妖艶な女を前にして、自分から進んで盲目になろうとしている自分の意志だけが、少しずつ分かりかけてきました。
悲しい歌が恋であってはいけないと言ったこと。それはまるで自殺のようなものだと言ったこと。
その考えが、由子の実生活にどれほどの根拠があるのかは疑わしいけれど、それが卓一自身の思想でもあることは間違いのない事実でした。
しかし、思想として考える姿よりも、その人形のように操られることさえ望んでいるように見える由子の姿や肉体が、卓一の目と、やがてすべての感覚を奪い去っていきました。
思想の空虚さなど、そこにはありませんでした。そこにあったのは、現実の一人の女の姿だけだったのです。
甘美な夢想が、すべてになりかけていました。
――俺が新潟のこんな場所まで逃げのびて、生活の根を下ろそうとしたのは、こんな現実を求めていたからではないはずだ。
卓一は思わず苦笑がこみ上げてきました。
俺は何も求めてはいなかったのだ。
古川澄江のことにしても、彼女を求めている俺と、自分をこの土地へ追いやった俺との間には、大きな隔たりがあります。
俺はもう、何かを求める気力さえ残っていないほど、心が荒れ果てていたのだ。
俺がこの土地へ流れ着いたのは、むしろ自分自身を放棄したことに他ならない。
拒絶と禁止の中にいることが、ただ心地よかっただけなのです。左の頬を叩かれたら、右の頬も差し出しなさい。
決して自分のことなんて考えないように。
俺は自分自身に、自分はただの木像か、あるいは死体なのだと言い聞かせていた。
――その初日、そしてもう、これがいきなり現実として突きつけられたのだ。
人生の矛盾や変化なんて、ああ、なんと退屈なものだろうか。
卓一の口元には、どうしようもない苦笑が浮かび、冷たく固まらずにはいられなかった。
俺はもう、右の頬を叩かれてしまったらしいな。
なるほど。
そして俺は、すでに左の頬を素直に差し出してしまったというわけか。
「これは、とんだ間抜けだな」と、彼は自分を嘲る気持ちを抱いていた。
心の中には、荒れ果てた荒野の光景が広がっているのを、どうしても止められなかった。
二
西堀に沿って流れる寺町、新聞社からも目と鼻の先に、大念寺というお寺がある。
昔は子だくさんだったらしく、当時、子供たちのために建て増したという離れがあった。
離れといっても独立した一棟で、六畳と八畳の二間続き。もう古びて荒れ果てた建物だが、墓地の一角に建っている。
卓一は左門の家を引き払い、そこへ引っ越した。
寝るための場所と雨風をしのぐ囲いがあれば十分だという卓一には、むしろ広すぎる住まいだった。
この引っ越しについて、左門は文句を言わなかったが、内心では不満を抱いていた。
彼はすでに、文子が卓一に捨てられたかのような、痛々しい哀れさを感じていたのだ。
自分の老いまでもが無理やり意識させられ、逃げ場のない老後の孤独を暴力的に押しつけられたかのような――まるでか弱い一市民が、王者の横暴に憤るような、切ない呪いのようなものを感じていたのである。
しかし、卓一にしてみれば、意味は全く違っていた。
田巻左門のことも、問題ではない。
田巻文子も、嘉村由子も、問題ではなかった。
そもそも最初から、孤独を求めてこの土地へやってきたのだ。
その気持ちがどうにも抑えられず、自然と続いていくうちに、彼を孤独な一室へと誘い込んだに過ぎない。
ほかに深い意味などないのだ。
いわば、流れ者の暮らしだった。
自分自身さえ放棄したいほど荒れ果てた心にとって、家庭的な温かさなどは、むしろ耐えられない刑罰でしかなかった。
「老人がいては何かと邪魔になるだろうが、とにかく若者の自由はうらやましいね。孤独が怖くないというのだから」
左門は、大寺という老人に向かってそう独り言のように言った。
「もったいないことをする人だな、卓一さんは。これだけの美人が一つ屋根の下にいるというのに。若いうちは欲がないのか、それとも深すぎるのか分からないが、俺のような年寄りには、夢のような思い切ったことをするもんだね。俺も若い頃は……あはは」
大寺他巳吉という老人は、文子に色目をつかいながら、得意げに昔の恋の話を語り始めた。
左門の心は、それでも晴れやかではなかった。
文子があまりにもいじらしく、痛々しく見えてならないのだ。
無残にも卓一に捨てられたかのように感じられ、その哀れさが深く心に突き刺さる。
しかし、それも奇妙な話である。
なぜかといえば、文子を卓一と結婚させようという意志は、左門の胸の奥だけに秘められた話であって、卓一は何も知らないし、ましてや文子だって気づいていないからだ。
卓一が文子に無関心だったことが、必ずしも「捨てた」という意味にはならないように、文子も卓一に無関心だったはずだ。
だから、捨てられたという結果になるはずもなかった。
一人で哀れさを感じているのは左門の心にある特殊なひだに絡みついた感情であって、その正体は実在しないものだった。
それでも、左門の文子に対するあわれみは、切ないほど激しかった。
「あんたも家にばかりこもっていないで、ひとつ現代風にやってはどうだい。若いうちは、若いなりの暮らし方をするのがいい。ひとつダンスを覚えなさい。あれはなかなかいいものだよ」と、左門は文子に言うのだった。
左門の脳裏には、焼きついた一つの邪神のような像がある。
彼が初めてダンスホールという新奇な世界を覗いた夜、卓一に話しかけていた、あの新鮮な若い女の姿だ。
その女を憎んでいるわけではない。
卓一を奪った女だという意識もなかった。
左門の心は老成し、おおらかだった。世の中のすべての出来事は、善であれ悪であれ、醜いことであれ、彼の中ではあるがままに受け入れられていた。
しかし、文子を哀れに思うたびに、あの新鮮な女の姿が、なぜか対照的に浮かび上がってくる。
古い記憶のような淡い姿でありながら、多彩な彩りに満ちて、額縁の中の絵のように意識の底にはまっているのだ。
――俺もやがて死ぬだろう。俺が死んだら……文子が何より気の毒だ。
左門はひそかに呟きを漏らす。
卓一も去った! いよいよ文子を実家へ帰してやる時がきたのだろうか。
万策尽きたという思いが、ゆったりとした大河の流れのように、心の中に静かに広がっていく。
文子が気の毒であることよりも、文子を手放さなければならない自分自身の方が、もっと気の毒であるはずだった。
しかし、文子を手放す不安は、直接的にはほとんど彼の意識をかき乱さなかった。
彼は諦めているのだ。
彼の心は静かだった。
そして文子を手放す不安は、自分自身を憐れむ嘆きになるよりも、文子をいたわる深い憂いに形を変えていた。左門は、自分の心にそんな複雑な仕組みがあることさえ、意識していませんでした。
左門の憂いは、ただ純粋なものでした。
孤独と老いの足音が、ただひたむきに悲痛な嘆きを響かせていただけなのです。
それでも、静かなあきらめが、まるで大河のようにすべてをさらっていきました。
左門の家の北隣には、彼が貸し出している家が三棟ありました。
その一番奥の一軒には銀行の使い走りをしている夫婦が住んでいましたが、その娘の一人が街のホールで踊り子をしていました。
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