「まだ色事をしたというわけでもないのだから、穏便に済ませれば世間にも知られずに済むだろうに」
おかめは言い返します。「いけませんよ。馬鹿馬鹿しい。あまりに不人情だなんて、お前さん、早く離縁状を書かせてくださいましよ。書かせてくださらなければ、私もおえいと一緒に出て行きますからね」
太左衛門は言いました。「お前さんが何も出て行くことはないだろう。そんなに頼んでも、勘弁はできないのか。私の方の娘はまだ主のある身じゃない、処女でございますよ」
おかめは言い放ちました。「だってお作さんは、幸右衛門さんの息子の圓次郎さんが養子に行く約束になっているじゃありませんか」
太左衛門は答えました。「約束にはなっておりますが、まだ結納を取り交わしたわけでもなく、ただの口約束に過ぎません。婚礼をしたわけでもないので、どういうことがあっても間男というわけにはいかないでしょう。それに、男の甲斐性で一人や二人の女ができることもある。それどころか、立派な亭主がいながら悪いことをする者が世間にはたくさんおりますよ。一昨日店で盆の余り勘定をしていると、そこは酒も肴もある店なので、若いお侍が腰掛けて一杯やっていました。その人の年頃は、そうですね、ここにおられる丹三郎様くらいの年格好で、貴方にそっくりなお方さ。すると、女の艶書の使いを子守に頼んで、手紙をそのお侍に渡したんです。お侍は惚れた女から届いた手紙だから、飛ぶように喜んで、文を開いて読んでしまい、丸めて懐に入れたつもりで店を出て行った跡を見ると、その手紙が落ちていたんですよ。これは申し訳ないことだとは思うが、この手紙の文面を見ると、去年の八月か九月あたりから悪いことをしやがって、今年になるまでくっついていて、その亭主が邪魔になるから追い出してしまいたいと考え、何の関係もない者に不義の汚名を着せようとしている……とんでもない極悪人だと思いませんか」
そう言いながら、太左衛門は懐から手紙を取り出し、こう続けました。
「なに……宛名は『丹三郎さまへ、おえいより』。なんだ、手を出さなくてもいいですよ。似たような名前のこともあるものですね」
『おえいより丹三郎さま』という言葉を聞くや否や、おかめは顔色を変えました。
「つまらないことをおっしゃるな!」
おかめはそう叫びながら、太左衛門が持っている手紙を取り上げようとしました。
太左衛門は言いました。「手を出さなくてもいいですよ。こういう悪いことをする極悪人がいるものですが、天命によってこの文を落とし、私の手に入るとは罰当たりなことだ。しかし、これも世間には出せない手紙だし、私の娘が書いたこの手紙も世間には出せませんから、この二通とも一緒にして囲炉裏の中へ投げ込んで灰にしてしまいましょうか。私に預けておいてください。世間に知れ渡れば家にも傷がつき、お互いの恥ですから」
そう言われて、おかめは丹治親子と目を見合わせ、おどおどしながら言いました。
「お前さんが入ってきて口をきいてくださいましたから、これからは本人も慎むでしょう。実に捨て置けないので折檻いたしましたが、それではこの手紙はお前さんに預けますから、どうにでも良いようにしてくださいまし」
太左衛門は言いました。「それはありがたいことです。これ多助よ、去年の六月三十日、お前さんの親父が死ぬ時に枕元に私を呼んで、『おえいは多助と従弟同士だし、今の母様は多助にとっては実の叔母だ。一家に血統が集まっているのだから、この家を相続する。塩原の家にとってはこれ以上めでたいことはないから、もし多助がおえいと夫婦別れをするようなことがあったら、私が後見人になって、何とか塩原の家に傷をつけないようにしてくれ』と頼まれたのだ。死んだ父様の遺言を、この手紙のように反故にされてはダメだぞ。馬鹿野郎め、お前のような意気地なしがあるか! 二十を越した男が母親に打たれるとは情けないことだ。私の家へ来い、大いに説教しなければならん」
多助は言いました。「重々すみませんでした。どうぞ堪忍してください。お母様、よく勘弁してくださってありがとうございます。すぐに叔父さんの家へ行ってご意見をいただきます」
太左衛門は言いました。「誠に皆様に御迷惑をかけました。それでは」
そう言って、わざと多助に対して荒々しく振る舞いながら、太左衛門は多助を連れて帰りました。残された丹治はおかめと顔を見合わせ、大きくため息をつきました。
おかめは言いました。「まったく、おえいという奴は間抜けじゃありませんか。丹三郎さんへ送る手紙を、あんな守り子なんかに頼むなんて、いけませんよ。せっかく爺さんに拾われてしまったなんて、困ったことをしてくれました。いくら子供だといっても、ふらふらと夢中になりすぎていて、気が利かないじゃありませんか。多助が帰ってこないうちに、丹三郎さんを寝かしつけておしまい」
おかめはそう言って、気を利かせて二人を次の間へ行かせました。丹三郎とおえいは、屏風の中に入って逢引を始めます。
残されたおかめと丹治が差し向かいになると、おかめは言いました。
「あの爺は、なにかというとわいわい騒いで多助ばかりひいきするので、私はしみじみと多助が憎らしくなりました。旦那、貴方、どうか多助という畜生を殺してください」
丹治は言いました。「殺してくれと言われても、殺した後をどうするつもりだ」
おかめは答えました。「殺してさえくだされば、誰の仕業か分からないように、おそらく追剥(おいはぎ)にでも殺されたのだろうと言って済ませます。当人がいなくなれば、名主にちょっと話をしておきますから、時が経ったら『丹三郎さんは病弱で、お屋敷奉公は務まらない』という理由で、おえいの婿養子によこしてください。そうすれば貴方は御城内に勤めていらしっても『隠居』という名目で、表向きにちょくちょくお出になれるので、好都合じゃございませんか」
丹治は言いました。「うっかり村方で殺すと、百姓たちに勘づかれるといけないから、油断はできないな」
おかめは言いました。「この五日には、多助が元村へ小麦の俵を積んで行きますが、日暮れから行かせます。山国のことゆえ、天気が良いのか悪いのか当てになりませんから、『桐油(とうゆ)を掛けて行け』と言って、塩原と大きく書いてあるものを掛けてやりますから、見間違える心配はありません。多助が馬を引いて帰ってくる時、その桐油を目印にして庚申塚(こうしんづか)のあたりで、むちゃくちゃに斬り殺してください。お屋敷に帰って知らん顔をしていれば、こちらでは『試し斬りにでも遭ったのか』などと適当に理由をつけて決着をつけます。それから丹三郎さんを送ってください。三百石持ちの主人ですし、それに少しばかりの蓄えもございますから」
丹治は言いました。「あとで正体が知れるようなことがあってはならんよ」
おかめは言いました。「大丈夫でございます」
そう言われて、丹治は「それならば」と承諾し、庚申塚に身を潜めて、多助の帰りを待ち受けて斬殺するつもりになりました。まことに不届きな奴らです。
その日は丹治親子が帰り、さて五日になりますと、多助は何も知らずに馬を引いて諸方を歩き、夕方帰ってまいりました。
おかめは言いました。
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