初級翻訳・亡霊怪猫屋敷 第28話

亡霊怪猫屋敷

その化け猫が、この前はお稲の姿に化けて自分に襲いかかり、それがうまくいかないと見るや、今度はあんな大怪我を負いながらもめげずに隠居所に忍び込み、自分の母親を食い殺してまんまと老母に化け、自分の油断をついていたとは――なんと恐ろしく執念深い化け猫でしょうか! さすがの怒りっぽい左近将監も、思えば背筋から冷水をぶっかけられたように、ブルブルッと身震いせずにはいられませんでした。

しかし、自分の中で化け猫と決めつけてはみたものの、相手はこともあろうに親の姿に化けている以上、念には念を入れなければなりません。
「佐平治はおらぬか? 佐平治は! こりゃ佐平治、佐平治!」
そう言って手を叩き、大声で佐平治を呼び立てました。
「だんなさま、お呼びでございましょうか?」
そう言って平伏した佐平治に、
「そちはいったい、竜胆寺の屋敷へ今までに何度ぐらい行ったことがある?」
と問いかけました。
「さようでございますなあ。二、三度ほどお使いにまいりましたでしょうか?」
「あの屋敷にキツネや猫のたぐいが――それもだいぶ年を経たやつらしいが、いたかどうか知っているか?」
「キツネや猫が……?」
思いがけない質問に佐平治はびっくりしました。
「さあ……。手前はだんなさまのご用でまいりましても、いつもお玄関先で引き返しておりましたから、ついぞあのお屋敷の中までは……まったく存じませんでしたが」
「たわけ者め! 主人の使いで行ったのなら、なぜそれくらいのことに気を留めておかんのだ!」
相変わらずの、まったく理不尽な小言です。
「しかたがない! では、大急ぎで生前小金吾の屋敷へ親しく出入りしていた者――そうじゃ、お小姓頭(こしょうがしら)の但馬隼人正(たじまはやとのしょう)、御近習役(きんじゅうやく)の中西勝左衛門……わしは知らんが、あとは但馬か中西のところへそちが行って聞けば分かるじゃろう。その、生前親しくしていた家中の者たちの間を駆け回って、竜胆寺にはキツネや猫でも飼われていなかったか、そのへんをよく確かめてこい! 急ぐのじゃぞ! 待っているのだから、大急ぎで行ってこい!」
「はっ、かしこまりました。ではただいまスグに!」
佐平治があわただしく飛び出したあと、将監はもう一度腕を組んで考え込みました。
相手は一筋縄ではいかない曲者です。
今度こそ後々まで禍根を残さないよう、一挙に仕留めてしまわなければなりませんが、あの手ごわい曲者のことを考えると、仲八や権六、定吉といった連中を何人連れて行ったところで、まったく何の役にも立ちません。
やはり家中の若侍たちを五、六人引き連れて行こうかと、最初は考えないでもありませんでしたが、
「いかん、いかん! これはいかん!」
と、ハッとして苦い顔をしました。
このあいだお稲に化けた曲者が、「憎さも憎い石藤左近将監! よくもよくも竜胆寺小金吾さまを謀り殺しおったな!」と名乗りかけてきたことを思い出したからなのです。
おお、危ない危ない! もしまた家中の若侍たちの前であんな大声で名乗りを上げられたら、小金吾を殺したことをひた隠しにしている自分の悪事が、一時にばれてしまう恐れがあります。
よし、鋤(すき)でも鍬(くわ)でもかまわん! 何か柄のある物を持たせて、仲八や権六、定吉どもを引っ立てて行こう。
あるいは、あの手ごわい相手にかかれば、手下の一人や二人くらいはやられてしまうかもしれないが――。がしかし、そんなことはかまっておれん! 仲間たちがやられている間に、自分が曲者のスキを突いて斬りかかったほうが、かえってよい作戦かもしれない!
 と、どこまでも家来たちのことなどお構いなしの石藤左近将監(いしとうさこんしょうげん)は、そう心に決めました。
そして刀を取り出して手入れをし、油断なく、あれこれと準備を整えていたのでした。
消えた提灯

「だんなさま、分かりましたでございます!
やっぱり、やっぱりおりましたでございます!」
 と、汗を拭いながら佐平治が息せき切って戻ってきたのは、もうすっかり夕暮れの闇が迫るころでした。
「やっぱり賢い猫が飼われていたそうでございます!
お亡くなりになった若さまが、たいそう可愛がっておられたそうで……それが竜胆寺(りんだいじ)のご隠居さまが亡くなられたときから、パッタリと姿を消してしまったそうで……」
「おう、やっぱり猫がいたか! フウム、なるほど怪猫だったのか。
そうかそうか、怪猫のしわざだったのか!」
 と、ここでようやく左近将監にもすべての辻褄(つじつま)が合いました。
なるほど、曲者が怪猫だったとすれば、いっさいがっさい納得がいきます。
桜の馬場での襲撃も、門前で行われたあの不思議な仇討ちの謎も……そしてまた、奥女中の八重が姿を消し、飯炊きのお稲も姿を消し、食事の担当者をみんな追い払ってしまってから、のんびりと飯炊き女に化け込み、将監の食事の中に毒薬を仕込もうとしたところを佐平治に見つかるや、ついにはその本性を現して将監に飛びかかってきたことといい、その毒殺が失敗するや今度は隠居所の老母を食い殺し、その姿に化けて将監の油断を誘っていた点といい、その知恵の周到さ! その執念深さ! 恐ろしいとも気味悪いとも、言い表しようがありません。
もはやこの恐ろしい相手に対して、一刻の猶予もできません。
時間を引き延ばしていたら、今夜にも自分の命が危ないのです。
この様子では、おそらく八重もこの怪猫におびき出されて食い殺され、お稲も闇の中で食い殺されているものと見なすほかありません。
なんという恐ろしい怪猫だ! 憎らしいやつめ! と、左近将監は、そもそも自分が小金吾を殺したばかりにこんな事態を招いているのだということもすっかり忘れ、火のように怒り狂いました。
よし! 怪猫め! 今夜こそ有無を言わせず痛い目を見せてやるぞ!
「佐平治、佐平治! こりゃ佐平治!」
 猫のことでさんざん走り回って戻ってきたばかりで、部屋で休む暇すらないまま、佐平治は再び呼び立てられました。
「コラ佐平治! 仲八、権六、定吉どもを呼び集めろ! 集めて、めいめいに鋤(すき)、鍬(くわ)、鎌、なんでもいい! とにかく柄(え)の付いた武器を持たせ、出撃の身支度をさせろ! そしてわしのあとからついてこさせろ!」
「だんなさま、どちらへお供するのでございますか?」
「お前だけに教えておこう。
あいつらは揃いも揃って臆病者ばかりだ。
やつらに前もって本当のことを話してはならんぞ! よいか、分かったな? これからわしが隠居所へ行く。
お前はやつらに指示を出して、隠居所の出入り口という出入り口をすべて固めさせるのだ! そして、わしが斬りつけて、もし老母が逃げ出してきたが最後、今度こそわしが許す。

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