「ああ、ご苦労だが、これから秋口は用事が多いから、すぐに小麦を積んで行ってきておくれ。また雨が降るといけないから、桐油を掛けて行きな。あの新しい方がいいよ」
そう言われて、多助は「はい」と答えながら、引き慣れた「あお」という馬を引いて御城下の元村へ参ります。
道は三里あまり、往復で六里の道のりですから、どんなに急いでも今の時刻で十時、当時の数え方で四ツ(午後十時ごろ)を過ぎた頃でした。五日の宵月が木の間に傾いて薄暗く、庚申塚まで三町(約330メートル)ばかり手前のところまで来ると、馬は自然に主人の危難を悟ったものか、足が進まなくなりました。それどころか、だんだんと後ろへ下がっていきます。
多助は言いました。「青、困るべえじゃねえか。おい青、荷をみんな下ろしてしまって空身になってるんだ、歩けねえことはあんめえ。遅く帰ると母様に叱られるから急いでくんろよ。そう後へ退いちゃあ困るべえじゃねえか。青々、どうしたんだ」
そう言いながら力を込めて手綱を引きますけれど、馬は少しも言うことを聞きません。引けば引くほど馬はだんだんと後ろへ下がっていくので、多助は涙ぐみながら馬を動かそうとしますが、一向に動きません。
すると後ろの方から、荷物を担いで来る人の足音がしました。見れば幸右衛門の息子の圓次郎といって、今年二十五歳になり、多助とは大の仲良しの友達でした。
圓次郎は言いました。「そこに居るのは誰だ」
多助は言いました。「圓次どんかえ。なにもねえ、俺は元村まで行った帰りだが、俺の青がここで急に動かなくなって、打っても叩いても後ろへ退くので困ってるんだ」
圓次郎は言いました。「そりゃ困ったな。俺が見てやるべえ」
そう言って荷を下ろし、馬のそばに寄りました。
圓次郎は言いました。「これ青や、どうしたんだ。これ、後ろへ退くか、足でもどうかなってるのか。痛む気遣いはねえが、多助の母様は喧しい人だから早く行ってやれ。青、どうした、お前、具合でも悪いか」
そんなことを言っても、馬は何とも答えません。
圓次郎は言いました。「誠に困ったな。俺が引いてやるべえ。はい、はい、はい、歩くようになった」
多助は言いました。「誠に有難うがんす。俺の手には負えねえから、どうしようかと思った。さあ、一緒に参りましょう」
そうして歩きかかると、
多助は言いました。「あれ、また止まったよ。青、どうした」
圓次郎は言いました。「今、お前歩いたじゃねえか。どうしたんだ、動かねえか」
そう言って圓次郎が引き出します。
圓次郎は言いました。「はい、はい、はい、歩いてきた」
多助は言いました。「誠に有難え。普段こんなことはねえ。どんな重い荷を付けても悪い顔をする馬じゃねえんだが。あれ、また止まった。青、青」
圓次郎も「青、青」と声をかけます。青の掛け合いです。
圓次郎は言いました。「どういうものだが、俺が引けば歩くんだから、俺がこの馬を引いて行くべえ。お前、この荷を担いでくれ」
多助は言いました。「はあ、そうしてくだせえ。それならこの荷は俺が担いで行きますべえ」
そう言って担いでみましたが、多助は肩に力がありませんから、よろけながら担ぎ出しました。圓次は馬を引きながら、シャン、シャンと庚申塚へ差し掛かります。
こちらは先ほどから原丹治が刀の柄を握りしめ、裏と表の目釘をしっかりと確かめて、今か今かと待ち構えているところへ通りかかります。果たしてこの先、一体どうなることやら。続きはまた次回のお楽しみといたしましょう。
七
たとえ言葉を持たない獣であっても、心があり道理を解さないわけではないといいます。畜生が人間の言葉を喋ることはありませんが、人間の言うことは理解しているようで、最近ではどこへ行っても飼い犬を見かけます。その犬が主人の使いをしたり、泥棒を見て吠えたりするのを見れば、他人と主人とを自然に区別していることは明らかです。
今、多助が乗り慣れた「青」という名馬は、南部の盛岡から来たもので、大原村の九兵衛という人から角右衛門が買い取ったのを、多助は十二歳の頃からずっと大切に世話してきました。そのため、庚申塚の前へ来ると、馬は足が自然と前に進まなくなります。丹治が待ち伏せしていることを本能的に察知して、後ろへと下がってしまうのです。
圓次が引けば動き、多助が引けば動かないため、圓次は青を連れて先へ進み、多助は重い御膳籠を担いで急ぐことにしました。しかし、馬は足早にパカパカと駆け出すように行ってしまい、庚申塚へ差し掛かった頃には、もう圓次の姿は見えなくなっていました。多助は重い荷物を担いでいたため、七、八町(約800メートル)ほど遅れてしまい、畑の中を突っ切れば道が近いというので、荷を背負って桑畑の間をせっせと歩きます。
こちらは、圓次が今まさに庚申塚を通りかかるところです。
時は宝暦十一年八月五日。宵闇が薄暗く漂う中、木の間からチラリと光る刃を引き抜いて、原丹治が待ち構えています。そこへ通りかかった青馬には、「塩原」と大きく書かれた桐油(とうゆ)が掛けてあるため、丹治は「間違いなく多助だ」と確信しました。飛び出すやいなや、菅笠の上から糸経を着ている肩先へ向かって、ザクリと斬り込みました。多助だと勘違いされた相手が「アッ!」と言いながら前へ倒れ込むと、手綱が切れたため、馬は驚いてバラバラと花野原を駆け出して逃げていきました。
手傷を負った者は「ううん」と苦しげにのたうち回りますが、丹治はそこに足を踏みかけ、刀を持ち直して喉元をブスリと刺し貫きました。苦しむ様子が伝わりますが、そのまま息は絶えました。
丹治は死骸の着物で刀の血を拭い、鞘に納めると、急いでその場を立ち去りました。多助の家の裏手から庭先へ忍び込み、雨戸をトントンと五つほど叩くと、合図と心得たおかめは、そわそわしながら密かに雨戸を開けました。
おかめ「スッパリと殺しておくれなすったかい?」
丹治「手筈は完璧だった」
おかめ「ありがとう。まあ、本当に万が一やり損なわないかと、どんなに心配したことか。あの奴さえ死んでしまえば、これからは自由ですから、今夜はお泊まりなさいな」
丹治「いやいや、泊まるわけにはいかん。すぐに城内へ帰って、当分はここへは来ない」
おかめ「初七日でも済んだら、『とんだことでしたね』なんて言いながら顔を見せないと、人に怪しまれますから。七日過ぎたら来てくださいよ。気をつけてお帰りなさいまし」
丹治はそのまま立ち去りました。
そんなこととは露知らず、多助は荷をギシギシと担いで、圓次郎の家へとやって来ました。
多助「伯母さん、戸を開けておくれなさいよ。伯母さん」
老婆「はいはい、どなただね?」
多助「多助でございます」
老婆「おやまあ、今開けますよ。宵の口から締まりを付けておいたからね。さあ、お入りなさい」
多助「誠にご無沙汰しておりました。月が替わってから急に寒くなりましたね。元村まで小麦を積んで行った帰り、庚申塚まで来ると馬が後ろへ退いて動かないので困っていたら、圓次どんが通りかかってね。圓次どんが見かねて引いてくれたら青が歩くので、『俺が馬を引いてやるから、お前は荷を担いで帰れ』と言ってくださって。
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