卓一は、由子と関わっている限りにおいて、肉欲的な想念にあまり悩まされることはなかった。
彼女が肉体的に魅力のない女だったとは思われない。
その肉体を求める機会もいくらでもあったが、あえてそうはしなかった。
できなかったのではなく、その気になれないという思いの方が、いくぶん強すぎたのであった。
いわば、たびたび心を打たれた由子の外見の美しさをもってしても、一生の負担とするには耐えがたかった。
いや、数年の負担とするにも耐えがたい暗い憂鬱を、彼女は放っていたのであった。
現実の快楽は、極めようとすればするほど、常に落胆するばかりであった。
単に美貌と肉体だけなら、金で買える女もいるのだ。
そして美貌の女の友に求めるものは、心と姿勢のふたつだけで十分だったのだ。
そして、しきりに由子を見ることを好んでいたかつての思いの中には、その肉体を想うことはほとんどなかったのであった。
しかし由子と会わなくなり、自然と心も冷めきった今日この頃、由子について思うことは、ただ失ってしまった肉体への未練ばかりになっていた。
かつてたびたび心を打たれた、由子の姿勢の美しさ。
爽やかな、そして静かな、新しい気持ちに目覚めずにはいられなかったあの時々の姿態。
あの頃、その美しさに打たれた時は、ただそれだけで心が満ち足りた思いだったが、今はただ、肉体の秘密を想うための手掛かりでしかないのであった。
心は離れてしまったのだ。
もはや由子の訪れを、由子の電話を、待つ心すら影もなかった。
由子の言葉もいらなければ、由子の姿勢もいらないのだった。
日ごとに流れる数々の物思い。
そしてふと由子について思い出すとき、それはただ、手中のものをみすみす落としてしまったその肉体への未練ばかりになっていた。
卓一は、それゆえに由子に会うことを、いくらか恐れ始めていた。
肉体への未練ばかりが残された女。
会うたびに、心の饒舌さにくたびれてしまうのだ。
会っていながら、まして思いを遂げることもできなかったら、その後の気分の悪さは始末のつかないものだろう。
ただでさえ雑多な時間が流れる中で、気の利かないことこの上ない時間を背負い込むばかりなのだ。
卓一は、木村重吉のお節介に苛立つ思いが激しかったが、しかしやがてこだわらず、仕事を早めに切り上げて立ち上がった。
失われた由子の肉体が、やはり諦めきれないのだ。
そして由子の待つ場所へ、その腹立ちの一部すら漏らすこともできずに、歩かざるを得ないのだった。
案の定、退屈な映画だった。ところが、実際に由子に会ってみると、心の中ではもうすっかり忘れていたはずの静かな思いや、何とも言えない爽やかな目覚めのような感情に、心を打たれないわけにはいかなかった。
別れてしまえば、すぐに忘れ去ってしまうような爽やかな思い。
結局あとに残るのは、募る一方の肉体への未練だけだった。
ただただ、はしたない欲望ばかりだった。
そして、そんなふうに饒舌に語りかけてくる自分の心というものを、呪わずにはいられなかった。
それから再び数日が経った。
もう師走も終わろうとしていた。
新聞社は新年号の編集作業で、これ以上ないほど忙しくなっていた。
田舎の新聞社の新年号ともなると、週刊雑誌の四、五冊分はありそうなほどの厚さになる。
村の役人から信用組合の人々にいたるまで、総勢漏らすことなく名前を連ねた「謹賀新年」の広告を載せるのだ。
それに、旅人もめったに訪れないような辺鄙な町にある旅館、料理屋、待合茶屋もこぞって名を並べ、新年には雪の下に埋もれてしまうような山奥の温泉宿の芸者たちまで、負けじとばかりに全員の名前を揃えているのだった。
ましてや各市や有名な町のことなど、言うまでもない。
これらに一つひとつ対応して、各市町村の内幕秘話。
美談や佳話。
各地の芸者評判記。
信用組合の活躍記録。
などなど、盛りだくさんだ。
年頭の挨拶はもちろん、随筆もあれば、読み切り小説もあり、落語、講談、漫才、漫画に謎解きまで。
その他、くだらないものに至るまで、大小漏らさず取り揃えているのである。
編集員たちは、ひどく忙しい。
だが、手当や賞与といった類のものは、一切出ないのが鉄則だった。
もっとも、抜け道というものはある。
地方政界の大物たちから編集記者宛てに、思いがけない書留郵便が小鳩のように羽を生やして飛んできたり、県庁詰めのぼんやりした記者が欠伸をしながら歩いていると、県知事秘書官が意味の分からない笑みを浮かべて近づいてきて、廊下の曲がり角を見計らってサッと金一封をポケットにねじ込んでくれたりするのだ。
ここは満洲航路があるから、満洲国の何々団という恐ろしげなところから、しかし平和以上の何かを内に秘めた郵便物が舞い込んでくる。
そして、粗雑な神経の持ち主である豪傑たちが、こうして一年に一度ずつ、本でも読んだことがないような『アラビアン・ナイト』の夢のような体験を知るのである。
木村重吉がやってきて、卓一の机のふちに両手をついて覗き込んだ。
仕事の心地よい疲れのせいか、その笑顔は上気していた。
「新年が近づきましたね」と木村重吉は話しかけてきた。
「新年の休みは、どこか温泉へでもお出かけですか。
野々宮さんは下手くそなスキーが好きでしたが、根気だけはいい人でしたね。
スキーツアーがあの人の永年の夢ですが、恐らく一生をかけて果たす機会はなさそうですね。
編集長もゲレンデに穴をあける組ですか。
僕はスキーと謡曲を一緒に覚えたものですから、滑りながら悠々と唸ることができるのですよ」
彼は上機嫌だった。
「昨晩、嘉村さんをお訪ねしたのですが」と木村重吉は語り続けた。
「あの人は病気のあとで、いくらか衰弱が抜けきれないのですね。
新年に温泉へ行きたいと言っているのですが、一緒にいかがですか。
三人で。
あの人がそう言っているのです。
雪の底の湯の宿で、二、三日のんびり三人で過ごしましょう、と」
卓一はしばらく、意識が途切れたような状態に陥るしかなかった。
思うことがあまりに多すぎて、複雑すぎたからだ。
この男は由子に恋をしているのだろうか。
卓一は、そう思わずにはいられなかった。
しかし、これはいささか気の利かない邪推に違いない。
誰しも美しい女は好きなものと決まっている。
そして木村重吉も、それ以上の感情ではないはずだ。
これもまた、彼のお節介な注文のひとつなのだろうか。
それとも、執拗な厚意の表れなのだろうか。
考えるまでもないことだった。
三人で映画くらい見ようというのなら、まだ由子が言い出したのかもしれない。
だが、三人で温泉へ行こうという由子の発案など、想像すらできなかった。
由子の美貌には、どこか冷めたさが張り付いているようで、この人はめったに甘さを表に出さない女だったからだ。
試しに由子に向かって、多くの女が好みそうな話をいくつかしてみるといい。
山岳の風景について。
海の美しさについて。
芸術について。
愁いや香気に包まれた物語について。
厭世や自殺について。
恐らく由子は冷然として、「我関せず」という顔を崩さないだろう。
卓一は思った。
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