初級翻訳・人造人間事件 第6話

人造人間事件

親切心があるなら、課長に電話をかけて、ラジオのスイッチをひねる許可をもらってくれませんか?」
「そうか。
そいつは素敵なアイデアだなッ」
「ええ? スイッチをひねることが、どうしてそんなに素敵なんですか?」
 と、警官は目を丸くして驚いた。
しかし帆村はそれに答えず、自分の帽子をつかむと、そのまま部屋を飛び出していった。
警官はその背中を見送りながら、こうつぶやいた。
「ああっ、帆村さんもいい人なんだけど、どうも最近はちょっと頭のてっぺんがいかれているらしいな。
かわいそうに……」
 彼は自分の耳の上のあたりを人差し指でトントンと押さえてみせた。
それから十五分ほど経ったころ。
博士のお屋敷の門の前が、にわかに騒がしくなった。
警官がガラス窓から下を覗いてみると、雁金検事や大江山捜査課長といった偉い人たちが、ゾロゾロと自動車から降りてくるところだった。
「おやおや、また合同会議のはじまりか」
 一行は階段をドヤドヤと音を立てて上ってきた。
「どうした、帆村君は?
まだ放送局から戻ってこないのかね?」
「えっ、放送局ですって?
……特に、放送局へ行くなんてひと言も聞いていませんでしたが……」
「おや、そうか。
まあいい。
そうかそうか」
 一行はなぜか嬉しそうな顔をして、時間が過ぎるのを待ち構えているような様子だった。
帆村が再び姿を現したのは、それからさらに三十分ほど経ってからのことだった。
彼は右手に、藁半紙(わらばんし)を綴じたパンフレットのようなものを大事そうに抱えて持っていた。
「やあ皆さん、お待たせしました!
やっと一部だけ見つけてきましたよ。
文芸部長の書類かごの中にあったやつをいただいてきたんです」
 そう言って、彼はそのパンフレットを自分の目のあたりに掲げてみせた。
一同はポカンと口を開けて、きょとんとしている。
「――さあ、いいですか?
表紙の文字を読みますよ。
『十一月十一日 AK第一放送、午後八時より同三十分まで、ラジオドラマ「空襲葬送曲(くうしゅうそうそうきょく)」原作ならびに演出、馬詰丈太郎』――とね。
これは全国中継の番組です!」
 そう言うと彼は、パンフレットのページを一枚めくった。
「いよいよこれから実験を始めますから、皆さんこちらに寄ってください。
それから、博士の死体があったベッドの上には、誰かのオーバーと帽子を置いてください」
 言われるままに、雁金検事のオーバーと、大江山課長の制帽が、白い布で覆われた空っぽのベッドの上に並べて置かれた。
それが竹田博士の死体があった位置とまったく同じ場所なのは、言うまでもない。
集まった一行は、これからいったい何が起きるのかと、息をのんで帆村の一挙手一投足にじっと目を凝らした。
「さて――これから、このラジオドラマの台本を実際に読んでいきます。
何が起きても、どうか驚かないでくださいね」
 そう言うと彼は部屋の真ん中にドンと立ち、大きな声で台本を読み上げはじめた。
見ていると、まるで部屋の隅にある箱の中の人造人間に向かって読み聞かせているかのようだった。
しかし、あの鋼鉄の人造人間はピクリとも動かない。
帆村はジェスチャーを交えながら、一語一句ハッキリと声を張り上げていく。
聞けば昔、脚本の朗読会に参加したことがあるそうで、なかなかの名調子だった。
その場にいた全員がシーンと静まり返り、東京が敵の爆撃機部隊に襲撃される緊迫した場面にぐっと聴き入っていた。
こうして第一場、第二場が終わり、いよいよ次に第三場を迎えた。
それは、太平洋上における日米(両国)艦隊の決戦のクライマックスシーンだった。
「太平洋上、決戦は迫る――!」と、帆村は高らかに叫んだ。
「西風が一とき強く吹きつけてきた――」
 と、地の文を朗々と読み上げていくのだった。これは昨夜、千葉早智子(ちばさちこ)がとってもおすましして読んだところだ。
「……海面は次第に波立ってきた」
 キャッという叫び声が、その場にいた人々の中からあがった。
「おお、大変だ! 人造人間が動き出したぞ!」
「こっちへよけろ!」
 ガチャン、ガチャンと金属の音がして、人造人間は箱の中から一歩外へ飛び出した。
まるで本当に魂が吹き込まれたかのようだった。
帆村(ほむら)は青い顔をしながらも、読みつづけた。
「砲声はますます激しさを加えていった――」
「砲声(ほうせい)」と言うと、人造人間はフラフラと三歩前に進み、ついに部屋の真ん中までやってきた。
みんなは息をひそめ、部屋の隅でお互いの体をピッタリと寄せ合った。
「墨汁(ぼくじゅう)を吹いたように、砲煙(ほうえん)が波の上を這(は)うように動き出した」
 ここでは何にも動かない。
「重油(じゅうゆ)はプンスカと燃え広がっていく」
「重油」――その言葉のところで、人造人間はクルリと左を向いた。
「砲弾もさく烈する。
爆弾も、毒ガスも……」
「爆弾」――と言うと、人造人間はスーーッと素早く走り、博士のベッドのすぐ前でピタリと止まった。
これを見ているみんなの顔には、はっきりと恐怖の色が浮かび上がった。
「……恐ろしい爆音をあげて、休みなく相手の上に落ちた。
的を外れて落ちた砲弾が、空高く水の柱を噴き上がらせる。
煙幕(えんまく)はひきりなしに……」
 うわーっ!
みんなから悲鳴があがった。
「煙幕」というところで、人造人間は鋼鉄でできた太い右腕をふりあげて、エイヤ、エイヤとベッドの上をめちゃくちゃに叩いたのだ。
大江山(おおえやま)課長の制帽は、あっという間にクシャクシャになって底がぬけてしまった!
 帆村はそれでも落ち着いて、先を読み進めた。
「烈風(れっぷう)」「激浪(げきろう)」「横転(おうてん)」という三つの言葉が出ると、人造人間はそれぞれ違う新しい動きをし、最後に「撃沈(げきちん)」という言葉を聞くと、すっかりもとのとおりに箱の中へおさまってしまったのだ。
ハーーッ……。
集まった人たちは、思わず大きなため息をそろえてホッと息をついた。
「……帆村くん、ありがとう。
きみの実験は大成功だったよ」
 と、雁金(かりがね)検事がまるで夢からさめたような声で言った。
「いえ、本当に恐ろしいやつは、馬詰丈太郎(うまづめじょうたろう)です。
彼は博士がぐっすり眠る時間を計算して、こうやって人造人間に殺させたんです。
人造人間をあやつるための暗号の言葉を上手に組み込んだラジオドラマを自分で作って、ラジオを通して人造人間に命令するなんて……。
なんと素晴らしい思いつきでしょう!
でも、これも今日、電話で雁金さんが僕にヒントをくださったからこそ、見つけ出すことができたんですよ。
あなたはやっぱり、プロ中のプロですね。
いやあ、とても僕なんかにはかないません」
 と、帆村は心からの尊敬の気持ちをあらわしたのだった。
馬詰丈太郎が伯父(おじ)を殺した理由は、ウララ夫人への許されない恋をかなえたいというだけでなく、博士の財産も自分のものにしようというたくらみがあったからだ。
実際に彼は株の取引で失敗し、あちこちに一万円をかるく超える借金を抱えて困っていたことが、その後の調べではっきりとわかったのである。

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