初級翻訳・化鳥 第2話

化鳥

ぼくの家の橋の下を、舟を漕いで行く人たちが何か歌っているけれど、何を言っているのか、鳥が声を大きくして長く引き伸ばして鳴いているのと違いませんもの。ずっと川下の方で『ホーホー』って呼んでいるのは、あれが人間なのか犬なのか、ぼくには分からない。
雀だって四十雀だって、軒先や榎の木に留まらないで、ぼくと一緒に座って話せば全部分かるんだけど、離れているから聞こえないだけなの。だって、そっとそばへ行って、ぼくがお話をしようと思うと、みんな逃げていってしまうから。でも、いつか大人になったら、遠くにいても分かるようになるよって、ぼくが赤ちゃんだった頃から母様が言ったでしょう? 犬も猫も人間も、みんな同じだって。ねえ母様、そうでしょう? いつかみんな分かるようになるんだよね」

三

母様はにっこりと微笑んで、
「ああ、それで先生は怒ってしまったのかい」
と言った。

でも、それだけじゃなかった。ぼくの子供心にも「あ、先生が嫌な顔をしたな」と分かったのは、そのあとも色々と話し合ったあとのことだ。
最初は先生も笑いながら、「まあ、あなたがそう思っているのなら、しばらくそうしておきましょう」と言っていた。けれども、「人間には『知恵』というものがあって、これには他の鳥や獣といった動物は到底かなわないのだ」ということを、ぼくが川岸に住んでいるからという理由で、例を挙げて教えてくださった。
釣りをすること、網を打つこと、鳥を撃つこと。これらはすべて人の知恵であって、何も知らない動物たちは、分からないからこそ釣られて、刺されて、食べられてしまうのだ、という話だった。

そんなことは言われなくても知っている。朝晩ずっと見ているもの。
橋を挟んで、川を遡ったり流れたりして、流し網で魚を取っている人たちは、川の中に両手を突っ込んでブルブル震えて立っているうちは、顔のある人間だけれど、空を見上げて水に潜ると、逆さまになって、バタ足をして五分間くらい泳いでいる。その足の格好の悪さといったら! 美しい金魚が泳ぐ尾びれの姿や、キラキラと水銀のように輝いて跳ね上がる鮎の立派さには、まるで比べものにならない。
あんなふうに、ずぶ濡れになって大川の中から足だけを出しているなんて、そんな人間がいるものか。だから、人間だと思うとおかしいけれど、川の中から足が生えてきたのだと思って見ていると面白くて、ちっとも嫌なことはない。つまらない見世物を見に行くよりずっといいんだと母様が言っているから、ぼくもそう思っているんだ。

「それから、釣りをしているのはね、先生」と、その時ぼくはまた先生に言ったんだ。
「あれは人間じゃないよ、茸(きのこ)なんだから見てごらん。片手を懐に入れて、ぬうっと立って笠をかぶっている姿は、堤防の上に一本の占治茸(しめじ)が生えているのと全く同じだよ」夕方になって、ひょろ長い影が伸びて、薄暗い鼠色の立姿に見えてくると、ますます占治茸(しめじ)そっくりになります。ずっと遠いところまで一列に並んで、十人も三十人も、小さいのから大きいの、短いのから長いのまで。一番橋に近いものを先頭にして、多い日には毎日五六十本も並ぶのです。また、あちこちに五六人ずつ一団になっているのは「千本しめじ」といって、草むらにびっしり生えているような、そんな小さいやつらです。
木や草なら風が吹くと動くけれど、彼らは茸(きのこ)だから、あの、茸だから、ゆらゆらしたりもしません。
これが「知恵があって釣りをする人間」で、ちっとも動かないのです。
その間に魚たちは、みんな悠々と泳ぎ回っています。
また、知恵があるといっても、口をきかないから鳥と比べっこをすれば、五分五分のやつもいます。それは鳥刺しです。
この前、見たことがありました。
よそのおじさんの鳥刺しがやってきて、うちの橋のたもと、榎(えのき)の木の下で立ち止まりました。六本目の枝の先に可愛い頬白(ほおじろ)がいたのを、棹(さお)で狙ったので、「あらあら」と声をかけると、「しっ! 黙って、黙って」と、怖い顔をして私を睨んだのです。
あとずさりをしてそっと見ていると、呼吸もしないで、じっとして、石のように黙り込んで、身構えて、中空を突き抜くようにじりっと棹を伸ばして狙っています。頬白は何にも知らないで、「チ、チ、チッチッ」と、面白そうに何かおしゃべりをしていました。
それをとうとう突いて捕まえると、棹の先でくるくると舞い、まだ激しく声を出して鳴いているのに、知恵のある鳥刺しのおじさんは、黙って、ドジョウを掴むような手つきで腰の袋の中へ捻り込んで、それでもまだ黙って、一言も喋らずにのっそりと去っていったことがありました。

四

頬白は知恵のある鳥刺しに捕まったけれど、囀(さえず)っていました。
ものを言っていました。
おじさんは黙り込んでいて、傍で見ていた私まで何も言えなくなってしまいました。
何も比べっこをして、どっちが偉いかなんて分かりはしない。
何でもそんなことを言ったので、本当に私はそう思っていましたから。
でも、それを先生が怒ったのではなかったらしい。
先生はまだまだ色々なことを言って、人間が鳥や獣よりも偉いものだと諭してくれましたが、海の中だの、山奥だの、私の知らない、分からないところのことばかり例えに出すので、口答えはできなかったけれど、ちっとも「なるほど」と思えるようなことはありませんでした。
だって、私、母様がおっしゃることは嘘だと思いませんもの。
私の母様が嘘をついて聞かせますものか。
先生は同じ組の子供たちを三十人も四十人も一人で可愛がろうとするけれど、母様は私一人を可愛がってくれるのだから。どうして、先生の言うことは私を騙すのであっても、母様が言って聞かせてくれることは決して違ったことではない。そう思っているのに、先生の話は母様の話とまるで違うので、心服できないじゃありませんか。
私が頷かないので、先生がまた、「それでは、皆あなたの思っている通りにしておきましょう。けれども、木だの草だのよりも、人間が立ち勝った立派なものであるということは、いくらあなたにでも分かるでしょう。まずそれを基礎にして、お話をしましょうから」と言いました。
分からない。私、そうは思わなかった。
「あのね、母様。(だって先生、先生より花の方が美しいのですもの)って、そう言ったの。ぼく、本当にそう思ったから。お庭にね、ちょうど菊の花が咲いているのが見えたから」
先生は束髪に結った、肌の黒い、背の低い、頑丈でどっしり肥った婦人の方で、私がそう言うと顔を赤くしました。
それから急に突き放すような言い方をしたので、たぶんそれが先生の腹を立てた原因だろうと思います。
「母様、それで怒ったの。そうなの?」
母様は「なるほど、なるほど」と頷いて、
「おお、そんなことを坊や、お前言ったのかい。そりゃお道理だね」
と言って微笑まれましたが、これは私が悪戯をして、母様の言うことを聞かない時、ちっとも叱らずに、怖い顔をしないで、にっこり笑って見せてくれる、あの時と変わりませんでした。
そうだ。先生の怒ったのはそれに違いありません。
「だって、『嘘をいってはいけません』って、そういつも先生は言うくせになあ。

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