初級翻訳・地底戦車の怪人 第12話

地底戦車の怪人

黄いろい幽霊は、しばらく二人の様子を眺めていましたが、やがて頷くと、まずパイ軍曹を抱き下ろして、活を入れてやりました。
「うーん……」
パイ軍曹はようやく意識を取り戻しましたが、黄いろい幽霊を見ても、もう飛びかかってくる元気はありませんでした。
次に、黄いろい幽霊はピート一等兵を介抱しました。ピートは気がつくと、きょろきょろとあたりを見回しながら、
「あれっ、どうしたんだろう。いつの間にやら今度も生き返って、俺が助けられるなんて。さっきのは、夢だったのかなあ」
と、不思議そうな顔をしています。
「どうだ、パイ軍曹にピート一等兵。もういい加減にこりたであろう。反抗するのもいいが、これ以上反抗すると、今度は本当に命をもらうぞ。さあ、どっちにするか、はっきり返事をしろ」
黄いろい幽霊は、厳かな声で言いました。
パイ軍曹とピート一等兵は顔を見合わせ、お互いに頷き合いました。
(どうだ、こうもしつこくてはかなわないから、降参してしまわないか。せめて、俺たちが地上に出られるまでは……)
(へい、大賛成です!)
二人はそんなふうに、素早く目と目で相談を済ませてしまいました。
「ええ、黄いろい幽霊どの。申し上げます。以後両人は、貴殿を絶対の上官と思い、服従いたします。その代わり、貴殿のお力で、どうか我々を再び地上に出してください。もう一度だけ、陽の光や、鳥の飛んでいる姿や、それから酒瓶やビフテキまで見られるように、どうぞ、どうぞお助けください。アーメン」
二人は黄いろい幽霊を、神様扱いまでしてしまいました。
「ふん、そういう気なら願いを聞き届けてやる。決して今言ったことを忘れるなよ」
「はっ、決して忘れません。アーメン」
どこまでも、黄いろい幽霊は神様扱いでした。

快男児・沖島
この「黄いろい幽霊」とは、一体何者なのでしょうか。
これは本人が言うように、幽霊ではありません。かといって、二人が「アーメン」と崇め立てているような、神様の化身でもありません。
沖島速夫(おきじま はやお)――それが、この黄いろい幽霊の本名でした。その名で分かる通り、彼は日本人だったのです。
その昔、彼は苦学生としてアメリカで皿洗いをしていました。しかし、世界の情勢が次第に変わってくると、それまではそうでもなかったアメリカ人たちが、盛んに日本いじめをやりだしました。通商条約を突然破棄したり、急に石油や機械を売らなくなったり、大艦隊を日本に近いハワイに集めたりして、盛んに脅しにかかったのです。アメリカはすっかり日本いじめに夢中になっていました。
そんな状況が、沖島速夫を激しく怒らせました。彼は、これ以上アメリカ人のために皿なんか洗ってやるものか、と思ったのです。そして、腕は細くても、持てる限りの知恵を働かせて、アメリカ人たちの肝を冷やしてやろうと決心しました。
そこで彼は誰にも告げず、職場を離れました。働いて貯めた大切なお金を持ってしばらく町々をうろついていたとき、地底戦車が極秘で南極へ行くことを嗅ぎつけたのです。
これはいいことを聞いた、と彼は思いました。そこで急に決心して、ある夜ひそかに、苦心に苦心を重ねて、ついに地底戦車の中へ潜り込んだのでした。そのとき、一挺の軽機関銃と、大きな袋に入ったリンゴを担ぎ込んでいたのです。
戦車の中は案外広々としていたので、彼は息も詰まらずに暮らすことができました。そうこうするうちに、例の遭難事件が起き、パイ軍曹とピート一等兵が飛び込んできたのです。そして、この戦車の中でとんだ騒ぎが始まることとなりました。
沖島速夫は、もちろん命を投げ出す覚悟でした。別にこの地底戦車をスパイするつもりでやったことではなく、ただ、太平洋の彼方で真の日本人を知らず、独りよがりになっているアメリカ人たちに日本人の意気を見せつけ、ちょっと驚かせてやりたかっただけのことです。
南極地方へ上陸したのち、地底戦車の中から踊り出して、
「アメリカさん、ばあーっ!」
とやってやりたかった、ただそれだけのことでした。
ところが、ひょんなことからその戦車を積んでいた船が沈没してしまったため、とんでもない冒険をすることになったのです。助かるか助からないか、沖島速夫自身にも全く分かりませんでした。
しかし彼は、昔からどんな時でも落ち着きを失わない男でしたから、命のことなどで取り越し苦労をするのは馬鹿者のすることだと決めつけていました。自分は命を神様にでも預けたつもりで、そんな心配はごめんだと退け、ただ「倒れるときは倒れるまで」という覚悟で、ここまでやって来たのです。
ところが、パイ軍曹もピート一等兵も、体格は立派で威張ることばかり知っていますが、今や地底戦車が南極の海中に沈んでいると思い込むと、すっかり弱気になってしまい、ついに沖島速夫を神様のように崇め、神様としてすがるような状態になってしまいました。
心の弱い者は、いつでもこのように負けてしまうものです。
(絶対に反抗しません!)
今度こそ、いよいよ本気で、二人は黄いろい幽霊に降参したのです。
速夫は、勝者となりました。
だが、こうなると、できることなら二人を助けてやりたいと彼は思いました。
そして、何気なく彼は、逆さまにぶら下がっている深度計に目をやりましたが、
「おやっ!」
と、心の中で驚きの声を上げました。
――深度計は、零(ゼロ)を指していたのです。

天井の怪音

速夫は最初、深度計が壊れてしまったのかと思いました。
しかし、よく他の機械を見てみると、そうでもないようです。
それならば、深度計が零を指しているのは、この地底戦車が逆さまにひっくり返っているせいだろうかとも思いました。
だが、それも違います。
この深度計は、逆さまになろうが何だろうが、針が狂うような構造にはなっていません。
すると、正しく深度は零なのです!
(深度が零ということは、この戦車の下に水がないということだが――それでいいのかな)
速夫が不思議そうに深度計を見つめているものだから、パイ軍曹もピート一等兵もそばへ寄ってきて、一緒に深度計の上を眺めました。
そして、やはり不思議だという顔をしました。
「どうだね、パイ軍曹、ピート一等兵。この深度が零と出ているのを、どう考えるか」
と、速夫は聞きました。
「さあ……」
「計器に水が入ったのでしょうか」
二人の答えは、はなはだ頼りないものでした。
「分からないなら、教えてやろう。この地底戦車は、地上に出ているんだ」
と、速夫はズバリと言いました。
「えっ。地上に出ておりますか、あの、この戦車が……」
ピート一等兵が目を丸くしました。
「馬鹿な。深海の底に沈んでいたものが、いつの間にか地上に上がっているなんて、そんなことがあってたまるか」
と、パイ軍曹はピート一等兵を叱りつけました。
そのとき、速夫が言いました。
「そうだ。我々の感覚としては、まだまだ深海の底にいるような気がする。しかし、この深度計は確かに壊れていないのだから、こうなれば深度計が示していることを信じるのが正しい。わけは分からないが、確かにこの戦車は地上に出ているのだ」
「そんな馬鹿馬鹿しい、夢みたいなことが……」
「全く、全くだ!」
二人はどちらも、速夫の言葉を信用しません。

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