初級翻訳・吹雪物語 第18話

吹雪物語

そして街も空も人も、みんなひどく貧弱に見えたわ。道々、退屈で欠伸が出るほどだった……」
野々宮の事情に絡まる感情のせいもあるのでしょう。
とにかく、それはすでに終わったのです。
新しいはずのものが、これほど虚しくていいのでしょうか。
「野々宮の神経がこじれた原因、わかる?」
由子はついにそれを口にしました。
「あなたの話、うっかり喋ってしまったのよ。いや、うっかりでもなかったわね。喋る用意ができていたのね。自然の成り行きなんでしょう」

卓一を愛していると、あからさまに告げたわけではありません。匂わせる気持ちすらなかったはずでした。単純な、友達の噂話にすぎないはずだったのです。
野々宮は二人の愛の破綻には、すでに飽きてもいたし、諦めてもいたはずでした。しかし、彼は破綻の根っこに、第三者が介在しているなどとは夢にも思っていませんでした。いや、たとえ想像したとしても、信じることはできなかったはずです。
新しい疑惑は、彼の平静な諦めを微塵に砕いてしまいました。
化粧とベールなしには直視することすらできなかった「未練」という名の真実。その激しさを、まるで肉体そのものの言葉のような生々しさで、突きつけられずにはいられなかったのです。
「思いがけない恨みを買ってしまったわね。迷惑でしょう」
由子の感情があふれる瞳が、卓一を射抜きました。
不当な期待を寄せられた卓一は、とっさに狼狽せずにはいられませんでした。
「私たちが許されていることなんて、たかが知れているわね。どうせ貧弱なことなのだから」
由子は自分を憐れむように呟いていました。
接吻を求める時が来ているのだろうか、と卓一は思いました。
まさしく、それは貧弱な行為だと彼は思わずにはいられませんでした。
その華奢なうなじに、唇に、自分自身の体臭を重ね合わせてみることを想像するのすら、自然な流れでした。
もし二つの胸が触れ合ったとしても、互いの冷めきった心を冷たく感じ合うほかに、おそらく何もできないでしょう。そして、互いの永遠のような退屈を確認するだけ。
やりきれない侘しさだと卓一は思いました。
果てしなく暗いものの静かな兆しを、見つめずにはいられませんでした。
「旅の退屈は仕方がないさ。旅を求める愁いの方が、よっぽど退屈だ」
卓一は由子に向かって呟きました。
「山道を歩くくらいなら、毎朝ラジオ体操でもしている方がいいぜ。くだらない饒舌がなくて、清潔だね」
失われた少年時代を嘆く必要などない。
卓一はそう思わずにはいられませんでした。
そして、恋の真似事も、もう必要ないのだと。まして、恋のまねごとなど。
ただ、流れるままに任せておけばいいじゃないか。
それで腹が立たないのなら。

それから数日後のことだった。
野々宮が突然、卓一を訪ねてきたのは。
卓一は、すでにその重たさにうんざりしながらも、彼を迎え入れないわけにはいかなかった。
――それが前日の出来事だ。
その翌日は、また他巳吉がひどく唐突にやってきた。
もう師走に入っていた。

「お仕事に興味は持てましたか?」と、野々宮は卓一を見ると、親しみを込めた微笑を浮かべてまず尋ねた。
ちょうど街には、しっとりと湿気を含んだ冬の夕闇が落ちかけていて、街灯がともり始める時刻だった。
田舎の新聞社というのは、のどかなものだ。
朝刊の編集も、だいたい夕方の六時頃には終わってしまう。
あとは当番の者を残して、みんな引き揚げてしまうのだ。
夕方の最も忙しい時刻ですら、たった一つの記事を眺めながら、欠伸をし続けている男がいた。
東京の新聞社の風景を見慣れた目には、まるで銀行にでもいるような、緩やかな時間が流れるだけの印象的な風景だった。

「特に興味もありませんが、いやなこともありませんね」と卓一は答えた。
「無意味に疲れることが多いのです。それに比べて、仕事をしたという充足感を覚えたことはほとんどありませんね。その方が結局好都合だという考え方をしているのです。自分の問題の急所には触れてくるものがないからです。日々是好日(ひびこれこうじつ)というやつでしょう。僕の昨今はそれで十分だという考えが離れません」

編集の仕事は、低調を極めるものだった。
一つの思想を主張するとか、思想によって紙面を統一することは、もちろんここでは夢のような話だ。
恐らく記事の不足はあっても、選択すらあり得なかった。
卓一の仕事は、しかし直接編集に関係のない部門の方に、むしろ重要なものがあった。
地方新聞の例に漏れず、卓一の新聞も政党の機関紙であるが、田舎の政治家や土地の名士と、新聞を通じた政治上の関係において会談するのが、主要な仕事であったのである。
そのための訪問もしなければならないし、旅行もしなければならなかった。
そういった仕事の愚劣さに、しかし卓一は、まるで不感症であるかのような悠々とした態度で、後悔も嘲りも感じることなく浸りきっていたのだった。

二人は食事のために街へ出た。
弁護士の大谷に呼び出しの電話をかけて、三人は酒場で落ち合って酒を飲んだが、野々宮はいくらも飲まないうちに、泥酔した時とは調子の違う嘔吐を催して苦しんだ。
酒を好まない野々宮であったが、衰弱が激しい様子で、胃が酒を受け付けないらしかった。

旅行から戻って以来、野々宮は、孤独な夜を迎えることができなくなっていた。
毎日は霙(みぞれ)でなければ、雨の夜が多かった。
降るもののない日でさえ、まるで水中にいるような湿気の深さと暗さなのだ。
野々宮は黄昏(たそがれ)が近づく気配を知ると、街で大谷を探し出し、深夜まで離れることを好まなかった。
昼と夜の別が、これほどまでに人の心を異ならせることを、彼は初めて知る思いがした。
夜の気配が近づくたびに、あらゆる不安と絶望が蘇らないことはなかった。
しかもそれらを包んでいるのは、果てを知らない虚しさなのだ。
浮かび上がる想念の数々は、色あせ果てて現実感に乏しく、死の国の絵巻物を広げるような無力さだったが、それを取り巻く焦燥と不安の激しさだけは、あらゆる絶叫をもってしてもなお到達しがたい、この現実の頂点を示していた。

雑貨屋の二階を妻君に見限られてからというもの、彼は旅館の一室に寝泊まりしていたが、彼の境遇にうってつけの仕事があって、昼はそれに追われていた。
ある素封家(大金持ち)の依頼によって、亡くなった土地の名士の伝記をまとめていたのである。
ちょうど時を同じくして二つの伝記を引き受けていたが、一つは平凡な政治家であり、もう一つは明治時代の新潟を切り開いた医師であった。
調べてみると、彼等の残した業績は取り立てて語るほどのものもなかったが、人間としての性格や行為の方が面白く、親しみも持てる人たちだった。

野々宮は、確かに仕事に没頭した。
仕事に面白みを感じているとも思わなかったが、ふと気がつくと、自分を忘れて仕事に没頭している自分を見出すのだった。
そして二人の伝記の主へ、その親しさを肉体的なものにまで深めている自分を知った。
時々彼がふと手を休めて我に返ると、伝記の主が、彼の後ろに立膝をして、両側の肩の上から首を差し伸ばし、彼の仕事を読んでいた。

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