
今日明日中にも、わし自ら乗り込んで、しかるべき曲者を成敗してくれるつもりだ。だが、わしにもいろいろと考えがある。そちはいいったん引き下がっていてよいぞ」
と、左近将監は腕を組んで言いましたが、お里の立場からすれば、おいそれと引き下がれるものではありません。

「だんなさま、後生でございます!
どうかお助けくださいませ。
お屋敷の一大事と思ってご注進いたしましたが、相手は尋常一様の曲者ではございません。
わたくしが知らせに来たことは、きっともう感づかれているはずです。このままお部屋に帰ったなら、どんな恐ろしい目にあわされるか分かりません。
だんなさま、どうかお助けくださいませ!」

「よし、それならば、そちしばらくここに隠れておれ。
すぐに乗り込んで成敗するつもりだが、せっかく親切に知らせてくれたそちの身に危害が及ぶことは、この将監の本意ではない。
ただ、今は人が足りない時分ゆえ……」「よい、よい、そち、こちへとどまって八重の仕事でもいたしおれ」
そう言い終えると、お里を今さらながらの恐怖から逃がすように勝手元へとやり、将監はぐっと目をつむって腕を組みました。
なるほど、思い当たる節がいくつもありました。
曲者がただの忍術使いなどではなく、竜胆寺小金吾(りんだいじこんごう)の仇として自分をねらっていることは先日の名乗りで分かっていましたが、それが人間よりもはるかに知恵の回る、ただ者ではない妖怪変化(ようかいへんげ)のたぐいなのだろうと推測できても、それがいったい何者なのか――。キツネなのか、タヌキなのか、それとも猫なのか、見当は全くついていなかったのです。
しかし、先ほどのお里の話によって、左近将監にもようやくその正体がおぼろげながら見えてきたのでした。
やたらと魚を食べたがり、しかも骨も残さず、そのうえご飯の上に魚をまぶしてかき込んで食べるとなれば、それはもう犬か猫しかいません。
とはいえ、犬が人に化けたという話はあまり聞いたことがありませんが、猫は魔性のものとして、昔からたびたび化けて出ては暴れ回ると言われています。
そう考えてみると、自分を小金吾の仇としてつけねらっている相手は、その様子からして猫――それも何年も生き抜いたものすごい化け猫に違いありませんでした。

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