初級翻訳・吹雪物語 第33話

吹雪物語

「この雪は積もる雪だね」他巳吉が言った。
雪はまだ下駄にはさまるほどではなかった。
しかし雪の道でなくとも、他巳吉の足取りは危ういものだった。
歩かせるべきではなかったが、卓一と別れることがどうしてもできないのだった。
そして彼は喋り続けた。
「ええ。卓一さん。
後悔先に立たずとは、このことだね。
ここはあんた、一世一代の大失敗だね。
とにかくもったいない話さ。
天道様の授かり物を、ふいにしたね。
憎いのは、もぐりの医者だ。
ええ。卓一さん。
じっくりと考えておくべきは、ここだ。
そうではないかね。
今頃あたたかい炬燵(こたつ)のなかで文子さんといい思いをしている奴が、あんたであっても不思議ではないだろう。
ところが、どうだね。
本尊様は雪が降るのに、炬燵の先生を探し歩いているね。
よくよく茶道の心得がないと、この面白味はわからないということさ。
天罰覿面(てんばつてきめん)とはこの理屈だ。
大欲のなんとかという文句もあるね。
いやはや、知恵者も顔色なしだ」
他巳吉は満悦の様子で、くつくつと笑った。
彼の両耳は毛糸で作った耳袋で覆われていた。
さらにその上から、飛行家が被るような、目だけをくり抜いた毛糸の頭巾を、頭から肩の上まで被っていた。
卓一の言葉は、どうせ聞こえるはずはない。
彼もまた聞こうとはしていなかった。
ただ喋り続けていることのみが必要なのだ。
「あの人の話を聞いていると、いやはや、悪い奴は正直な野郎ばかりだ」と、他巳吉は鬱憤を漏らしていた。
高梨は不在だった。
卓一の予想通り、全くの無駄足にすぎなかった。
高梨は大晦日に東京へ出発したまま、帰ってきていないのだという。
東京は高梨のどういう関係の土地であるかと尋ねてみると、どういう所か知らないが、高梨は東京の人だと言う。
するとまた、両親は北海道にいるそうだが、それもよくはわからない、というように、留守を守る女中の返事は悪意がなく、頼りなかった。
帰宅の予定すら分りかねる始末だった。
出発の日時が文子のそれと全く違っているために、二人の同行を予想しかねる困惑すら残るのだった。
まして文子の行先に、手がかりが見つかる見込みは全くなかった。
五里霧中の感を深めたのみだった。
「炬燵の先生、大知恵者だね」他巳吉はますます満悦の様子だった。
「雪の中の先生は、大敗北さ。
お気の毒を絵に描くと、それがあんたの恰好だ」
他巳吉はしきりに卓一を待合へ誘った。
この老人が自腹を切って高価な遊びを求めるような心境に陥ったことは、一生に一度もなかっただろう。
不浄へ立った他巳吉は、手洗いの柄杓(ひしゃく)を持って控えていた女の頬に、突然その手を押しつけた。その手をすべての女の頬に押しつけるために、逃げ惑う女たちを追いかけ回した。
大声で笑い、転び、叫び、二十数貫もの巨体が発しうるあらゆる騒音をまき散らした。
しかも他巳吉は、酒を一滴も飲んでいないにもかかわらずだ。

翌日、卓一は木村重吉にこれまでのあらましを伝え、二人の行方をつきとめる名案はないかと尋ねてみた。
そして、その捜査をすべて彼に任せることにした。
もちろん、誰に頼んだところで同じように空振りに終わるだろうと、卓一は思っていた。
しかし、左門から頼まれた責任だけは果たさなければならない。そのためには、木村重吉に頼むのが一番適当だった。
この男ほど、卓一の信頼に応えようとする者は他にいなかったからだ。

木村重吉は、卓一の子分のように振る舞うことを好んだ。
そして、卓一が常に変わらぬ威厳を保ち続けることを強く望んでいた。
彼は卓一から侮られたり無視されたりすることを嫌っていたが、それが卓一に威厳を与えるための一助となるのであれば、決して不満を見せることはなかった。
彼自身もまた、気取って威厳を張ることが好きではあった。
しかし、卓一の子分として振る舞い、自分自身の力ではなく、卓一の威厳を借りて威張ることのほうが、より快適な有様に見えたのだ。
編集長に媚びるような打算的なものではなく、彼の性格そのものなのだと、卓一は感じていた。

卓一は、そのような人間関係にほとんど好感を持てなかった。
いわば弱小の動物が、強大な動物に寄せるような愛情と服従を持って近づいてくるのだ。
そこには理知による支配が決定的に欠けていた。
そのような動物的な人間関係は、不快であると同時に、どこか不気味なものだった。
精神的なマゾヒズムをそこに見出さざるを得ないのだ。
そうした変態的な厭らしさを否定することもできなかった。

あるとき、卓一がひとりの編集部員に対して必要以上に丁重な礼儀をつくしたことがあった。
木村重吉の言い方を借りれば、それは「威厳を欠いた」行為だった。
しばらくして、木村重吉は突然インキ瓶を床に叩きつけ、砕いてしまった。
何せ、極度に神経が荒い田舎新聞の記者である。
気にかける者はひとりもいなかった。
また変な奴が荒れているな、と各々あくびを漏らしたり鼻歌を歌い出したりするだけだった。
卓一だけには、その理由が分かっていた。

木村重吉は「変人」の名で通っていた。彼は俳諧に凝っていたのだ。
俳諧のいわゆる「さび」は、能の幽玄から流れてきた精神であると言われている。
木村重吉は俳諧の精神を辿るうちに、その頃、能にまで凝りだしていたのだ。
人々は卓一のことを「青木さん」と呼んでいたが、木村重吉ひとりのみが「編集長」と呼びかけた。
また、人々に卓一について語る時には、彼を「うちの大将」と呼んだ。

卓一は木村重吉からの特殊な親しみを決して好んではいなかった。
苦笑するだけでなく、時にうるささを感じることが多かった。
そして、しばしば突き放すような冷たい態度をとるのであった。
しかし木村重吉は、動物的な執拗さで、その拒絶の苦しみを堪え忍んだ。
そう、彼は苦しみを堪え忍ぶのだ。
卓一はその陰惨な獣臭を嫌い、蛇に似た執念深さを憎んでいた。
しかし木村重吉は執拗にその親しみを寄せ続けた。
卓一はその執拗さに負けてしまうのだった。
木村重吉の親しみに報いることはほとんどなかったが、突き放しきれないところに、自分が負けているという自覚があった。

卓一は、そう思わざるを得ないのだ。
自分は木村重吉の執拗な好意を嫌っているつもりだが、内心ではそれを好んでいるのではないか、と。
突き放しきれないのが、その理由なのだ。
いや、理由ですらない。
突き放しきれないという事実そのものが、すべてを物語っていた。
そして、木村重吉の執念につきまとわれているという事実もまた、逃れようのない現実だった。
その結果、卓一は自分の内心を彼に見透かされているのであった。
そして、そのような内省そのものが、もはや理知の領域ではなく、一種の動物的な感覚の世界に属しているのである。

木村重吉の獣臭に巻き込まれたばかりでなく、自分自身もまた獣臭を放つ一人であることに、否応なく気付かされる不潔極まりない時間があった。
しかし、神経の絡み合いを除けば、木村重吉に憎むべきところはなかった。
彼もまた宇宙的な真実を愛し、愛すべき好人物だったのである。

そのうち木村重吉が、卓一の生活に、殊更深く食い込んでくる事情が起きた。

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