娘のように、愛おしかった。
「人々が恐れ、憎しみを向けるような場所に、静かな休息があったのだね。そのことが、私にもわかりかけてきたのだよ。私の知らなかった場所が、今さら私に、なんらかの恐ろしさ、いわば悔いのようなものを与えないこともないのだ」
「この世界は、不健康な世界なのです」と、野々宮が冷ややかに言った。
「すべて娼婦的な世界は、傷つけられた肉体と、まごころのほかに何もないのです。そのどちらも、安っぽいものですね。しかし人々の心に背負った十字架は、もっと激しく、健全なはずのものです。人の健全な苦しみというものは、永遠に、おそらく医しようのないものでしょう。それを一応、癒やすことができるかのような不健康さと安っぽさを用意した惨めな国が、ここなのですね。絶頂や、混乱や、呻きや、慟哭や、それらの健全で激しいものは、癒やされることのない宿命のもとにあるべきはずのものなのでしょうね」
野々宮の冷たい語り口に、左門は呆気にとられた。言葉にこもった憎しみのために、左門の胸は、まるで突き刺されたかのような冷たさを感じた。そんなふうに冷たく言い切ってしまっていいのだろうか。このいじらしい女たちに対して。あまりに残酷ではないか。しかしこの人は冷然として、そのむごたらしさを、微塵も気にしていないようだ。
左門は途方に暮れた。この人さえも、もはや左門が踏み込むことのできない扉の向こう側にいるのだろうか。頼みの最後のひとりにも突き放されたような当惑だった。どうしていいのか、わからない。結局、自分だけがたったひとり、取り残されているようだった。慟哭が、胸から突き上げてくる思いだった。
左門の焦りとは裏腹に、惨めな結末は訪れた。あまりに惨めなものだった。考えうる限りのあらゆる不安を想像していた左門でさえ、その結末だけは想像の外にあった。木村重吉の奔走も徒労に終わった。
そして、無駄な日々が過ぎたある日。薄暗い編集室で無心に事務をとっていた木村重吉は、思わず顔色を変えて立ち上がっていた。彼はちょうど、警察担当の記者が渡した原稿を読みかけていたところだった。
まだ高梨が前田医院で助手を務めていた頃のことである。下宿先の役人の娘を妊娠させたことがあった。すでに高梨は、小金を握った未亡人を言葉巧みに手なずけて、開業していた。役人の娘は自殺した。それはすでに半年前のことだった。役人は世間体を恥じて、自殺の原因を別のことにしてごまかしたため、高梨の名前は表に出ずに済んだのである。
しかし月日が経つうちに、役人は悔しさがこみ上げ、我慢できなくなった。そして半年も過ぎてから、警察へ訴え出たのだった。ところが、偶然にも同じ日、老いた役人が悲痛な訴えをしたその日に、高梨が開業するための資金を出していた未亡人もまた、婚約を破棄されたとして警察へ泣きついてきたのです。
蓄えていたお金はすべて引き出された上に、高梨は別の女を作って遊び回り、行方もしれないという話でした。
話題に事欠くこの街では、これだけの事件でも四段、五段抜きの大きな記事になります。
卓一の新聞社は、紙面の隅にある穴のような目立たない場所に十行ほどで済ませましたが、街の勢力を二分するもう一方の新聞社は、この記事を写真入りでトップに掲載する始末でした。
意図的に対立したわけではなく、たまたま他にめぼしいニュースがなかったというだけの理由です。
もし相手が高梨でなかったら、卓一の新聞社も同じように扱ったはずでした。
調べてみると、高梨の被害者は一人や二人ではありませんでした。
まるで禁漁区に釣り糸を垂れたかのように、次々と被害者が浮かび上がってきたのです。
人妻もいれば女学生もおり、踊り子もいれば女給もいました。
高梨がこの土地の出身ではなく、よそ者であったことが、因習にとらわれ、閉鎖的なこの港町の心証をいっそう悪くしたのでしょう。
一時は高梨の名が「色魔」の代名詞として日常的に口の端に上り、退屈した市民たちの夜話の種を賑わせていました。
警察が動き出してから二日後、高梨は温泉も何もない小さな町で捕まりました。
言うまでもなく、田巻文子が一緒でした。
話は名実ともに大ニュースとなり、この港町の夜話は沸き上がり、ますます賑やかになるばかりでした。
事件の最初から大きく記事を扱っていた新聞社は、思いがけない金的を射止めたような気分で、鳴り物入りで書き立てていました。
左門は彼らとは反対の立場にいた人間です。
一方、卓一の新聞社は、その金的が最初から分かっていただけに、逆に記事を小さく抑えなければならないという、割の悪い戦いをしていました。
高梨は新潟へ護送されるとそのまま留置され、文子は取り調べが一通り済むと、雪の降り積もる深夜、田巻左門のもとへ引き渡されました。
文子たちが護送された朝、左門は人目もはばからず、一人で駅に立っていました。
新聞社の写真班が彼の姿をカメラに収めましたが、左門は表情一つ変えませんでした。
写真を恐れる気配さえありません。
護送車を追いかけて、左門の車も警察署へと向かいました。
誰がどのように諭そうとも、左門は決して聞き入れませんでした。
警察の片隅のベンチに腰を下ろし、取り調べが終わる深夜まで座り通したのです。
警察側が折れ、その夜のうちに文子の取り調べを完了しなければなりませんでした。
この荒々しい出来事の一方で、卓一をめぐって、思いがけない事情が起きたのです。
五
文子が左門のもとへ戻ってから、それほど時間が経っていない頃の話です。
大念寺の離れに、古川澄江が訪ねてきました。
吹雪のひどい夜でした。
吹雪の夜は、暗い空を走り抜ける北風の悲鳴を聞くだけでも、やりきれない気持ちになります。
卓一が少年の頃は、吹雪の夜と言えば決まって電灯が故障して消えてしまうものでした。
夜明けまで消えっぱなしだったのか、真夜中頃に直って明かりがついたのか定かではありませんが、卓一は蝋燭のちかちかと揺れる光の中で、いつも眠りについていたものです。
「ヒューヒュー」という北風の悲鳴が遠い空から泣き狂うようにして吹き荒れ、ドッと家にぶつかってきます。
屋根の横で激しく舞い、やがて悲鳴は街を走り去るのですが、まるで礼拝堂の中に籠って蝋燭のかぼそい光の下にひれ伏し、神の御名を唱えながら、礼拝堂の外を駆け回る妖怪たちの叫びや罵りを聞いているような、心細い思い出です。
今ではそんなことはありませんが、子供の頃は風の悲鳴が聞こえるたびに、妖怪の存在を感じて恐ろしかったのです。
近頃は吹雪の夜でも、めったに停電することはなくなりました。
吹雪の日、風に追われて歩くのはそれほどでもありませんが、風に逆らって歩くときには、大の男でもさすがに辟易するものです。
まともに息もつけず、二歩進んで一歩下がるような状態で、目も開けられない始末であり、着物はさらわれてしまいそうで、うかうかしていると何の抵抗もできずに吹き飛ばされてしまいそうになります。
近頃は自動車があるので不安はありませんが、人力車が街の唯一の交通機関だった頃は、吹雪の日には車を走らせることさえできませんでした。
吹き飛ばされてしまうからです。
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