初級翻訳・古事記物語 第14話

古事記物語

すると弟の弟宇迦斯が、こっそりと命のところへ出て来まして、命を伏し拝みながら、
「私の兄の兄宇迦斯は、あなたさまを攻め亡ぼそうとたくらみまして、兵を集めにかかりましたが、思うように集まらないものですから、とうとう御殿の中につり天井をこしらえて待ち受けております。それで急いでおしらせ申しにあがりました」と申しました。
そこで道臣命(みちのおみのみこと)と大久米命(おおくめのみこと)の二人の大将が、兄宇迦斯を呼びよせて、
「こりゃ兄宇迦斯、おのれの作った御殿にはおのれがまずはいって、こちらの命をおもてなしする、そのもてなしのしかたを見せろ」とどなりつけながら、太刀の柄(え)をつかみ、矢をつがえて、無理やりにその御殿の中へ追いこみました。
兄宇迦斯は追いまくられて逃げこむはずみに、自分のしかけたつり天井がどしんと落ちて、たちまち押し殺されてしまいました。
二人の大将は、その死がいを引き出して、ずたずたに切り刻んで投げ捨てました。
命は弟宇迦斯が献上したごちそうを、けらい一同におくだしになって、お祝いの大宴会をお開きになりました。
命はそのとき、
「宇陀の城にしぎなわをかけて待っていたら、しぎはかからないで大くじらがかかり、わなはめちゃめちゃにこわれた。ははは、おかしや」という意味を、歌にお歌いになって、兄宇迦斯のはかりごとの破れたことを、喜びお笑いになりました。
それからまたその宇陀をおたちになって、忍坂(おしさか)というところにお着きになりますと、そこには八十建(やそたける)といって、穴の中に住んでいる、しっぽのはえた、おおぜいの荒くれた悪者どもが、命の軍勢を討ち破ろうとして、大きな岩屋の中に待ち受けておりました。
命はごちそうをして、その悪者たちをお呼びになりました。
そして前もって、相手の一人に一人ずつ、お給仕につくものをきめておき、その一人一人に太刀を隠しもたせて、合い図の歌を聞いたら一度に切ってかかれと言い含めておきになりました。
みんなは、命が、
「さあ、今だ、うて」とお歌いになると、たちまち一度に太刀を抜き放って、建(たける)どもをひとり残さず切り殺してしまいました。
しかし命は、それらの賊たちよりも、もっともっとにくいのは、お兄さまの命のお命を奪った、あの鳥見(とみ)の長髄彦(ながすねひこ)でした。
命はかれらに対しては、ちょうどしょうがを食べたあと、口がひりひりするように、いつまでも恨みをお忘れになることができませんでした。
命は、畑のにらを、根も芽もいっしょに引き抜くように、かれらを根こそぎに討ち亡ぼしてしまいたい、海の中の大きな石に、きしゃご(小さな貝)がまっくろに取りついているように、かれらをひしひしと取りまいて、一人残さず討ち取らなければおかないという意味を、勇ましい歌にしてお歌いになりました。
そして、とうとうかれらを攻め亡ぼしておしまいになりました。
そのとき、長髄彦の方に、やはり大空の神のお血すじの、邇芸速日命(にぎはやひのみこと)という神がいました。その神は、命の元へやってくると、「私は大空の神の御子が来られたと聞きまして、お仕えするために参りました」と申し上げました。そして、大空の神の血筋である証拠の宝物を、命に献上しました。

命はそれから、兄師木(えしき)、弟師木(おとしき)という兄弟の者たちをご征伐になりました。その戦の最中、命の軍勢は伊那佐(いなさ)という山の林の中に盾を並べて戦っていましたが、途中で食料が底をつき、少し弱りかけてしまいました。命はそのとき、「ああ、私も飢えて疲れてしまった。このあたりで鵜(う)を使って魚をとっている者たちよ。早く食べ物を持って助けに来い」という意味の歌をお歌いになりました。

命はその後も引き続いて、そのほかさまざまな荒ぶる神々をなだめて従わせ、刃向かうものを次々と攻め滅ぼして、ついに天下をお平らげになりました。そうして、大和の橿原宮(かしはらのみや)にて、私たちにとって一番最初の天皇の位におつきになりました。神武天皇とは、すなわちこの貴い伊波礼毘古命(いわれびこのみこと)のことを申し上げるのです。

三

天皇は、はじめ日向(ひゅうが)においでになる時に、阿比良媛(あひらひめ)という方をお妃に迎え、多芸志耳命(たぎしみみのみこと)と、もう一人男のお子をもうけておいででした。しかし、天皇の位におつきになってから、改めて皇后としてお立てになる、ふさわしい方をお求めになりました。

すると大久米命(おおくめのみこと)が、「それには、大空の神の血を引く、伊須気依媛(いすけよりひめ)という美しい方がいらっしゃいます。この方は、三輪(みわ)の社の大物主神(おおものぬしのかみ)が、勢夜陀多良媛(せやだたらひめ)という女性の元へ、朱塗りの矢に姿を変えて通い、媛がその矢を持って部屋に入ると、矢はたちまち立派な男の神さまに戻り、お婿さまになったというお二人からお生まれになった姫さまでございます」と申し上げました。

そこで天皇は、大久米命を連れて、その伊須気依媛を見にお出かけになりました。すると同じ大和の高佐士野(たかさじの)という野原で、七人の若い女の人たちが野遊びをしているところに出会いました。その中に、伊須気依媛がいらっしゃいました。大久米命はそれを見つけて、天皇に「この中のどの方を奥さまにされますか」と歌で尋ねました。天皇は一番前にいる方が伊須気依媛だとすぐにお見抜きになり、「あのいちばん前にいる人をもらおう」と、やはり歌でお答えになりました。

大久米命がその方のもとへ行き、天皇のお言葉を伝えようとすると、媛は、大久米命が大きな目をギョロギョロとさせながら近づいてきたので、不審に思い、「あめ、つつ、ちどり、ましとと、など裂ける利目(あめ、つつ、ちどり、ましとと、どうしてそんなに裂けたような鋭い目をしているの)」とお歌いになりました。それは、「あめという鳥、つつという鳥、ましととという鳥や千鳥の目のように、どうしてあんなに大きく、鋭い目を光らせているのだろう」という意味でした。大久米命はすぐに「それはあなたを見つけ出そうと、必死に探していた目でございます」と歌い返しました。

媛の家は、狹井川(さいがわ)という川のそばにありました。その川原には、ヤマユリがどっさりと咲いていました。天皇は媛の家へおいでになり、ひと晩泊まってお帰りになりました。媛はまもなく宮中へ上がり、貴い皇后になられました。お二人の間には、日子八井命(ひこやいのみこと)、神八井耳命(かむやいみみのみこと)、神沼河耳命(かむぬなかわみみのみこと)という三人の男のお子がお生まれになりました。

天皇は、のちに百三十七歳でお亡くなりになりました。ご遺体は畝火山(うねびやま)にお葬りいたしました。するとまもなく、先に日向でお生まれになっていた多芸志耳命が、腹違いの弟たちである日子八井命たち三人をお殺しして、自分ひとりで勝手なことをしようと企てました。お母上の皇后はその陰謀を見抜き、「畝火山に昼はただの雲らしく静かにかかっているけれど、夕方になれば荒れが来て、ひどい風が吹き出すらしい。

コメント

タイトルとURLをコピーしました