初級翻訳・吹雪物語 第32話

吹雪物語

勝手に部屋を調べ上げ、まるで下宿から下宿へ移るかのように、平然と立ち去っていったあの冷たい心が憎い。
目に砂を叩きつけられるような、力ずくでねじ伏せられるような、そんな苦い思いだった。
そうして私は、孤独という重荷を押しつけられてしまったのだ。
卓一は、こうして去ってしまった。
あの卓一の勝手気ままなところが憎い。
もし卓一が立ち去らなければ、平穏が破れることなどなかったはずだ。
文子の踊りも、あり得なかっただろうし、髪を切るようなこともなかったはずだ。
そして他巳吉の裏切りでさえ、起こる理由などなかったのだ。
左門は、焦る気持ちを忘れることができず、憤りによって疲れ果ててしまうのだった。

卓一はその日、仕事が立て込んでいたため、七時ごろになってようやく左門の家へやってきた。
日が暮れると、雪が降りだしていた。
他巳吉が一足先に到着していて、老人たちは花札をして遊んでいた。
「今回のことについて、まずあなた方にお願いしておかなければならないのは、文子を責めないでやってほしい、ということだ」
左門はそれを言い忘れてはならないと思っていた。
左門は努めて冷静に、裏切った二人の男に向かって言った。
「親に隠れて男ができる。その相手がたまたま狡猾な色事師であったという理由で、か弱い者を責めるのは残酷ではないか。もし相手がたまたま身分の高い人であったなら、娘は褒められるべきだというのか。そんな奇妙な話はあり得ない。親に隠れて男ができる、そのこと自体を、私はもう責めることができないのだ。恋は理屈ではないというだろう。大寺老にも覚えがあるはずだが、そもそも恋というものは、親にも隠し、人目も忍び、公にはしにくいところが身上ではないか。親の指図でいちいち恋文を書いていては味気ないものだ。勢い、秘密の中に深入りもすれば、思い余ったあげくが、親を裏切ることにもなりやすい。その恋が親を裏切り、娘が親を裏切ったばかりではないと私は思っている。同時に、その親が娘を裏切ってもいるのだ。そして親が恋を裏切っているのだよ。恋に罪があるとするならば、その親も同じ罪を受けねばなるまい。現代式とでもいうのだろうか。公然と恋を仕掛け、合理的にその恋をさばいていく娘たちが、仮に実在するとしても、昔の女子と比較して、その方が立派であると言えるだろうか。恋に迷うことは恥なのか。名誉も富も義理も、すべてを恋に代えてしまうような盲目の情熱が下品なのか。私はむしろ信じている。合理的に恋をさばく人たちがこの世にいるとするならば、その人の胸の内には、むしろ下品な計算が隠されているはずだと。まことの恋は盲目的なものだ。恋人以外のすべてのものを裏切るべき性質のものなのだ。それが恋の真実の姿というものであろう。子供に恋の時代がきたら、その時は、親が子供に裏切られるべき時が来たのだ。そして世間と、恋の盲目的な情熱は、両立することがない。世間は恋を責めることができるだろうが、もともと恋は世間に責められるべき性質のものだ。私たちが世間に迎合して娘を責めるのは、少々えこひいきというものではないか」

しかし左門は、自分の言葉の暗さに打ちのめされ、苦しくなってしまうのだった。
子供に恋の時代がきたら、その時は、親が子供に裏切られるべき時が来たのだ。
老いたる者は、そのように希望のないものだろうか。
諦めることばかりを急がなければならないのか。
あまりの暗さに、切なかった。
「男がたまたま狡猾な色事師であったにしても、それによって文子を責めてはならない。むしろ文子を救うために力を尽くすことだけが、私たちの務めだ。私の望んでいることは、まず第一に、文子の行方をつきとめること。そして第二に、いずれ文子は一度実家へ帰るだろう。その時にまごつかないよう、誰一人暗い思いに悩む者がいないよう取り計らわねばならないこと。第三には、過ちを恥じて軽はずみな行動に走ることを防ぐことだ。私はただ、文子が温泉へ保養に出かけてきたような軽い気持ちで、恐れることなく、恥じることなく、堂々と帰ってきてくれることのみを願っている。男を責めることもいらない。とりあえず急ぐべきことは、今回の文子の行為を、一切の罪悪感から切り離して考えることを学ぶことだ。文子もその考えに慣らさねばならないし、私たちもその考えに慣れなければならない。そしてまずは一切の罪悪感から切り離した静かな心で、新たな希望へ進まなければならないのだ。文子を男と別れさせるにしても、また添い遂げさせるにしてもね」

他巳吉は口を閉ざして答えなかった。
「大寺老」と、左門は彼にこんなことも言った。
「あなたは魔性ということを言う。しかし、その魔性こそが、人の心の真実の姿ではないか。もとよりそれを知らぬあなたではないはずだ。人の心の弱さ、醜さに気づくからこそ、あなたはそれを恐れていたに違いないのだ」私もまた、生涯そのことを恐れ続けて生きてきたのだ。
そして私の人生は平穏だった。
そして今は、もはや静かに死ぬときを待つばかりだ。
私はこうして安らかに、まるで殺されるような気がする。
生涯抱き続けた私の恐れに。
ためらいに。
そしてまた、決断できずにずるずると過ごしてきた心持ちに。
いわば私は、平穏だった自分の人生を悔いているのだ。
大寺老。
同じ思いを、あなたも抱いてはいないだろうか。
私たちが恐れたことは、実は私たちが最も欲していたことだったのだ。
そして私は不思議でならない。
人間は、自分の欲することを、どうしてこれほどまで恐れなければならないのか、と。
そのような人の姿を思うとき、私はやり場のない暗さに耐えがたいのだ。
そうであってはいけないと思うのだよ。
もちろん、感傷にすぎないのだろう。
老人の愚痴のようなものにすぎないのだね。
しかし私は、人の心に潜む魔性が、いじらしくてならないのだ」

そのときも、他巳吉は答えなかった。
彼は反論されたことに対し、極めて素朴な照れ隠しのような態度で、黙り込むことで応えただけだった。
そして苦笑いを浮かべていた。
しかし、他巳吉の胸の内は憤り(いきどおり)で燃えていたのだ。
卓一が暇を告げて立ち上がると、続いて他巳吉も立ち上がった。
それがすでに彼の憤りの表れだった。
彼が立ち上がるには、あまりに早すぎる時刻だったのだ。
「悪い奴は一人もいないね」
他巳吉は立ち上がりながら、鼻歌のように呟いた。
それもまた憤りの表れだった。
その鼻歌は、廊下を歩き、下駄を履き終えるまで続いていた。
「悪い奴は、ダンスの奴だね。
人は一人も、悪くはないね。
ダンスの奴は悪い奴だ。
縛ってしまえ。
牢屋へぶち込め。
死刑にしてしまえ。
火あぶりにしてしまえ」
雪は積もり始めていた。
文子の行方を探し出してほしいと頼まれてみても、全く手がかりのないものをどうして探せるだろうか、と卓一は思った。
唯一の策があるとすれば、とにかく高梨の自宅へ行ってみるだけのことだ。
そこに文子がいればいい。
しかし、いるはずがないではないか。
いないとすれば、すでに万事休す、である。
密会の宿を告げずに家を出る男などいるはずがないからだ。
結局、無駄足にすぎないだろう。
しかし、とにかくそのほかに打つ手は見当たらなかった。

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