初級翻訳・地底戦車の怪人 第15話

地底戦車の怪人

「そのわけは、お前がいなければわしは地底戦車の中で、腹ペコの挙句、干物になって死んでしまったことだろう。お前のおかげで、こうして氷の上にも出られるし、今もたらふくビフテキをご馳走になったりして、まるで夢を見ているような気がするのだ。これは一杯のコーヒーだけれど、やっとごまかして持ってきたのだよ。さあ、飲んでくれ」
「や、ありがとう」
「ピート一等兵、待て。衛兵たる俺が承知できないぞ。そういうことは禁じられている」
 衛兵が苦情を言いました。軍規上、それに違いありません。
「お前には分からんと言っているのだ。お前、気を利かせてちょっと向こうを向いていろ。コーヒーを飲む間、その辺を散歩してこい」
 その辺を散歩してこいと言っても、狭い氷の廊下がほんのちょっぴりついているだけです。散歩なんかできません。
「おい、衛兵。「わしのこのたくましい腕の太さを見てみろ」
ピート一等兵は、ひじをぐっと張り出し、衛兵にのしかかるような勢いで背中を預けました。
「ピート、わかってるよ。いいから、俺が反対側を向いている間に、早くその囚人にコーヒーを飲ませてやれ」
そう言って、衛兵はわざと向こうを向きました。
「やれやれ、やっと気をきかせやがったな。最初からそうしていれば、苦労はなかったんだ。ほら、黄色い幽霊、コーヒーだぞ」
コーヒーのカップが、ようやく窓のすき間から沖島の手に渡されました。
「やあ、どうもありがとう」
「俺とお前の仲じゃないか。いちいち礼を言うにはあたらないよ。さあ、これも受け取れ」
コーヒーだけかと思いきや、ピート一等兵は毛皮のコートの下から、紙に包まれたビフテキをさっと沖島に手渡しました。
「悪いな」
「こら、何も言うな。……ほら!」
「えっ」
なんと、お酒の瓶が一本。
沖島の瞳が、じわりと涙でうるみました。ピート一等兵のこの思いがけない友情が、何よりも嬉しかったのです。しかし、酒瓶を受け取ろうとしたその時、ドカドカと飛び込んできたのはパイ軍曹でした。
「おい、何をしているんだッ!」
軍曹は大きな声を張り上げ、窓のところに手を突っ込んで、酒瓶をむんずと掴みました。沖島と軍曹が、一本の瓶を奪い合って引っ張りっこを始めます。
「こら、離せ。こんなものを渡していいわけがないだろう。離さんか、うーん!」
沖島は黙ったまま、瓶をぐいぐいと自分のほうへ引き寄せました。
「あっ、うーん……!」
パイ軍曹は額に汗を浮かべて踏ん張ります。しかし、沖島は平気な顔で、力ずくで瓶をもぎ取りました。さすがは力自慢の沖島です。
「いやあ、本当にありがとう」

復仇(ふくしゅう)

そこへ衛兵も駆けつけてきたため、騒ぎはさらに大きくなりました。人のいいピート一等兵は、パイ軍曹と衛兵の猛攻を食らって、目を回してふらついています。それでも彼は、監房の中の沖島に向かって「早く食って飲んでしまえ!」と合図を送りました。
沖島はもちろん、監房の中でごちそうを大急ぎで平らげていました。
ピート一等兵が軍曹の一撃を食らってその場に倒れ込むと、パイ軍曹は衛兵に命じて監房の扉を開けさせました。軍曹はピストルを構えて、監房の中へと飛び込みました。
「けしからん奴め、貴様は」
「いやあ、たいへんごちそうさまでした」
「貴様には、うんと仕返しをしてやるつもりだったんだ。地底戦車の中で、よくもひどい目に遭わせてくれたな。絶対に許さんぞ」
「許さないとは、どうするつもりですか?」
「ここで、貴様が立っていられなくなるくらい、ぶん殴ってやる。回れ右だ。こら、うしろを向け!」
「うしろを向かなくてもいいでしょう。私を殴るのなら、正面から殴りなさい。遠慮はいりませんよ」
「回れ右だと言っている! ぐずぐずしていると、このピストルが火を吹くぞ」
軍曹はすっかり逆上し、本当にピストルの引き金を引こうとしています。沖島は軍曹に飛びかかろうかとも考えましたが、距離が少し離れすぎていました。これでは仕方ありません。沖島はおとなしくうしろを向きました。
とたんに、沖島の腰へパイ軍曹のかたい靴の先が、ボカリと食い込みました。
「あッ……うーむ」
沖島は激痛をこらえます。すると、またしても腰骨のあたりを激しく蹴り上げられました。沖島はひょろひょろとよろめいて膝をつきました。軍曹はそれを見ると、勢いづいて次から次へと沖島を背後から蹴り飛ばしました。沖島の体はついにその場にドサリと倒れ、ぐったりと伸びてしまいました。なんともひどいことをする軍曹です。

そのころ、氷の上では、リント少将が幕僚たちを引き連れて地底戦車のまわりに集まり、しきりに会議を続けていました。
「……敵ながらあっぱれなものだ。たった三人で、よくまあこの地底戦車をここまで動かしてきたものだ」
「ではここで改めて、我々で動かしてみましょうか」
「そうだ。動かしてみろ」
「はい!」
参謀の一人が、そこに並んでいた七名ほどの下士官たちに号令をかけました。七名の将兵は戦車の中に乗り込み、扉を閉めました。
しかし、戦車はいつまでたっても動き出しません。
「どうした。なぜ動かさんのか」
エンジンは一向にかかる気配がありません。戦車長が慌てて扉を開けて飛び出してきました。そして、おどおどしながら戦車の点検を始めました。リント少将は苦々しい顔をしています。
ちょうどその時、一同は飛行機の爆音を耳にしました。
「おや、飛行機か? いや、相当な数だが、どうしたことだろう」
そう言っているうちに、突然、氷山の彼方から低空飛行で飛び出してきた編隊の飛行機が! その数は、およそ十四、五機もありました。
「変だな。友軍機なら、事前に連絡があるはずだ。これは怪しい。おい、みんな、その場に散れ!」
リント少将は鋭く号令をかけました。とつぜん現れたこの怪飛行隊は、いったいどこの部隊なのでしょうか。

怪機の群

リント少将は、後日人に語ったところによれば、彼の人生の中でその時ほど驚いたことはなかったそうです。
「その場に散れ!」と、とっさに号令をかけた少将は、派遣軍の中でも一番冷静だったと言えるでしょう。
しかも、その少将でさえ、肝をつぶしたと言うのですから無理もありません。
それもそのはずでした。
ゴーゴーと爆音を響かせ、少将たちの頭上をすれすれに通り過ぎていった十数機の怪飛行機の翼には、なんと「日の丸」のマークが描かれていたのです。

「ああ、あれは日本の飛行機じゃないか」
「日の丸はついているが、まさかこの南極に日本の飛行機が来るはずはない」
「でも、日の丸がついている以上、日本機と思うほかないだろう」

将校たちの間では、早くも言い争いが始まりました。
ところが、一度通り過ぎた日本機は、すぐさま引き返してきたのです。

「おい、高射砲はどうした!」
「高射砲なんて、あるわけがないでしょう」
「じゃあ、高射機関銃もないのか?」
「それは、どこかにあったはずですが……」
「どこかにあったじゃ間に合わない! 総員、機銃でも小銃でも持って空を狙え!」

氷の上では、大騒ぎが始まりました。なにしろ、不意打ちの空襲です。
もしここで、上空から機銃掃射を浴びせられたり、爆弾でも落とされたりすれば、南極派遣軍はたちまち全滅してしまうでしょう。

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