初級翻訳・吹雪物語 第27話

吹雪物語

低俗な男たちの遊び相手にしか値しない女と言えるでしょう。
その平凡さと、無気力すぎるほどの素直さの裏には、男の低俗な意志や欲望によってのみ歪められ、育てられてしまうような動物的な危うさが感じられ、野々宮に不潔な印象を抱かせました。

文子とはじめて踊った夜。
あれは苦痛な一夜でしたが、夢のような一夜でもありました。
そして野々宮は、その翌日からほとんど文子のことを忘れていました。
彼には、新たな夢の国が開かれていたからです。
緑の幽かな光を見た深夜の酒場が、翌日の彼の頭に焼き付いていたのです。

あのとき、扉を押して暗闇の中へ入ってきたのは、確か三人の女たちだったようです。
女たちは野々宮を認め、叫び声をあげかけたようでした。
そして騒ぎが起きかけようともしたようです。
しかし彼女たちは酔っ払いに慣れてもいましたし、時ならぬ深夜の酔客の訪問にも慣れっこだったのです。
もともと鍵をかけ忘れて出かけたことが間違いでした。
馴染みの一人が酔いつぶれて迷い込み、寝ているのだろうと思ったのでしょう。
「誰よ。あんたは」という声にも、知り合いを予期する心がこもっていました。
明かりがつきました。
そして野々宮は落ち着いていました。
野々宮は静かな声で女たちに語りかけました。
「夜明かしの店を探していたのです。眠ることができないから。そういう店がどこかしらにあるはずだと思い込んでいたからです。街という街を歩いたような気がするのです」

「そんな店がどこにありますか!」と、洋装した女の一人が怒って叫びました。
三十前後の年配でした。
外套を羽織っていましたが、腕を袖に通さないので、両袖がだらりと垂れて揺れていました。
奇妙なことに、それがはっきりと彼の印象に残っていたのです。
この女は、いっぱし肩を怒らせて、胸のあたりで両腕を組んでいたようでした。
恐らく酒場のマダムなのでしょう。
怒気たっぷりの、その単純な腹の立て方がおかしいのでした。

「そんな変てこな店がどこの国にありますか!」と、女は腹立ち紛れにもう一度繰り返して叫びました。
「びっくりさせるじゃないの。心臓が破裂したかと思ったわ」
「あるいは僕の方も」野々宮は笑って答えました。
「許しを受けた、静かな安息の場所のひとつに違いないと、うっかり思っていたのです。ひどく疲れていたのです。頭が痺れて、考えもまとまりがちで。こういった結果を予想してみる一秒の余裕もなかったのです。この椅子に腰を下ろして以来、僕の頭を占めていた不思議な空虚感は、言葉では説明できません。ただ安らかであった、ということだけは言えるのですけれど」

そのときは長い夢から目覚めたような思いでしたが、翌日の心で思い返すと、やはり夢の中の出来事でした。
不思議な落ち着きと安らかさは、あのときもまだ続いていたに違いありません。
二言三言の説明で、女たちにあの安らかな空虚な憩いが納得できるはずもありません。
いいえ。恐らく誰にとっても。
自分自身でさえ、すべてが夢のようなのですから。
「私たちが帰らなかったら、あなたは朝までいるつもり?」
女も怪訝な表情でした。
しかし野々宮の落ち着きが、危険のないことを女たちに伝えることはできたようです。
怒気と敵意は、女たちの中にもはやありませんでした。
「まっすぐ帰っておやすみなさい。開いている店なんてもうないから」女はもはやうるさそうに言うのでした。
「夜明かしの店なんか、日本中に一軒もないよ」

女の最後の皮肉な言葉を思い出すと、野々宮は再びおかしくなるのでした。
単純ではあるけれど、生き生きとした魂に触れたような気がしたのです。
休める店はおそらく地上にはないのでしょう。
野々宮には安らかなものが流れていました。
そして彼はつぶやきました。
地上に休む所はない。恐らく単純な魂の宿る家をほかにしては。
――あの酒場を探し出そう。そしてあの女に再び会おう。あの単純な魂の女に。

夜が来ました。野々宮は酒場を探し始めていました。
そして探し始めると、意外な困難が分かってくるのでした。
心覚えのある一角を幾度往復してみても、昨夜の酒場はないのでした。
心覚えのある一角が、すでに別の場所だったのでしょうか。
そのとき、雪が降り出していました。
牡丹雪です。暮れかけた夜の街へ、ひどくのんびりと落ち始めていました。
それからすでに四時間近く過ぎていましたが、酒場は皆目見当たりませんでした。
野々宮は時々ほかの店で休んでは、昨夜歩いたすべての道を思い出そうとしました。
――西堀の柳の下の屋台店には、今宵もすでに明かりが灯っています。
そうしてみれば、あながち夢ではなかったのです。
雪が積もってしまっていました。
とにかく緑の窓掛けです。店の構えに心覚えはないのですから。
そして窓に近い場所に、右か左かは知りませんが、とにかくひとつの街灯がなければならないはずでした。
しかし野々宮の捜索の足は、自然と小さな一角へと限定されてしまうのでした。その場所が一体どこで、どうして記憶に残っているのかと問われても、自分でもよく分かりませんでした。
ただその一角を歩いていると、昨夜たしかに歩いたのだという親しみだけが感じられるのです。
そこから一歩外へ出ると、まるで知らない国へ迷い込んだような白々しい気分になり、心がすうっと冷めていくのでした。
野々宮にとっての頼りは、ただその感覚だけでした。
ですから、何度探しに出かけても、野々宮の足は結局その場所へ戻ってきてしまうのです。
同じ一角を、一体何度歩き回ったことでしょう。
その界隈に、ぼんやりとした全ての記憶をあわせると、ここしかないと思える地点がありました。
間違いなく、そこに一軒の酒場があるはずなのです。
野々宮はすでに三度、その店の客となっていました。
店にいる女給たちに昨夜のことを話してみても、皆「知らない」と答えるばかりでした。
確かに、店内の様子が違います。
店の中こそ、彼には鮮明な記憶があるはずなのです。
いや、違う。
店内の記憶がないことには、どうしようもありません。
何よりもまず、植木です。
そして、あの緑色の窓掛け。
植木の陰にある椅子の配置も、忘れられません。
しかし、この酒場の内部は、記憶と全く異なっていました。
やはり違うようです。
彼は諦めて店を去ります。それでも、探し疲れて再びその一角へ戻ってくると、どうしても同じ店に入らずにはいられませんでした。
どうしても諦めきれないのです。
その執着心が自分でもはっきりと分かるたびに、彼は泣きたくなるほどでした。
同じ酒場へ何度も入ってしまう自分の足を、どうしても止めることができないのですから。
すでに三度目になっていました。
女給たちの呆気にとられた顔を見ると、彼は絶望したような苦笑と放心を浮かべるのでした。
それでも彼は、素早く室内の様子を確認することを忘れませんでした。
何度確かめてみても、結局は同じことでした。
全く違っているのです。
クリスマスが近いので同じような植木はありましたが、置かれている場所が違い、窓掛けも緑色ではありませんでした。
椅子の配置も、彼の記憶とは違っています。
何よりもまず、女たちが昨夜の女とは別人なのです。

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