「どうして私は、こんなところにいるの?」と、死者は不思議そうに夫に尋ねた。
「ここは、どこ?」
「お前は、死んでしまったのだ」
「そんな恐ろしいことを言わないでください」妻は震えた。
「私は生きています。
あなたを残して、どうして私ひとりが死ねるでしょう。
あなたと離れる日なんて、考えることさえできないのに」
「おお……。
お前は、本当に生き返ったのか」
彼は喜びのあまり叫び、そして笑おうとした。
しかし、絶望と疲労の影が、瞳の底をかすめて走るだけだった。
彼は妻を見つめるよりも、思わず蒼い空を見上げ、そこに浮かぶ一片の淡く小さな雲を見つめてしまった。
「さあ、私たちは帰りましょう」と妻が言った。
「ああ、帰ろう」と彼も答えた。
彼は妻の肩を抱いた。
力一杯抱きしめた。
愛おしくてたまらなかった。
まるで宿命の切なさそのもののように。
そして熱い涙があふれ出した。
妻の肩を抱きしめたまま、彼は静かな足取りを一歩ずつ踏みしめて、歩き出した。
父母が住む村とは反対の、日が沈みゆく山へと向かって歩いていった。
二人はいくつかの山々を越え、人の訪れなど一度もなかった草原の片隅に小屋を建てて暮らした。
そして二人は子供を産んだ。
……
野々宮は、この小話に『悲しみの村の歴史』という題をつけていた。
この話は、まさに『悲しみの村の歴史』第一話の要約にあたるものだった。
いわば、村の宿命的な誕生を語る、最初のエピソードだったのだ。
こうして開かれた「悲しみの村」に、やがていくつかの物語が続き、時は流れて現代に及び、現実の彼の悲哀へとつながっていく――それが野々宮の構想だった。
しかし、『悲しみの村の歴史』は、現代まで書き継がれることなく、わずか三つの挿話だけで中断していた。
それはもう十年前の話である。
おそらく彼は、続きを書こうとする意志を忘れてしまっているのだろう。
それでも、この作品には愛着を持っていた。
作家というものは、往々にして無意識のうちに自分の宿命を作品の中に予言してしまうものだ。
野々宮の場合も、まさにその例のひとつだと言えるだろう。
雲を見れば自分も雲となって流れていきたくなるような、現実への冷たい拒絶と、深い疲労感。それは言うまでもなく野々宮自身のものだ。
愛しているのに愛しきれない切なさは、これから訪れる自分の恋への予言のようなものだった。
これはもう、どうしようもないことらしい。
この人生の道のりは――と野々宮は思った。
自殺によってこの饒舌な苦しみを断ち切るほかに、おそらく道はないのだろう。
いずれにしても、この現実は退屈だ。
いくぶん侘しすぎる気もするが、それも仕方がないことなのだろう。
……
ちょうどその頃のことだった。
野々宮はある晩、卓一を食事に招いた。
由子も一緒だった。
三人は料理店の別室で食卓を囲んだ。
みぞれが降る夜だった。
この土地では、暗く沈んだ雪空の日は、一日の思想までもが理屈ではなくなってしまう。
すべてはあの雪空に支配されているのだ。
気候のうめき声こそが、すべての真実だった。
この招待は、卓一にとって気が進まないものだった。
なんという無意味な時間だろう。
そして、腐った涙のように暗く降り注ぐこのみぞれ。
退屈な人。
退屈な時間。
そして、退屈きわまる人間関係。
この町のタクシーは、いつも車庫の中に隠れている。
街を流して走る車なんて一台もないのだ。
卓一は街を歩きながら、もし由子がいなかったら、絶対にこんなところへは来なかっただろうと何度も思った。
その夜、由子は野々宮の最愛の小鳥のように振る舞った。
愛らしい小鳥。
食卓の周りを飛び回り、皿の中から飛び立ち、花の上にとまる。
喋り、笑い、まるで一面の花園の中にいるようだった。
――実際には、それほどのことではないのだ。
卓一は退屈しきっていた。
だからこそ、由子を一皿の珍味のように味わうことくらいは許されるだろうという心境だった。
それゆえ、由子は小鳥であり、食卓は花園だった。
小鳥は野々宮の最愛のもののようにはしゃぎ、そして卓一を友達のように歓迎した。
だから由子は、卓一の目にはいっそう小鳥のように映った。
特別にお喋りというわけではなかった。
忙しく動き回るわけでもなかった。
それでも多彩で、動きに満ちていて、そしてひどく可愛らしい。
多忙で、そして華やかだ。
皿の中から飛び立つ。
花びらの上へ舞い降りる。
歌う。
笑い、そしてざわめき、まるで一面の花園の中だった。
花々に紛れ込み、そして花の陰に隠れてしまう。
由子があまりにも野々宮の愛人のように振る舞うので、卓一ははじめのうちは少し驚いた。
だがやがて、彼はむしろ至極の満足を味わい始めていた。
これは新奇だな、と彼は心の中で叫んだ。
近ごろの面白みのない見世物にしては、なかなか奇抜だ。
しかし心は、一方ではそれらの饒舌を押し退けて、安らかなものになっていた。
それは寛容な心だった。
むしろ、あたたかな静けさだった。まるでだらしなく、なにか安らかな思いの中にずるずると滑り落ちていくような感覚。それは、彼にとって必ずしも不快なものではありませんでした。
「数日のうちに、ちょっとした旅行に出るつもりです。この季節の山々が、忘れられないほど美しくなってきましたから」
野々宮は卓一にそう語りました。
「疲れているときほど、自然が最高の友達になってくれることはありません。決して逃げ出したいわけではないんです。なんというか、自分と同じ仲間だと感じるのですね。山に住む人たちは、その山々と少しも変わらないものです。谷に似ている人もいれば、木陰のような人もいる。けれど、山の頂から見える景色や、空を流れる雲に似ている人というのは、なかなかいないものです。そうしたものに似るためには、まず人間というものに疲れ果ててしまう必要があるのかもしれませんね」
卓一は二人と別れて、みぞれに濡れた夜の道を、ひとり大念寺へと歩いて帰りました。
そこには「安らかな孤独」がありました。濡れた道、湿った空気、そして冷たい闇の中に、孤独が静かに息づいているのが分かりました。
夜道に出た瞬間、先ほどまで眺めていた恋人たちの微笑ましさや、あの甘い空気の流れは、まるで遠い夢のように跡形もなく消え去っていました。
そして、花束の中に埋もれたような甘美でゆるやかな安息と入れ替わりに、まったく別の種類の安らぎ――鋭く、冷たく、そして孤独が充実して満ちあふれるような感覚が胸に広がりました。
それは、今まで不思議な夢の中にいたのだと気づくような、自分の本来の場所に戻ってきたかのような、血肉に染み渡る親しさでした。
安らかな孤独! それは花束の陰に隠れたような、あの空虚な安らぎとは違いました。みぞれに濡れた体が刺されるような痛みに満ちた冷たさのように、心からの呻き(うめき)を伴う、身に染みる安らぎだったのです。
それは厳しいものでしたが、同時にとても静かでもありました。
ピシ、ピシと土を叩くみぞれの音が、まるで自分の歩む足音であるかのように、心の中へ静かに響いていきました。
――なんと安らかなことだろう。
卓一は、思わず声を上げて泣きたいような気持ちになりました。
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