初級翻訳・吹雪物語 第6話

吹雪物語

忘れ去られた村や、そこに沈んでいく夕日を愛したのです。

野々宮が好むような「低い山」を歩く趣味は、やがて「候鳥(こうちょう)」というクラブの趣味となっていきました。彼の意図とは裏腹に、クラブは自然と彼を中心に活気づいていったのです。やがて会の機関誌が作られ、サロンのような集まりが毎週欠かさず開かれるようになり、自然な流れの中で会員たちの手によって「候鳥アンサンブル」や合唱団が結成されました。白髪の老博士が娘と一緒にコーラスを歌い、それをとても高尚な趣味だと信じ込んで、疑う者など一人もいませんでした。

野々宮は、自分から発言することは少なかった。しかし、彼の控えめな眼差しを中心に、会の進むべき方向は自然と決まっていくことが多かったのです。それなのに、会の華やかな盛り上がりの中では、野々宮はしばしば仲間外れにされているようなところがありました。いわば、会に欠かせない「壁の花」のような存在だったのです。

野々宮は、いつも片隅に座っていました。たとえ部屋の中央に座っていたとしても、彼の場所は常に端っこのように感じられたのです。彼は弱々しい微笑を浮かべ、一見すると謙虚で静かな様子で座っているのが常でした。その姿は、孤独を愛する多くの人が見せるような、近寄りがたい沈黙や無粋な孤独で人を威圧するものではありませんでした。むしろ、「あなたたちは自由に話し、歌いなさい。私はそれを聞いているから」と語りかけているようで、人々の心を柔らかく解きほぐすような雰囲気がありました。

だからこそ、人々は思い思いに語り、歌い、その雰囲気に酔いしれ、この礼儀正しい孤独者を無視することが、最も自然なことだったのです。

いや、ときには彼が席上で歌うこともありました。声量は乏しかったけれど、なかなか味のあるテノールを持っていました。彼はピアノを弾きながら、ときおり巧みに低音で歌いました。そして、集まった人々から喝采を浴びるのです。それにもかかわらず、彼の個性は、歌っているその瞬間でさえ、また拍手を受けているときでさえ、忘れられ、無視されているようなところがありました。

会員の一人としての彼の特徴を一言で表すなら、最も目立たないこと、あるいは、人々を豊かにするために自分の姿を消し去ること、そんなことだったようです。何事も人に押しつける気配はありませんでした。人々は彼を囲んでお喋りや笑いに疲れ、いつも彼のことなど忘れているのが当たり前だったのです。

嘉村由子も、そのクラブの会員の一人でした。そして、野々宮の愛人もまた、同じ会員の一人だそうです。

ある日のこと、それは初秋の真昼でした。野々宮と彼の愛人が、砂丘の松原を散歩していました。日本海の海風は荒々しいものです。その風に吹き寄せられた砂丘は、大人の男でも登るのにうんざりするほど高くそびえていました。防風と砂止めのために植えられた松林は、この町で最も静かな自然の場所でした。二人は松原の砂を踏みしめ、松風の音に包まれながら歩いていました。

突然、野々宮が歌い出しました。夜会では目立たない小さな歌声でしたが、風が吹くたびに消えてしまいそうでしたが、自然の深い静寂の中では、彼の個性がはっきりと際立っていました。その歌は、イタリアの民謡『帰れソレントへ』だったそうです。

室内で歌われる音楽には、生活の余裕とも呼ぶべき感傷が混じるものです。しかしこのとき、そういったものは一切ありませんでした。ただ、生活そのものの暗さだけが、すべてだったのです。

「私たちの恋愛は絶望だわ」
その夜、野々宮の愛人は嘉村由子にそう語ったといいます。
「どうすることもできない、という感じだったの。歌を聞いたとき、直感だけでそれが分かったわ。でも、悲しいことではなかった。仕方がないという、あきらめの気持ちだったの」

そして野々宮の愛人は、彼の歌声がすでに語っているような恋愛の、そして人生そのものの悲劇性に反発し、ほとんど激しい怒りをもって、野々宮の存在を呪いたい気持ちに落ちたといいます。

突き詰めて生きることは、確かに暗い。突き詰めた恋もまた、暗いものでしょう。しかし、その暗さだけでは、人は生ききることができません。

「絶望的な暗さを、生きる唯一の目的として生き抜けなんて、女にはできないわ。私がわがままで浮気っぽいのかもしれないけれど、明るさや、馬鹿らしさ、子供っぽい悪ふざけだって必要なの。私だけじゃない、野々宮だってそれが必要なのよ。野々宮のあの歌声は、私たちの生き生きとした明るさを、暴力で奪い取ってしまうような残酷なものに思えたの。あまりに不当で、怒鳴りたくなったくらいだわ」

野々宮の愛人は、嘉村由子にそう語ったといいます。それを、由子は卓一に話してくれたのです。

「女は誰でも、そうなのですわ」
嘉村由子は卓一に言いました。
「暗いのは嫌ですわ。暗さだけなんて。恋愛が悲しい歌と同じものでしかないような、余裕のない現実の中で、女は反逆なしには生きていけないのですから」「愛し合っているからといって、そのまま自殺できるほど、女というものはロマンチストではありませんもの。女は弱いのです。子供っぽくて、馬鹿なんですわ。陽気なことや、遊ぶことが大好きなのです」

「だから、あなたも」と、由子は突然卓一をじっと見つめて、笑い出した。
「歌なんて歌っちゃだめ。男と女のあいだには、悲しい歌(エレジー)なんてない方がいいのですもの。だから、ダンスを習いなさい」

卓一は、由子の笑い声と彼女の言葉を、目の前がぱっと明るくなるようなまぶしさで受け止めていた。そして、それをむしろ不当な好色心として受け取ってしまったために、突然狼狽してしまった。その動揺を隠すために、彼は顔を赤らめずにはいられなかった。そして、何の役にも立たない返事だと知りながら、「そうですね。僕も踊りを覚えたいと思っているのです」と、ますます気持ちを沈ませながら、堅苦しく答えてしまう始末だった。

「でも、私ではダンスの相手としては、かえってご迷惑でしょう」と、由子の視線は柔らかく、静かで、親しみがこもっていたが、間髪入れずに「古川さんにお会いになりました?」と言った。

卓一には、それが理解しがたい言葉に聞こえた。
「古川澄江さんに、ですわ」

すでに卓一は落ち着きを取り戻していた。しかし、落ち着いてはいても、体はこわばらずにはいられなかった。息が苦しくなるような一瞬を、意識せずにはいられないのだ。冷静にそれを分析する理知はあったが、肉体の動揺を防ぐことは難しかった。その名前は、彼にとって恐るべき一つの概念であるらしかった。理知をもってしても打ち勝てない、怪獣のような存在だった。

「会っていません」

落ち着いているにもかかわらず、彼の言葉には、ぶっきらぼうな荒々しさが消えなかった。すると由子の瞳に、「信じられないわ」と語るような、かなり低俗なからかいに似た明るさが浮かんだので、卓一はむしろ、初めて心のゆとりを取り戻すことができた。由子のあまりに月並みな応対ぶりに、かえって彼女の限界を見出したからである。

「あの人のことを、どうして知っているのですか?」と卓一は聞いた。

「古川さんも『候鳥』の会員ですもの。

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