初級翻訳・吹雪物語 第11話

吹雪物語

世間には、ダンス自体がすでに悪徳であるかのように言う人もいます。左門はそれを信じていませんでしたが、悪徳へ導くきっかけの一つとしては、それも挙げられると思ってはいました。いや、一般的に常識とされるこの考えを、彼もあえて否定はしないという程度でした。誰しも当然抱いているこの考えに気づかなかったという言い訳を、左門は自分自身に納得させることもできません。
しかし、文子に踊りを与えた左門の心は、堕落の憂いに汚れたものではなかったはずです。恐らく左門は信じきっていたのでしょう。文子に限っては、その心配はいらないのだ、と。疑うまでもなかったのです。左門にとっては、文子だけがこの世に一人しかいない特別な女だったから。

断髪は左門の意志ではありませんでした。言い出したのは文子だったのです。そして、もはや単なる断髪の問題だけではなかったのです。それは「心」の問題でした。左門の予想もしなかった一つの心が、こうして現れ始めたのです。他巳吉の言う「魔性の兆し」を見たのでした。彼は裏切りを受けたような、寂しさに沈む心を感じていたのです。けれども、左門を裏切るようなことをしたのが、文子であるはずはなかった。
裏切るようなきっかけを与えてしまった左門のうっかりした振る舞いこそが、いわば左門自身を裏切っていたのだ。
文子を責めてはいけなかった。
左門は自分自身にそう言い聞かせていたのである。
「私は、若さというものを何も知らずに、うかうかと年老いてしまったものだね。
悔やんでも悔やみきれない気持ちもするし、かといって諦めるしかないという思いもする。
老人たちは、若者の若さを妬んではならないのだね。
私どもの孤独感や、思い出の味気なさを思うと、お節介な忠告というものも、あまり信用しては困るらしい」
と、左門は他巳吉に言った。
それも確かに偽りのない、左門の心からの言葉の一つであった。
「見なさい、大寺さん」と左門は、踊る文子の姿や、踊る人々を見渡しながら、ダンスホールで他巳吉に言った。
「私は踊る人たちが羨ましいね。
私もあのようでありたいと思うのだ。
所詮は男と女の世界ではないか。
人間が幸福であってはいけないという理屈はないのだね。
私は諦めることの静かさや安らかさしか知らなかった。
私が恐れていたことは、実は私のあこがれていたことでもあったが……」
こうして左門は、まるで他巳吉に訴えるような切なさで、決して文子を弁護していたわけではなかったのだ。
それもまた、偽りのない左門の気持ちの一つであった。
そして、踊る文子の姿がいじらしく、切ないほどにいとおしく思われてしまう。
けれども、文子に見捨てられ、裏切られたような寂しさが、老いと孤独というあの諦めの足音とともに、いつしか死へと急ぐように彼の心をさらっていた。
その侘しさを、どうすることもできないのである。
「理屈というやつは、俺の苦手だ」と他巳吉は卓一に鬱憤(うっぷん)を漏らした。
「俺のへそくりの五百円だったら、別嬪(べっぴん)が人手に渡ってしまうようなものだがね。
これが黙っていられるかね。
え。
あんた。
ひどいことをするものだ。
今さらあんた、俺が力んだところで、七十二の二枚目(いい男)になれるわけでもない。
だからさ。
え。
卓一さん。
ここはひとつ、あんた、どうだね。
男の見せどころというやつだ。
ここは一番、あんたが乗り出していくところさ」
他巳吉は、重なる鬱憤にたまりかねて、卓一を訪ねてきたに違いなかった。
他巳吉が訪ねてきた前日には、同じような時刻に、野々宮の思いがけない訪問があった。
そのころ由子は、野々宮の愛人であるよりも、すでに卓一の愛人となっていた。
卓一は由子のすすめで、社交ダンスの教習所へ、しばらくの間通っていた。
しかし、踊りは退屈だった。
由子と踊りたいというはっきりした目標があったにもかかわらず。
卓一にとって、踊りは単に、好色の道具にすぎないはずだった。
由子と共に語り、由子と共にお茶を飲むことは退屈だった。
踊りは言葉の代わりであり、お茶の代わりのつもりであった。
しかし習い始めてみると、言葉とお茶の方が、むしろ踊りの退屈さに勝っていることを見出さずにはいられなかった。
ジャズの音楽は、踊りのステップを規定するばかりでなく、踊る人たちの精神まで規定しようとするのであった。
踊る二人の気持ちが通じ合っていなければ、音楽の甘ったるい意味にはついていけない。そうなれば、踊りは退屈さで人を苦しめるばかりでなく、音楽の鼻につくおしゃべりによって、人を疲れさせてしまうのである。
卓一は踊りたいのだ。
何も考えない痴呆のように。
卓一はすでに自分を放棄していた。
この土地へ流れてきたのは、そのためだ。
そして、それにふさわしい女友達がいるではないか。
しかも、酒に酔えない自分に、うんざりせずにいられなかった。
「踊りなんか、やめましょう」と由子が言った。
卓一の惨めな努力が、由子に伝わってしまっていたのだ。
「私も、踊り、退屈。
自然な生き方をしましょう」と。
由子は酒に強かった。
酔っても乱れることがなかった。
結局二人は、会えば酒を飲むことが習慣のようになっていた。
酒に酔うことはできるのだ。
しかし、恋に酔うことが、最初からできるはずもなかった。
ある日、二人は酔っていた。
店を出て、寒い夜道を歩き続けた。
行く手に神社の森があった。
昼間はむしろ俗っぽくて嫌な場所だったが、夜の深さが、それゆえ二重の空虚な闇を包んでいた。
二人の足は自然とそこへ入っていた。
卓一はかつて神に祈ったことがなかった。
神殿にひざまずき、頭を垂れたこともなかった。
彼は神殿にひざまずきたかった。
捨てられるものなら、自分ほど捨ててしまいたいものはない気がした。
たかが知れていた。
底はすっかり知れきっていたのだ。
これほど頼りないものがあるだろうか。
自分を導く何かが、すでに自分に知られてしまっているのが、惨めではないか。
彼は神殿に頭を垂れた。
未知のものだけが、すべてであった。
この現実の低さでは生きていけないという嘆きだけが、高かった。
神域を出ると、信濃川の堤に出た。
「そんなふうにして、安心したいの?」由子が、いたわるように言った。
川風が厳しかった。
体ごとどこかへ持っていかれてしまいそうだった。あの川風の厳しさがなかったら、卓一は自分の惨めさを、これほど辛く感じることはなかったに違いない。
しかし、激しい川風を、彼は自分の中に渦巻く怒りの激しさのように感じることができた。
「ああ、寒い」川風の冷たさに、由子は思わず振り返った。
「甘い人間だと思われたくないのでしょう? もっと気楽にすればいいのに、どうして神様にお辞儀なんてしないの。窮屈で、かしこまったお辞儀をして。神様に『あいつは甘くない奴だ』と思わせたところで、笑い話にしかならないじゃないの」
卓一はすでに絶望していた。
このように傷つけ合い、絡まり合う男女の姿こそが、惨めなものだった。
自由で独立した魂を、そこでは馴れ合いによって踏みにじり、価値を下げているのだ。
むしろ卓一は踊りたかった。
何も考えない痴呆のような狂騒こそが、唯一の望みだった。

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