どうか、草葉の陰から見守っていてくだされ!」
まるで生きている人に語りかけるように、その頭蓋骨を伏し拝むと、将監のこめかみには、ふといかんしゃく筋がピクピクと激しく脈打ち始めました。
はじめは落ち着いて忍び込み、病気見舞いのふりをして油断させてから一気に斬り伏せるという計画も、そんなものはどこかへすっ飛んでしまいました。
将監はつり上がった目で、キリキリと歯をかみならしました。
「旦那さま、もっともっとお骨をひろい集めてまいりましょうか?」
佐平治が恐る恐るそう尋ねると、将監はこう言い放ちました。
「いや、もうよいわい! これだけの動かぬ証拠をつかめば、もう十分じゃ!
母上のご供養は、あの曲者をたたっ斬ってからのことだ。
佐平治! お前はその灯籠のかげに隠れて周囲を見張っておれ!
いいか、もし飛び出してくる者があれば、味方だの敵だの容赦なく、一刀両断に斬り捨ててしまえ!」
そう言いつけるのももどかしく、将監は奥庭をものすごい勢いで横切り、すでにその手は玄関の引き戸にかかっていました。
ここはさっき、小間使のお幾が外へ出ていった出入り口と見えて、戸はスルスルと何の抵抗もなく開きました。
音を忍ばせるなど、今の将監の頭にはもう微塵もありません。
怒り狂った将監は、廊下をドタドタと荒々しい足音を立てながら踏みならし、鋭く刀を抜き放つと、突然、奥の間の襖を蹴り破り、曲者の寝所へと押し入りました。
しかし、老母に化けた曲者が待ち構えていて飛びかかってくるかと思いきや、そこにあったのは、行燈(あんどん)の小さな灯心がわびしげにまたたいているばかり。
あたたかそうな夜具がふっくらと敷かれてはいましたが、部屋の中はもぬけの殻でした。
「ぬうっ! さては勘づいて、まんまと姿をくらましやがったな!
おのれ曲者め、であえ、であえ!
母のかたき、左近将監、討ち取りに参ったぞ!」
すでに心がいらだっているため、一部屋ひと部屋、押入れや戸を丁寧にあけ放っていく余裕などありません。
曲者が隠れていそうな怪しい場所へと、見境なくプスリ、プスリと容赦なく刀を突き刺し、突き刺ししながら、しだいに奥へ奥へと追い詰めていき、ついに便所のなかまでくまなく調べ上げました。
ドシンと全体重をぶつけて雨戸を一枚力任せに引っぺがすと、
「佐平治! 裏の物置の中もくまなく探してみよ! 曲者は絶対に逃げおおせておらんはずだ!」
と大声で命じ、さらに次の間へと突入していきました。
もはや将監が調べたあとの部屋は、襖といわず、押入れといわず、プスリ、プスリと突き刺されたあとだらけで、さんたんたる有様です。
……しかし、どこを探しても曲者の姿は見当たりません。
「卑怯な真似をするな、曲者、であえ!
お前がつけ狙っていた、この左近将監のほうからお礼参りに来てやったぞ!
であえ! 母のかたきを討ちに参ったのだ、早く姿を現せ!」
大声で怒鳴り散らしながら次の間も調べ尽くしましたが、ここにもやはり、曲者の姿は影かたちも見当たりません。
そして、曲者が見つからないというその事実が、将監の怒りと焦りをますます激しくいらだたせました。
「曲者、であえ、であえいっ!」
怒りのままに廊下を駆け抜け、勝手口へ飛び出してきたまさにその時でした。
「だ、だ、旦那さま……! どうかお助けくだされませ!
幾でございます、曲者ではございません……!
どうか、お助けくだされ……!」
両のたもとをしっかりとかかえ、抜かれた刀の刃の下を必死にかいくぐって逃げ出そうとしたのは、ほかでもない、小間使のお幾でした。
しかし、このお幾こそが本物のお幾であるのか、それともさっき「屋敷へ行く」と言ってすれ違ったのが偽物のお幾で、これが本物なのか――。
母の無惨な白骨を見て怒りで頭のてっぺんまで血が逆流している左近将監には、もはやそんなことを冷静に判断できるはずもありませんでした。
「こ、この……めんどくさい!」
そう叫ぶやいなや、将監は容赦なく刃を真横に薙ぎ払いました。
「ごっ、ご生平でございます……! お助けくだされ……ぎゃああっ!」
悲痛な叫び声をあげたのが、この世の終わりでした。
鮮血の煙をもうもうと立てながら、お幾の体はそこにバタリと倒れ伏しました。
その冷たい死体を容赦なく踏みつけにし、続いて下男部屋の戸をガラリと荒々しく引き開けると、そこには、部屋の隅っこで恐怖のあまり歯の根も合わず、ガタガタと全身を震わせている仲間の茂助の姿がありました。
茂助はもう恐怖で言葉すら話せず、ただただ両手を合わせ、震えているばかりでした。「下郎! そこでなにをいたしおる!」
今まさに斬り殺されると思ったのか、「ヒャア!」と叫んで逃げ出そうとしたその態度が、またしても将監の激しい怒りに火をつけました。
「下郎、待てえ!」
うしろから斜めにすさまじく斬りつけられて、
「ワァーッ!」
とひと声! 茂助もまた血煙をもうもうと上げながら、前のめりにバタリと倒れ伏してしまいました。
納戸といわず、勝手口といわず、お風呂場、女中部屋……およそ怪しい者が隠れていそうな場所くまなく、プツリプツリと所かまわず刀を突き刺し、邪魔になる戸や障子もズタズタに切り払い、それでも曲者の姿は見あたらず、地団駄を踏んで歯ぎしりしつつ、やがて玄関口へと戻ってきた左近将監の姿を、もしも当時誰かが見たならば、あまりの恐ろしさにきっと「キャーッ!」と叫んで逃げ出していたに違いありません。
「佐平治、佐平治! 曲者の姿を見なかったか? 仲八! 権六! ここへ出え! 曲者を見なかったか?」
幸いなことに辺りは真っ暗な夜でした。
仲八も権六も佐平治も、この鬼神のような主人の恐ろしい姿に気づく者はいませんでしたが、しかし、これほどの大騒ぎになっても、さっきすれ違ったお幾こそがまさにその曲者の正体であり、左近将監がやってくることに気づいたからこそ、いち早くお幾の姿に化けて逃げ出してしまったのだと、気づく者は誰もいませんでした。
死人の屋敷
今夜こそはと意気込んで乗り込んだものの、探していた曲者の姿は見つからず、それどころか自分の怒りにまかせて、罪もない仲間の茂助と小間使のお幾という二人の命まで奪ってしまい、さすがの左近将監の一行も、すっかり元気をなくして肩を落としていました。
みんながぼんやりとうなだれながら、門の砂利道を下り、お小姓街道を横切り、いま自分の屋敷の門前にあるなだらかな坂道にさしかかった時でした。
すぐそばの闇の中には、ひときわ不気味に石垣の上に左近将監の屋敷がそびえ立っていましたが、道の片側は一面に大きな竹藪が広がり、足元にはゴロゴロと石ころが転がっていて、本当にと歩きにくい場所でした。
「旦那さま、おそれいりますが、ちょっとお待ちくだされまし。
ただいま、すぐに灯りをつけますからね」
そう言って佐平治はかがみこみ、提灯に火をつけようとカチカチとしきりに火打ち石をすり合わせていましたが、
「おやっ!」
と不思議そうな声をあげました。そして、火がつき終わったにもかかわらず、提灯を地面にパッとたたきつけ、しきりに何かをさがしている様子です。
それだけではありません。
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