心の底からおまえを愛するようになって、牧師さまにお願いをする。
すると、牧師さまが、その人の右手をおまえの右手に置きながら、この世でもあの世でも、いついつまでも、ま心はかわりませんと、かたいちかいをたてさせてくださる。
そうなってはじめて、その人の魂が、おまえのからだの中につたわって、おまえも人間の幸福を分けてもらえるようになるということだよ。
その人は、おまえに魂を分けてくれても、自分の魂は、ちゃんと、もとのように持っているんだって。
でも、そんなことは、起るはずがない。
だって、考えてもごらん。
この海の底では、美しいと思われているものでも、たとえばだね、おまえの持っている、そのさかなのしっぽにしたって、陸の上にいる人間の目には、みにくく見えるんだからね。
人間には、そのねうちがわからないんだよ。
だから、そのかわりに、かっこうのわるい、二本のつっかい棒を持たなければならないんだよ。
人間は、うまく言いつくろうために、そのつっかい棒のことを、足なんて言っているけどね」
それを聞くと、人魚のお姫さまは、ほっとため息をついて、悲しそうに自分のさかなのしっぽをながめました。
「さあさあ、ゆかいになろうよ」と、おばあさまが言いました。
「はねたり踊ったりして、わたしたちの生きていられる三百年のあいだを、楽しく暮そうよ。
三百年といえば、ずいぶん長い年月じゃないの。
それからあとは、思いのこすこともなく、ゆっくり休むことができるというものさ。
そうそう、今夜は、舞踏会を開こうね」
その晩の舞踏会は、陸の上ではとても見られない、美しい、はなやかなものでした。
大きな部屋のかべや天井は、あついけれども、よくすきとおるガラスでできていました。
広間のどこを見まわしても、かべというかべには、バラ色や草色の大きな貝がらが、二、三百も列をつならんでいました。
そして、その貝がらの一つ一つに、青いほのおの燃えている明りがともっていて、広間じゅうを明るく照らしていました。
そのうえ、かべをとおして、外のほうまでさしていましたから、まわりの海は青い光で、明るく照らしだされていました。
かぞえきれないほどたくさんのさかなたちが、ガラスのかべのほうにむかっておよいでくるのが見えました。
まっかなうろこをキラキラさせているさかなもあれば、金色や銀色のうろこをきらめかせているのもありました。
広間のまんなかを、はばの広い流れが一すじ、サラサラと音をたてて流れていました。その流れの上では、人魚の男や女たちが、美しい人魚の歌をうたいながら、それに合せて踊っていました。
そんな美しい声は、とても地上の人間にはありません。
わけても、いちばん下のお姫さまは、だれよりも、美しい声でうたいました。
みんなは、手をたたいてほめそやしました。
お姫さまも、心の中ではうれしく思いました。
陸の上にも、海の中にも、自分より美しい声を持っているものがないことを思ったからでした。
けれども、すぐまた、上の世界のことを思うのでした。
あの美しい王子のこと、王子の持っているような、死ぬことのない魂が、自分にはないという悲しみを、どうしても忘れることができませんでした。
それを思うと、お姫さまはたまらなくなって、おとうさまのお城からこっそり抜けだしました。
みんなは、お城の中でにぎやかにうたったり、踊ったりしているというのに、お姫さまだけは、たったひとりで、自分の小さな花壇の中に、悲しみに沈んですわっていました。
そのとき、ふと、角ぶえのひびきが、水の中をつたわって聞えてきました。
お姫さまは、はっとして、思いました。
「きっと、いま、あのかたが海の上を、船に乗ってお通りになっているのだわ。
おとうさまよりもおかあさまよりももっと好きなあのかたが。
あたしがいつも思っているあのかたが。
あのかたのお手に、あたしの一生のしあわせをおまかせしてもいいわ。
あのかたと死ぬことのない魂とが、あたしのものになるのなら、どんなことでもやってみるわ。
おねえさたちが、おとうさまのお城の中で踊っているあいだに、魔法使いのおばあさんのところへ行ってみよう。
あの魔法使いは、今まではこわくてならなかったけど、でも、きっといい知恵をかして、助けてくれるわ」
そこで、人魚のお姫さまは、庭から出て、ゴーゴーとすさまじい音をたてている、うずまきのほうへ行きました。
魔法使いは、このうずまきのむこうに住んでいるのです。
人魚のお姫さまは、この道をまだ一度も通ったことがありませんでした。
そこには、花も咲いていなければ、海草も生えていません。
ただ、なんにもない、灰色の砂地があるばかりです。
それが、うずのまいているところまでひろがっていました。
そこでは、海の水がゴーゴーと音をたてて、水車のようにうずをまいていました。
いったん、その中にまきこまれたが最後、どんなものでも、深い底のほうへひきずりこまれてしまうのでした。
どんなものをも、粉々にくだいてしまう、このうずのまんなかを通りぬけていかなければ、魔法使いの国へは行くことができないのです。
おまけに、そこまで行くのには、ずいぶん長いあいだ、ブクブクとあわのたっている、あついどろの上を行くほかには道がありません。
このどろのところを、魔法使いは、どろ沼と言っていました。
そのむこうに、ふしぎな森があって、そのまんなかに、魔法使いの家があるのです。
森の中の木ややぶは、どれもこれも、はんぶんは動物で、はんぶんは植物のポリプでした。
そのありさまは、ちょうど百の頭を持ったヘビが、地から生え出ているようでした。
枝はといえば、みんな、ねばねばした長い腕で、まるで、ミミズのようにまがりくねる指を持っていました。
そして、根もとから、いちばん先のはしまで、一節一節を動かすことができました。
こうしていて、水の中で何かをつかまえようものなら、それがどんなものであろうと、しっかりとまきついて、二度とはなしはしないのです。
人魚のお姫さまは、ここまでやってくると、すっかりこわくなって、立ちすくみました。
あまりのおそろしさに、胸はどきどきしています。
引きかえそうかとも思いましたが、王子のことや、人間の魂のことなどを思って、また、勇気をふるいおこしました。
そこで、まず、ほどけた長い髪の毛を、頭にしっかりと巻きつけて、ポリプにつかまらないようにしました。
それから、両手を胸の上にかさねて、さかなが水の中をすいすいとおよぐように、気味のわるいポリプのあいだをすりぬけていきました。
そのあいだじゅう、ポリプたちは、腕と指とをお姫さまのほうへ、うねうねと伸ばしていました。
見れば、どのポリプも、つかまえたものを、何百という小さな腕でぎゅっとしめつけているのです。
まるで、がんじょうな鉄のひもででもしめつけているようなぐあいに。
海で死んで、底深く沈んできた人間が、白骨となって、ポリプの腕のあいだからのぞいていました。
船のかいや、箱もしめつけられていました。
そうかと思うと、陸の動物の骨も見えました。
ほかにもまだ、小さな人魚の娘がひとりつかまって、しめ殺されていました。
そのありさまが、お姫さまには、この上もなくおそろしいものに思われました。
初級翻訳・人魚の姫 第6話
アンデルセン ハンス・クリスチャン
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