初級翻訳・曽我の暴れん坊 第3話

坂口 安吾

なんと卑怯な真似をしてくれたものだ!
さあ、男らしく正々堂々と勝負しろ!」
「拙者にはある重大な事情があって、今はどうしても命が惜しい身でござる。お怒りはごもっともですが、どうか平に御容赦願いたい!」
「どんな事情があるのか知らんがね、こっちの事情のほうが、お前の事情よりもはるかに一大事なんだよ!
自分の女房と不貞な関係にある男を見逃せるわけがないだろう!」
「この件は、また後日ゆっくりとお話しいたします。本日はどうか見逃していただきたく、こうして心から頭を下げてお願い申し上げます!」
(また始まったよ……)と呆れた五郎は、背中から大きな弓矢をスッと取り外しました。
それはそれはものすごく大きな弓でした。
普通の弓の倍はあろうかという、握りの太い重籐(しげとう)の弓に、一尺(約三十センチ)近くもある鋭い矢じりがついた長大な矢です。
ふと見上げると、はるか上空の空高く、二羽のトビが「ピーヒョロヒョロ」と気持ちよさそうに飛んでいました。
五郎はその矢をつがえると、弓をこれでもかと力いっぱい引きしぼり、一気に放ちました。
続いて、すかさず二の矢を放ちます。
どう考えても弓矢の届くはずのない、はるか遠くの天空を飛ぶトビです。
しかし、不思議なことに、その二羽のトビはまるで吸い寄せられるように、クルクルと地面へ落ちてきたのです。
五郎は、自分たちを取り囲んでいる平六の家来たちに向かって、ケラリと言いましたおい。
「おい、そこに落ちたトビを拾ってきてくれないか?
昨夜から何も食べていないものだから、腹ペコでたまらないんだよ」
家来の一人が拾ってきたトビの一羽を、平六が手にとって調べてみると、なんとトビの体のド真ん中を矢が完全に突き抜け、矢の羽の部分までが半分ほども生々しい肉の中にグイとくい込んでいました。
なんと恐るべき強弓の怪力でしょうか。
平六が家来たちの顔を見渡すと、全員が口をポカンと半開きにしたまま、まるで魂を抜かれたような顔で突っ立っていました。
それもそのはずです。
なんと五郎は、そのトビの首をちぎりとると、湧き出る血をその場で美味しそうにすすり始めたのですから。
「どうやらひどく空腹でおろおろしておられるご様子。
こちらとしても、食事の邪魔をするのは無作法というもの。本日はこれでお別れといたしましょう。
また後日のご挨拶を楽しみにしておるぞ!」
平六はそう言って胸を張り、愛刀の反(そ)りを美しく見せながら、馬をユラユラと揺らしながらその場から去っていきました。
十郎は五郎の手の中からトビをバッと奪い取ると、地面に力いっぱい叩きつけました。
「だから、仇討ちまでは大切な命だと言ったはずだ。
つまらないことで無駄な騒ぎを起こすなと、いつも言っているだろう!」
「わかったよ。
よーくわかったってば。
それにしても困ったなぁ。
また居候できるあてがなくなっちまった。
平六の女房も、三浦の叔母さんも、どっちもめちゃくちゃ旨いご馳走を腹いっぱい食べさせてくれたから、どうしても目がチラついて離れないよ……」
十郎の頭からどうしても離れないのは美しい女たちの顔、そして五郎の頭からどうしても離れないのは山盛りの美味しいご馳走の数々でした。
「大磯(おおいそ)に次の頼みの綱があるから、心配するな」
「そこには旨いご馳走があるのかい?」
「大丈夫だとも。
なんたって料理屋だからな」
「それはめちゃくちゃ心強いな!
しかし、兄貴ってやつは、いっつも思わぬところにすごい味方がいるもんだなぁ」
「何を言う、そこの一人娘がオレの最愛の恋人なのさ」
「またそれかよ……」
五郎はすっかりガッカリして肩を落としました。
(五郎は暴れん坊、兄の十郎は女に夢中)

 大磯は、当時このあたりで最もにぎやかな一大遊び場でした。
その歴史は古く、大昔に遡ります。
はるか昔、西の地を追われたらしい高麗(こま)の豪族の一族や郎党が大勢、船に乗って逃げてきて、この海岸に上陸したのです。
今でもこの地には高麗神社があり、彼らにとってはここは歴史的で記念すべき上陸の聖地でした。
その後、多くの人々はそれぞれの山奥へと移り住んで土着していきましたが、あの有名な武蔵秩父(むさしちちぶ)の高麗村にある高麗家の古い記録にも、彼らの祖先が大磯に上陸したということがしっかりと語り継がれているのです。
大半の人々は奥地へと散っていきましたが、少数の人々はこの海岸の土地にとどまり、街道を行き来する旅人たちを相手に商売を始め、現代の駅前マーケットのような活気ある市場を作り上げていたのです。
ところが、源氏の天下となり、鎌倉に幕府が誕生すると、京都と鎌倉を結ぶ東海道が日本一の幹線道路になったため、大磯のマーケットはみるみるうちに大きくふくらみ、鎌倉近辺では文句なしの第一番の遊び場へと成長していきました。
このマーケットを代々仕切る親分、いわば「大磯の長者」と呼ばれた人物がいましたが、現在の長者はなんと一人の女将さんでした。そして、その一人娘の名前を「虎(とら)」と言いました。
彼女は世にも稀な絶世の美人でした。
大昔から、街道筋のマーケットの長者というのは、旅人のための旅館を兼ね、料理屋や女郎屋も兼ねた、いわば現代の特別なお店のような場所でした。
そこの娘が白拍子(しらびょうし)の舞い手として表舞台に立ち、身分の高い上客の相手をすることは古くからの習わしでもありました。大磯の長者の娘である虎も、まさに花の盛りのころ、京都の伏見の大納言(だいなごん)を客として迎えた際に生まれた子どもだったのです。
一人娘の虎はそれはもう大切に大切に育てられ、一通りの学問や和歌はもちろんのこと、琴や笛といった様々な楽器、そしてあらゆる遊芸を完璧に身につけて見事に磨き上げていました。中でも彼女の舞いは、言葉では言い表せないほど素晴らしいものでした。
そのうえ彼女は誰もが振り返るほどの絶世の美人であり、「世の中にこれほどまでに美しい女性がいるだろうか」と、鎌倉の武士たち、つまり当時の独裁政府のそうそうたる偉い御歴々たちの間でも、ものすごい大評判の麗人だったのでした。しかし、いかに教養が高く、何不自由なく育ったといっても、その教養も不足のなさも白拍子としての定めであり、一生の宿命はどうすることもできませんでした。
呼ばれれば客の席へも出なければならず、特別の上客にはその枕席にも侍らなければならないのです。
虎にとってはまことに悲しい生活であり、なんとも汚らわしく腹立たしい日々なれど、たまたま曾我十郎という恋人を得て、人生の希望を知ることができるようになったのでした。
とかく女に無責任な十郎でしたが、この虎にはぞっこん参っていました。
お互いに固く来世までの契りを結び、「決して離れません離しません」と熱々の間柄だったのです。
「この虎という女だけはオレが心から愛しているのだから、お前も今度は夜逃げをしなくとも大丈夫だ」
「そうかも知れないね。

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