初級翻訳・吹雪物語 第12話

吹雪物語

それだけが、今の自分には清潔なものに見えたからだ。
それなのに、自分が求めるものに酔うことができないのが不思議でならなかった。

一方、野々宮と由子の愛は、そのころ破綻しかけていた。
こんな出来事があった。
野々宮の友人に大谷という弁護士がいる。
この弁護士は以前から野々宮の相談に乗っており、由子との愛がどうなるかはさておき、行き詰まった生活から抜け出すには離婚が唯一の策であるという考え方に同意していた。
野々宮の生活は行き詰まっていた。
結婚生活も、そして恋愛も行き詰まっていたが、おそらく同時に、世の中を冷ややかに見る彼の厭世観(えんせいかん)も、自滅する限界点に達していたのだろう。
大谷は仕事で上京することになったため、ついでに野々宮の妻の実家へ寄り、最後の話を切り出してみる手はずになっていた。
妻の実家は東京にあった。
野々宮は大谷を駅まで送ったが、自分自身の当面の問題にもかかわらず、離婚の成立に必死になることもなく、期待も抱いていなかった。
せっかく離婚したところで、破綻しかけた由子の愛が取り戻せるとも思えなかったからだ。
しかし、彼の気乗りしない理由はそれだけではなかった。
生きることそのものの悲劇に、どうやらうんざりし始めていたのだ。
いっそのこと、自殺してしまってもいいのではないかと思い始めていた。
生きることに、すでに意欲がなかったのである。

しかし、大谷が持ち帰った知らせによれば、離婚は案外簡単に進みそうだった。
それを野々宮は由子に語った。
「あなたが結婚に乗り気でないのは知っています。そして僕も、必ずしも離婚にすら、乗り気ではないのです」
それは、結婚に気乗りのしない由子への皮肉のつもりではなかった。
むしろ独り言に近い心境だったと、彼は信じていた。
「当然の結果を避けたがる人もいれば、無用な結末を求めたがる人もいる。おそらく、それは好みの問題に過ぎないのでしょう。別居の必要はあるにしても、離婚そのものに本当は必要なんてなかった。いわば無駄な行いですが、趣味として、僕にとっては確かに必要だったのかもしれません。結末を求めずにはいられなかったのでしょう。あなたを追い詰めるために、離婚を道具にするつもりはありませんよ」
彼はそう言って笑った。
「愛されているから一緒にいなければならない、なんていう引け目はないでしょう。夫婦というものほど、その愛情が不純な場合もありません。愛情が負担になるだけの生活の重苦しさを考えてごらんなさい。非常に野蛮な暴力ですよね。夫婦関係におけるこの不自然な愛情の圧迫は。二人だけの世界なのです。すでに二人に限定された世界が、そして『二人だけ』ということが、不自然だとは思いませんか。打開策を求めるとすれば、二人の結びつきを破壊する以外に、手段はありません。それをあなたは、悪いことだと思いますか。僕は疲れているのです。妻も疲れているでしょう。そして疲れていないのは、僕たちを疲れさせているこれらの無法な観念だけだと思いたいほど、疲れ方が不自然なのです。時々は、部屋の窓も開けてみたくなるでしょう。破壊。離婚。要するに、僕にできることは、たかだか部屋の窓を開ける程度の弱い動きに過ぎないのですね」
「奥さんのところへ、お帰りなさい」と、由子は答えた。
「窓のない部屋に住む人だっているでしょう。女というものは、そのように諦めるように慣らされているのですから」
「建築の相違は、仕方がないでしょう」と野々宮は退屈しきった様子で答えた。
快い虚しさ以外に、何もなかった。
離婚も良し、愛情の破綻も良し。
そして、死も。
――奥さんのところへも、あなたのところへも、帰らないさ。
僕はとにかく、やがて死ぬことになるだけだろう。
野々宮は心の中でつぶやいていた。
そのことだけが、すでに確定されている安らぎだった。
その厳しさこそが、彼の唯一の救いだった。
それゆえ、語る言葉もなかった。
やがてすべてが解決されるだろう。
すべてが。そして、自分さえも。
いや。
行くべき場所へ、行かされてしまうのだろう。なぜなら、それは自分自身の意志ですらなかったからだ。
……それはまるで、死そのものが持っている意志のように思えた。
曲げることができず、また甘えることも許されない、冷たさだった。
それゆえにむしろ、その冷たさに身を預けることが、彼を休息させてくれるのだった。
すでに自然な結末が訪れるのを、ただ待つばかりだった。

野々宮は、由子に言った。
「数日、静かな山へ旅行に出かけませんか。尾瀬か、野尻に。少し寒すぎるかもしれないが、まだ雪は降らないだろう」と。
「今からすぐにも!」由子は叫んだ。
「冷たい山の枯れ葉を踏んで、歩いてみたいわ」
「歩くには、寒すぎるかもしれません。この季節では、明日にも大雪が降りかねないので、期待しているような旅行になるとは限りませんが」

しかし、山々の静寂は、野々宮の身に沁みるように思えた。
湖面を走る風の冷たさが、すでに心に深く沁み込んでいるのだ。
沼は暗く、静かだろう。山々は、いつも濡れている。
おそらく空など、ないだろう。高原に、そして裸木と裸木の間に張り詰めている冷たさが、空と同じ虚しさだからだ。

そのころ、野々宮は雑貨屋の二階を借りて、身を隠していた。その部屋の存在は、大谷と由子のほかに知る者がいなかった。
ところが、旅行の約束を結んだ翌日のことだった。野々宮の妻が、雑貨屋の二階へあばれ込んできたのだ。
彼女に隠れ家を教えたのは一枚の葉書で、そこには由子の署名があった。
疑いようもなく由子の筆跡であることを、野々宮は知った。

野々宮は、呆然とするしかなかった。
この葉書を書いたとすれば、山へ行く約束をした後のことに違いない。
そして、あの約束を思い出してみるがいい。「今から、すぐにも!」由子はそう叫んでいたのだ。
そのとき由子の瞳には、一途に山をあこがれる情熱だけが宿っていた。ほかの隠された心など、読み取れるはずもなかった。
その記憶があまりに鮮明であるだけに、かえって由子の冷たい心が厳しく迫ってくるのだった。
裏切りこそが、心のすべてであるかのように。悪そのものが、心のすべてであるかのように。
怒る手段さえないような、突き放された冷たさを、見つめずにはいられなかった。

二人の恋は、もう終わったと、葉書に語らせているのだろうか。
由子の恋は、すでに冷めかけているのだろう。
とはいえ、これほど破壊的な手段によって心を語らなければならないほど、溝の深い間柄ではないはずだ。
自分は何かを由子に強要しただろうか。
愛情ですらも! 野々宮はそう思わずにはいられなかった。
むしろ、愛情の裏返しではないのかと疑うほどだった。

人々の心には、生活の波というものがある。
自ら心が満ちる時期もあり、自ら心が冷める時期もあるのだ。
そして心が冷める時期には、もしそのとき誰かを愛していたとしても、愛情そのものが冷めてしまったように感じてしまうものなのだろう。
由子のような女には、その心の波立ちが激しいはずだと野々宮は思った。
由子の心に「退潮」の時期が来ていたのではないか。

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