初級翻訳・化鳥 第3話

化鳥

本当にぼく、花の方が綺麗だと思うもの。ねえ母様、あのお屋敷の坊ちゃんの、青だの紫だのが混ざった着物より、花の方が美しいって、そう言うのね。だもの、先生なんざ……」
「あれ、だってもね、そんなこと人の前で言うのではありませんよ。お前と母様のほかには、こんな良いことを知っているものはないのだから。分からない人にそんなこと言うと、怒られますよ。ただね、そう思っていればそれで良いのだから、言ってはなりませんよ。良いかい? そして先生が腹を立ててお憎みだなんて言うけれど、そんなことあるはずがありませんもの」それは全部、お前がそう思い込んでいるからだよ。あのスズメだって、えさを拾っているのを見て「嬉しそうだな」と思えばそう見えるし、ホオジロが鳥刺しのおじさんに捕まった時だって、悲しい声だと思って聞けば「ヒイヒイ」と鳴いたように聞こえたじゃないか。
それでも先生が怖い顔をしているのなら、そんなものを見ていないで、今お前が言った、その美しい菊の花を見ていればいいでしょう。
ねえ、それは学校のお庭に咲いているのかい?」
「うん、たくさん」
「じゃあ、その菊を見ようと思って学校へおいで。
花はね、ものを言わないから耳には聞こえないけれど、そのかわり目で見れば美しいよ」
もうひとつ不満なのは、天気が悪いことだ。外は、ちっとも雨がやみそうにない。

五

また顔を出して、窓から川を見た。
さっきまでは雨脚が激しくて、まるで薄墨を塗りたくったみたいだった。堤防や石垣、蛇籠(じゃかご)、中洲の草が生えた場所なんかも、あちこちが黒ずんで湿っぽくて、暗くて見えなかったけれど、少し晴れてきたので、濡れたものの様子がみんな見えるようになった。
遠くの方、堤防の下の石垣の中ほどに、置物のようにじっとして、うずくまっている猿がいる。
この猿は、誰が飼い主というわけでもない。
細い麻縄で杭に結びつけられているんだ。あの「しめじ茸」たちが、お弁当の握り飯を半分分けてやったり、お屋敷の坊ちゃんや乳母が、袂(たもと)からお菓子を分けてやったりする。赤い着物を着たみいちゃんのベニスズメや、青い羽織を着た吉公のメジロ、それからお屋敷のカナリアのお姫様なんかが、みんなでからかいに行っては、花を持たせたり、手ぬぐいをかぶせたり、水鉄砲をかけたりして、みんなの好きなおもちゃにされている。そのかわり、食べ物はなんでも分けてもらえるから、決まった飼い主はいなくても、猿が飢えることは一度もなかった。
時々いたずらをして、ベニスズメの頭の毛をむしったり、カナリアを引っかいたりすることがあるので、あの猿松がいたら、うっかり可愛い小鳥を放して外に出しておけない。「誰か見張っていないと危険だから」といって、ちょくちょく縄を解いて逃がしてやったことが何度もある。
放してやると、猿はすぐにどこへでも駆け回って、勝手気ままな悪さをする。
夜中に月が明るい時、お寺の門を叩いたこともあるそうだし、人の家の台所に忍び込んで、大きな鍋や飯びつを屋根の上に持ち上げて、手づかみで食べたこともあるそうだ。ひらひらと青い着物から赤い切れ端がこぼれている、美しい鳥(の持ち主)の袂を引っ張って、遠くに見える山を指さして気絶させたこともあったらしい。私の記憶の中でも一度、誰かが縄を切ってやったことがあった。
その時は、この時雨榎(しぐれえのき)の枝が二股になっているところに仰向けに寝転がって、カラスの足を捕まえていた。
それから、かごに入れてある、あの「しめじ茸」が釣ったハゼをぶちまけて、さんざん悪ふざけをしたあげく、橋のたもとの床屋さんのおじさんに捕まって、額の毛を真四角に刈り込まれた。それで懲りて追放したはずなのに、夜が明けてみると、またいつもの場所の杭にちゃんと結びつけられていた。
蛇籠の上の、石垣の中ほどで、上の堤防には柳の切り株があるところ。
また始まった。こうやって猿を捕まえて、またここへ縛り付けておくのは誰だろう、誰だろうと騒ぎになったことを、私は知っている。
この猿には、ちゃんと出どころがある。
それは母様がご存じで、私にお話ししてくれたことだ。
八、九年前のこと、私がまだ母様のお腹の中で小さくなっていた頃、お正月、春の初めのことだった。
今は広い世の中に母様と私だけ、私のものと言えばこの番小屋と仮の橋くらいしかないけれど、その頃はこの橋なんて、お屋敷の庭の中のひとつの眺めに過ぎなかったそうだ。
今、町の人が春・夏・秋・冬と遊びに来る桜山も、桃谷も、あの梅林も、菖蒲の池も、みんな父様のものだった。ホオジロやメジロ、ヤマガラが、この窓から堤防の岸や、柳の下や、蛇籠の上にいるのが見える。その身体の色をしているだけで、小鳥ではない、本当の可愛らしくて美しいものが、ちょうどこんなふうに朱塗りの欄干がついた二階の窓から見えたそうだ。
今日はまだ言っていないけれど、こういう雨の降る淋しい時なんかは、その頃のことをいつでも語り聞かせてくれる。

六

今ではそんな楽しい、美しい花園はないかわりに、橋銭を受け取るざるが置いてあるこの小さな窓から、風変わりな猪だの、珍しい茸だの、不思議な猿だの、それ以外にも人の顔をした鳥だの獣だのがいくらでも見えるから、少しは思い出になるよ、と母様は笑顔で言われる。
私もそう思って眺めるせいか、人が歩いていくとき、片足を上げた姿は一本足の鳥のようで面白い。
人が笑うのを見ると、獣が大きな赤い口を開けたようだなと思って面白い。
みいちゃんが何か言うと、おや小鳥がさえずっているな、と思っておかしい。
だから、何を見ても面白くて、おかしくて、吹き出さずにはいられないんだ。けれど、たった今母様がおっしゃった通り、こんな素晴らしいことを知っているのは、母様と私だけです。どうして、みいちゃんや吉公、それに学校の女の先生なんかに教えたところで、理解できるはずがありません。

人に踏まれたり、蹴られたり、後足で砂をかけられたり。いじめられて責められて、煮えたぎる湯を飲まされるような目に遭い、砂を浴びせられ、鞭で打たれ、朝から晩まで泣き通して喉が枯れ、血を吐いて、今にも消えてしまいそうな状態を、人々に高見の見物として面白がられ、笑われ、慰みにされ、喜ばれる。目が血走り、髪が逆立ち、唇が破れるようなところで、「口惜しい、口惜しい、口惜しい、口惜しい。畜生め、獣め」と心の中でずっと叫び続けて、五年も八年も経たなければ、本当の意味で理解することなんてできないのだそうです。

お亡くなりになった父様と、この母様が聞いても身震いするような、そんな酷い目、苦しい、痛い、辛い、残酷な目に遭って、そうしてようやく悟りを得たことを、母様はすっかり私に教えてくださいました。だから私は、ただ「母ちゃん、母ちゃん」と言って母様の肩をつかまえたり、膝に乗っかったり、針箱の引き出しをかき混ぜたり、物差しを回してみたり、裁縫中の衣服を天窓から被ってみたりして、叱られては逃げ出したりしていました。そんなふうに育てられながら、母様からしっかりと教えていただき、それを覚えて理解してからは、何を見ても、鳥だの、獣だの、草だの、木だの、虫だの、茸だのに、人の姿が重なって見えるのです。

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