そこで速夫は、
「じゃあ、僕はこれからこの地底戦車の扉を開けて、外へ出てみるから……」
「ああ、待ってもらいたい。扉を開けりゃ、そこから水がどっと入ってきて、我々はたちまちお陀仏だ」
「じゃあ、助かりたくないのか」
「扉を開けりゃ、とたんに死んでしまいますよ。助かるどころの話じゃありません。これは、わしの長年の経験から言うのだ」
と、パイ軍曹はなかなか自信ありげです。
意見はこうして二つに分かれました。
一体、どちらが本当なのでしょうか?
そのときでした。
不意に、この戦車がガタンと揺れました。
戦車の中はまるで地震のようです。
ところが不思議なことに、戦車はますます揺れ出し、そしてどんどん傾いていくのでした。
三人はとても立っていられません。
それぞれ機械や椅子につかまって、こらえています。
まさか地震でもあるまいし。
そのうちに、急に揺れが止まりました。
「おお、どうした!」
「おや、いつの間にか天井と床が逆さまになって、戦車はついに元通りになったぞ!」
戦車は半回転したのです。
トン、トン、トン。
妙な音が、そのとき天井の方から聞こえてきました。
「あれは、何の音!」
と、ピート一等兵はまた新たな恐怖の表情を浮かべました。
トン、トン、トン。
不思議な音は、しきりに天井の方から聞こえるのでした。
ピートの失敗
「パイ軍曹殿。自分はもう死んだ方がましです。この上、心臓がドキドキしては、心臓麻痺になってしまいます」
これは大男のピート一等兵が、その体に似合わぬ悲鳴を上げたものです。
「こら、ピート一等兵!」「そんな弱音を吐いていたら、幽霊指揮官殿に笑われてしまうぞ」
「でも、自分はもう、この通り、体中から脂が抜けてしまって、もうあといくらも持ちそうにありません」
「え、体から脂が抜けたって?」
「はい。嘘じゃありません。この通り、ズボンの下からたらたらと脂が垂れてくるのです」
「そうか。本当なら、こいつは一大事だ。どれ、見せてみろ」
パイ軍曹はそう言うと、ピート一等兵のズボンの裾をまくって、詳しく調べた。
「おや、これはひどく垂れているな。ふん、かわいそうに。これじゃあ、もう助かるまい」
「軍曹殿、自分はもういけませんか。もうダメなのでありますか」
「もうダメだな。どうも臭い。いやに臭いぞ。貴様は体が大きいせいか、クジラの油みたいな脂を出しやがる」
パイ軍曹はそう言って、鼻をつまんだ。
「え、クジラの油みたいな匂いがしますか? はてな?」
ピート一等兵はそう言うと、突然あわてて自分の毛皮の服の胸元を広げ、中へ手を突っ込んだ。
「うわーっ、いけねえや」
「おい、ピート。何をするんだ……胸の中がどうかしたのか」
「あははは。大失敗でさ。わけを言うと軍曹殿に叱られるし、ここにおいでになる幽霊殿に笑われてしまいます」
「ははあ、貴様また欲張ったことをしたな。服を開けて、中を見せろ」
「はい、どうも弱りました」
ピート一等兵は、しょげ返っている。
「やっぱりそうだ。貴様、クジラ油が入っている缶を盗んでいたんだな。どうするつもりだ、クジラ油を懐に入れて」
「どうも弱りました。まさかのときは、これでも腹の足しになると思ったものですから……」
「なに?」
「つまり、クジラの油ですから、こいつは魚の脂です」
「クジラは魚じゃないぞ」
「そうでしたな。元へ! クジラは獣の脂ですから、石油とは違って、食べ……いや、飲める理屈であります」
「あはァ、それで飲むつもりで隠していたのか」
「はい。ところが、あの通り戦車の中で、あっちへごろごろ、こっちへごろごろと転がっているうちに、缶が壊れてクジラ油がズボンの中へどろどろと流れ出して、こ、この体たらく……」
「なんだ、そんなことか。お前は幸運だな」
「軍曹殿。からかっちゃいけません」
「からかってなどいない。もしもその脂がお前の体から流れ出した脂だったら、今頃はどうなっていたと思う?」
「へい。どうなっていましたでしょうか」
「わかっているだろう。そんなに脂が抜け出しちまったら、お前は今頃冷たくなって死んでいたはずだ」
「冗談じゃありませんよ。はっくしょん!」
さっきからそばで、あきれ顔で二人の話を聞いていた沖島速夫が口を挟んだ。
「ピート一等兵。早く前を締めろ。風邪をひくぞ」
「へーい、指揮官殿!」
氷原
呑気な二人のアメリカ兵には、沖島もすっかり呆れ果ててしまった。
そのうちに、一旦止まっていた戦車の天井の「トーン、トーン」という音が、また聞こえだした。
トーン、トーン。
「あ、また始まった」
トーン、トーン。
「おや、あれはモールス信号だ」
パイ軍曹が急に目を輝かせた。
「おや、開けろと言っているぞ。ふん、生存者はないか。誰か上から呼んでいるんだ。俺たちは助かるかもしれない」
ピート一等兵は踊り上がった。
「気をつけッ!」
沖島速夫が大きな声で怒鳴った。二人のアメリカ兵はびっくりして、直立不動の姿勢をとった。
「だからさっきから、僕はこの戦車の扉を開けろと言っているんだ。さあ、早く開けろ」
「開けても大丈夫かなあ」
「大丈夫だ。水の中じゃない。嘘だと思ったら、中から信号を送って、外に水があるかないか尋ねてみろ」
沖島は深度計を見たとき、この地底戦車の周りがどんな状態にあるのかを察していた。そこへ外から信号があったのだ。彼はそのとき、ある覚悟を決めた。
そして二人のアメリカ兵がクジラ油のことで言い争っている間に、持っていた機銃を防寒服の中にしまい込んだり、戦車を動かすのに欠かせない発火器の鍵を服のどこかに隠したりして、万端の手配を終えていたのであった。
さあ、もうこれでいい。何が来ても驚くことはない。
パイ軍曹はピート一等兵の肩車に乗って戦車の蓋を中からしきりにトントンと叩いて、外部と連絡をとっていたが、やがて、
「うわーっ、こいつは大変だ!」
と叫んで、踊り上がった。
「あっ、軍曹殿。そんなに暴れちゃ危ない!」
と言っているうちに、二人は折り重なって床の上にひっくり返った。
「おお、痛い。ピート一等兵、早く扉を開けろ!」「外には、我が軍が待っているそうだ。早くしろ」
「我が軍が……。ああ痛い。腰骨が折れてしまったようです。軍曹殿、あなたにお願いします。自分にはできません」
「わしにできるなら、貴様に頼んだりせん」
パイ軍曹は、渋い顔をしていた。
「じゃあ、僕が開けよう」
沖島はそう言うと、天蓋(てんがい)のハンドルに手をかけ、力いっぱいぐるぐると回した。
すると、さっと白い光が外から差し込んできた。それとともに、新鮮な空気が流れ込んできた。サイダーのように、たまらなくうまい空気だった。
「おお、生きていたか!」
外から、アメリカ訛りの英語が聞こえてきた。
武勇伝
地底戦車の中から這い出して、今、三人は氷の上に整列している。前には天幕が四つ五つ張られていた。あたりは、一面の広々とした氷原であった。
「一番から、官姓名を名乗れ」
三人の前には、一団の防寒服を身にまとった軍人が立ち並び、三人をじっと睨んでいる。その中の一人が、このように号令をかけた。
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